「子どもの貧困」7人に1人が衣食住に余裕なし こども家庭庁は子どもを救えるの?

東京大学教授・山口慎太郎先生「こども家庭庁」#3 ~緊急度の高い子どもの貧困や虐待、いじめ問題~

東京大学教授:山口 慎太郎

東京大学教授・山口慎太郎先生。専門は「労働経済学」と「家族の経済学」。  撮影:森﨑一寿美

子どもの貧困の問題が、ニュースでも多く聞かれるようになっています。「本当に子どもが貧困?」と思われる方も多いかもしれませんが、私たちがイメージしがちな貧困は、「絶対的貧困」といい、国や地域の生活レベルに限らず、生きる上で困難な生活レベルの状態のことを指します。

今、日本で問題となっている「子どもの貧困」は、この「絶対的貧困」ではなく、「相対的貧困」のことを指しています。

「相対的貧困」とは、国や社会、地域など、一定の母数の大多数より貧しい状態のことで、例えば所得でいうと、「国民の所得の中央値の半分未満」にあたると、「相対的貧困」と定義されます。「子どもの貧困」とは、この相対的貧困にある18歳未満の子どもの存在、及び生活状況のことなのです。

そして現在の日本では、7人に1人の子どもが「相対的貧困」の状態にあるといわれています。子どものクラスに40人の生徒がいたとすると、そのうちの約5~6人は、衣食住に余裕がなく、さらには家族と旅行をしたり、塾に通ったりということもできない状況にあるのです。

「こども家庭庁」をつくることで、緊急度の高い「子どもの貧困」や虐待、いじめなどの問題に、改めてどう取り組んでいくのでしょうか? 

1回目2回目に引き続き、東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎先生にお話を伺いました。

(全3回の3回目)

クラスの中の5~6人の子どもは教育や文化体験の機会を奪われている

――山口先生は、著書『子育て支援の経済学』の中で、貧困により教育や文化を受けられないことが、子どもの成長と将来に大きな影響を与えると書かれています。しかし、周囲を見渡したときに、貧困状態にいる子どもになかなか気がついてあげられない、また気がついたとしても非常にセンシティブな問題なので、なかなか声をかけにくいというのが正直なところなのですが……。

山口慎太郎先生(以下、山口先生):確かにそうですよね。まず気がつきにくいという点でいうと、誰だって困窮しているとは周囲に気づかれたくないものです。ましてや親心として、自分の子どもが貧しい状態にあるとは思われたくないでしょう。ですから親御さんは、なるべく周囲からそう見られないように取り繕うかもしれません。

しかし、東京大学のある文京区でも、こども食堂の活動は盛んに行われています。教育や文化に力を入れている家庭が多いと思われる文教地区でもそのような状況です。豊かと言われている地域でも、貧困に直面している家庭は、注意して見てみると多数いるのです。

また日本は『家族主義』という、家族の問題は家族内で解決するという考えが強くあります。ですからサポートが必要な場合でも、公共に助けを求めにいく前に、自分達でなんとかしようという発想になってしまうのです。これらが周囲の子どもの貧困に気がつきにくい理由だと思われます。

――こども食堂の話もよくニュースで耳にしますが、本来であればこういった活動は民間ではなく、自治体や行政がまず対応をするべきなのではないかと思うのですが。

山口先生:そう、本来であれば行政が対応し、NPOの方々が出なくても済むようにしなくてはいけないと私も思います。行政が生活に苦労しないだけの現物支給、例えばおむつや食料などを低所得層の家庭に限らず、どんな家庭にも一律で届けること。一律に届けることで、不平等感も無くなり、支援活動への支持を社会全体から受けることができるはずです。

――経済的に恵まれていない家庭の子どもたち、特に未就学児など、小さな子どもへの支援が子どもの成長に特に有効というお話をされていましたが、これはどのような理由なのでしょうか?

山口先生:1回目の記事でもお伝えしましたが、幼児教育研究の『ペリー就学前プロジェクト』では、幼児期に教育を受けることで「非認知能力」を高めます。忍耐力や強調性が高まり、やり抜く力なども身につけることで、進学・就職率・所得などが高くなるのです。

また、幼児だけでなく、母親のお腹にいる胎児などにも支援は影響します。胎児、幼児のうちに健康を保つことで、その後の子どもの健やかな成長が見込めますし、健康でいるからこそ、情緒や知能も健やかに発達していきます。

――貧困により生活に苦労することで子どもが教育や文化を享受できないことはもちろん、将来的な健康や情緒面での影響もあるのですね。

山口先生:子育て支援は子どもの貧困だけでなく、虐待などを防ぐ意味合いもあります。実は私たちの研究では2歳の子どもを保育園に預けると体罰が減るという研究結果も出ています。

