
窪塚洋介「当時の俺の夢は『人と話せるようになりたい』だったんです」
【大人気連載復活】わたしが子どもだったころSeason2:Vol3.窪塚洋介さん
2026.04.14
「この人の親って、どんな人なんだろう」
「この人は、どんなふうに育ってきたんだろう」
今現在、活躍する著名人たちの、自身の幼少期~子ども時代の思い出や、子ども時代に印象に残っていること、そして、幼少期に「育児された側」として親へはどんな思いを持っていたのか、ひとかどの人物の親とは、いったいどんな存在なのか……。
そんな著名人の子ども時代や、親との関わり方、育ち方などを思い出とともにインタビューする連載です。
今回は、唯一無二の存在感を放ち続けている俳優の窪塚洋介さん。3月には著書『人生を“縁”で導く生存術』を刊行。成功から転落、困窮、そして再起を成し遂げるまでのすべてを綴っています。圧倒的なカリスマ性と不屈の闘争心は、一体どこで培われたのでしょう? 窪塚さんの子ども時代に迫ってみました。
目次
自分の環境を特殊だなと思ったことは一度もない
俺は、技術系サラリーマンの父親と専業主婦のおふくろという、いわゆる一般家庭という環境で育ちました。だから特殊だなと思ったことは一度もなくて。普通にそこにあった幸せだったり教えだったりが、自分自身の人格の大きな土台になっている感じです。
逆にお金の捉え方は、自分で後天的に体得していったもの。親はお金にも律儀で、おやつを買うおこづかいが足りなかったりすると、「あれ、お母さん、さっき借りたの34円だっけ?」とかスーパーでやっていたのが、子ども心にすごく嫌で。逆に今、「1万円も5万円も一緒だよ!」みたいなめっちゃどんぶり勘定になったのは、間違いなく子ども時代のリバウンドだと思う(笑)。
オヤジは「楽しめ」が口癖、おふくろは読書好き
俺たちが出かけるときも、「いってらっしゃい」じゃなくて「楽しんで」と送り出していましたね。それがどういうことか具体的な説明はなかったけど、めちゃくちゃ多趣味な人で、ランの花を育てたり石を拾ってきたり。キャンプや釣りをしたり。その背中を見て、「人生は好きなことをやるんだ」みたいな気持ちを継承したと思います。
それで思い出したけど、そういえば「あなたは口から先に生まれてきたような子だった」というのもよく言われていましたね(笑)。論が立って、簡単に言いくるめられないので大変だったそうです。




































































































