米津真浩の“普通じゃない”ピアノ道「家にピアノがなくても音大合格」

ピアニスト米津真浩さん「私の“音育”」#2 ~大学生活編~

大学4年生で芽生えた遅咲きの夢

「音大生の多くは、小さい頃から何度もコンクールに出ていますが、僕はそれまでに片手で数えられるぐらいしか経験がなくて。ですが大学4年生のときに、せっかくこれまで頑張ってきたので、記念受験の気持ちで参加することにしたんです。そうしたらたまたま賞をいただいて、いろんなところから『演奏会やりませんか?』と声をかけていただくようになりました」

コンクールへの入賞をきっかけに、プロピアニストとしてやっていけるチャンスを感じた米津さん。舞い込んでくるリサイタルの評価がプロになれるかを左右すると考え、大学院に進んで研鑽を積みながら、それらをとにかく精いっぱいこなしたそうです。そんななかで、米津さんは自らの技術不足を感じ、プロにはなれないかもしれないと感じたこともあったそうです。

ピアニストを目指す転機となった「第76回日本音楽コンクール」の様子。 

出典:YouTubeチャンネル「米津真浩Tadahiro Yonezu」より

「プロを目指して、小さい頃からきちんとやってきた人は基礎能力が高いんです。例えば教則本(基本的な技法を段階的に学べる本)も大事ですね。僕の場合、幼稚園や小学校低学年向けの教則本を、大学4年生で初めてやって『みんなこんないい練習をやっていたんだ!』と衝撃を受けました。

幼い頃にやっていれば、もっとラクにいろんな曲が弾けるようになっただろうなと。すごく遠回りした気がしましたよ(笑)。だから、そういう基礎的な勉強は、若い頃からやるのが絶対にいい。僕の場合はやっていれば良かったという思いも半分ありますが、教則本は地道なトレーニングなので、それをやらされていたら、強制されるのが嫌いな僕は嫌になってピアノを辞めていたかもしれません(笑)」

「教本は幼い頃からやるのが確実に力が付いて役立ちますが、それも人それぞれなのかもしれないですよね」  写真:日下部真紀

自分が親になったらピアノを強制しない

教則本などでの基礎練習のほか、プロを目指すのであれば、小さい頃からコンクールに出てみるのもいいかもしれません。理由は、多くの人に自分を知ってもらえるなど純粋にチャンスが広がり、場慣れすることで大事なコンクールで実力を発揮できるようになるから。一方で米津さんは、幼少期のコンクール漬けの生活には警鐘を鳴らします。

「小さい頃って遊びたいし、ほかにもやりたいことがある子がほとんどだと思います。始めるきっかけが親でも、本人が楽しくやっているならいい。けど、自分がなぜピアノをやっているかを理解しないまま強制され、嫌になってしまう子はすごく多いです。子ども時代に『神童』と呼ばれながら、ピアノから離れてしまう子もいます。それはもったいないことですよね」

もし米津さんが親になっても、自分から興味を持たなければピアノを無理にはやらせないと言います。それはやはり、子どもの自主性を大切にしたいから。また、今の日本では音楽家としてだけで生計を立てるのは大変困難な面もあり、米津さんの周囲にいる音楽家たちも「子どもには無理に音楽をやらせない」と答える人は多いそうです。

「キャッチボールをするみたいに、子どもとアンサンブルとかができたら楽しいとは思いますけど、だからといって音楽を必ずさせようとはなりません。子どもが興味を持ったことをさせたいし、やっぱりそれが長く続く秘訣だと思います。親が気にかけなければいけないのは、早くから何かを与えることよりも、子どもが興味を持ったものをキャッチアップすることや、ポジティブにのぞめるようケアしてあげることなのではないでしょうか。

僕に子どもがいたら、学ばせたいのは語学ですね。今の時代、仕事でも何でも、コミュニケーションとして英語を話せたらすごくいいだろうなと思います」

米津さんがピアニストとなるまでの経緯を「天才のそれ」と感じるかもしれません。もちろん素質があったのは間違いないですが、同時にもうひとつ大切なことを示唆してくれているように思えます。

それは「どんな境遇も、音楽をあきらめる材料にはならない」ということ。大学4年生という遅い時期にピアニストを目指し、見事にプロとして大成。幼少期からの音育(音楽教育)やコンクールでの実績などが、プロになるための王道ではあるものの、必ずしも絶対ではないことを体現しています。

大切なのは「音楽を楽しむ」という気持ち。どんなに恵まれた環境であっても、それがなければそもそも続けることが難しい。それは音楽以外にも言えることではないでしょうか。


取材・文/井上良太(シーアール)

※米津真浩さんインタビューは全3回。次は21年8月12日8:00〜公開です(公開日時までリンク無効)。
#3 銭湯のピアニスト・米津真浩「子どもたちの“好き”を引き出してあげたい」

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よねづ ただひろ

米津 真浩

ピアニスト

1986年2月14日生まれ。千葉県出身。ピアニスト。千葉県立幕張総合高校を経て、東京音楽大学器楽専攻(ピアノ演奏家コース)を卒業。同大学院を首席で卒業。大学・大学院ともに特待奨学生として在学。 第76回日本音楽コンクールピアノ部門(2007年)で第2位入賞と岩谷賞(聴衆賞)を受賞。2013年・2014年度ローム・ミュージックファンデーション奨学生としてイタリアの名門・イモラ音楽院へ留学。 リサイタルなど演奏家としての活躍のかたわら、YouTubeや17LIVEなどでの積極的な発信を行い、クラシックをより多くの人に広める活動をしている。 https://linktr.ee/yonezutadahiro

1986年2月14日生まれ。千葉県出身。ピアニスト。千葉県立幕張総合高校を経て、東京音楽大学器楽専攻(ピアノ演奏家コース)を卒業。同大学院を首席で卒業。大学・大学院ともに特待奨学生として在学。 第76回日本音楽コンクールピアノ部門(2007年)で第2位入賞と岩谷賞(聴衆賞)を受賞。2013年・2014年度ローム・ミュージックファンデーション奨学生としてイタリアの名門・イモラ音楽院へ留学。 リサイタルなど演奏家としての活躍のかたわら、YouTubeや17LIVEなどでの積極的な発信を行い、クラシックをより多くの人に広める活動をしている。 https://linktr.ee/yonezutadahiro