新型コロナウイルスの影響もあり、母親が孤立して子育てをしているということも聞かれます。保育園に行けば数時間は母親が子どもから離れて仕事もできますし、保育園の先生に相談もできるでしょう。また、通園時には、ほかのお母さんとも会話ができます。こういったコミュニケーションが、お母さんたちにとってずいぶんと助けになっているのです。

もちろん、虐待だけでなく教育の面でも保育園は大きく影響します。フランスで育休が3年取得できるようになったときに、保育園ではなく自宅で子育てをしようというお母さんが増えました。ところが、そのときの研究によると、自宅で育てるより、保育園に通っていたときのほうが、言語発達能力は発達した、という結果が出ています。

家庭の中だけの関わりより、子どもたちや親以外の大人と関わるほうが言語能力や知能が発達するんです。

子どもの問題の司令塔として「こども家庭庁」の役割が重要

――子育て支援という側面から見ると、保育も含めた幼児教育は、「こども家庭庁」の発足により期待ができるのかなと思います。しかし一方で、幼保一元化は見送られました。保育園とこども園については、「こども家庭庁」が見ることになり、幼稚園は現在のまま文部科学省の管轄となっています。

この状況を見ると、教育現場と家庭にまたがる問題となるいじめの対応については進展がないように思えます。

山口先生:「こども家庭庁」と文部科学省は、いじめに関する重要な案件を共有するということにはなっていて、文部科学省の対応が不十分な場合は勧告を行使できるとなっていますが、これに強制力はありません。

不登校やヤングケアラーなどの問題も教育と家庭が重なっている部分が多くあります。貧困により修学旅行に行けない、家族の介護で学校へ通えなくなるという子どもがいます。

こういった問題は、複合的な原因があるからこそ、「こども家庭庁」が司令塔としての機能を果たさないと現状からの改善は進まないのではないでしょうか。

山口先生も小学生のパパとして子育てに奮闘されています。  撮影:森﨑一寿美

――これまで3回にわたって先生のお話をお聞きして、今後の具体的な施策や、安定財源の目処が立っていないことなど、「こども家庭庁」が実効性のある役割を担っていけるのか、正直不安を感じました。それでも、子どもを社会の中心に捉えて、幸せで健やかに成長できる社会を実現目標にしたことは、大切な一歩なのですね。

山口先生:そう思います。そして、「こども家庭庁」の次のステップとしては、子どもの将来を左右する幼児教育について、さらに力を入れていただきたいですね。例えば、義務教育の年齢を引き下げて、幼児教育を義務教育に。

また、地方では保育園の定員割れが出ているところもあるので、共働きに限らず、すべての家庭の子どもに1日数時間、もしくは週に数日でも集団生活を経験してもらうなど。

幼児教育というと小さいころから勉強をさせなくては、などと思い込んでしまう方がいるかもしれませんがそうではありません。実際、何が子どもにとって良い教育かは、わかっていないことがほとんどです。ただひとつだけ、やってはいけないことはわかっています。それは体罰です。これは科学的に脳への影響もわかっていて、子どもにとってマイナスしかありません。

それぞれの家庭環境の中、また圧力の多い社会の中で、つい子どもへ手をあげてしまうこともあるかもしれません。そういうことを減らすためにも広義な意味での幼児教育は必要だと思います。

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山口先生とのお話を通し、子ども視点で子どもの権利を守る政策を固めること、そして子どもを育てる親の働き方の選択肢を増やすことなど、子育てと仕事の両立についても、「こども家庭庁」がリーダーシップを取ることの必要性を改めて感じました。

2023年4月の発足後、子どもや、その親のために、政策を前に進めることができるかどうか、私たちも社会を構成する一人として積極的に見守っていきたいと思います。

取材・文/知野美紀子

1回目 こども家庭庁が23年発足 ホントに全ての子どもに役立つ?
2回目 少子化対策を何十年やっても子どもが増えない「根本原因」

山口慎太郎(やまぐち・しんたろう)
東京大学経済学研究科教授。1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。
専門は、労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。

『「家族の幸せ」の経済学』著:山口慎太郎(光文社新書)
やまぐち しんたろう

山口 慎太郎

東京大学教授

東京大学経済学研究科教授。 1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。 2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。 専門は、労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。 『家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。同書はダイヤモンド社ベスト経済書2019にも選出される。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回日経・経済図書文化賞を受賞。 現在は、内閣府・男女共同参画会議議員、朝日新聞論壇委員、日本経済新聞コラムニストなども務める。

東京大学経済学研究科教授。 1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。 2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。 専門は、労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。 『家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。同書はダイヤモンド社ベスト経済書2019にも選出される。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回日経・経済図書文化賞を受賞。 現在は、内閣府・男女共同参画会議議員、朝日新聞論壇委員、日本経済新聞コラムニストなども務める。