ニース&モナコ取材旅行記 ~オーシャンズ2の冒険~ 第8回

はやみねかおる先生と担当編集が行く珍道中の旅!

第8回

Scene05 10月28日(日曜日) さまぁたいむ終了!

夜中の2時少し前に、目が覚める。しばらく、サルサの店の喧噪を聞いている。

異国の地で知らない言葉を聞いていると、一度も思い出したことのない古い記憶が、ぞろりと顔を出しそうな気がする。

そのうち、店の音が消える。つまり、閉店時間の午前2時を過ぎたということ――。日本時間では、午前9時。

Wi-Fiがつながったので、iPhoneのLINEで日本に連絡(なんか、アルファベットを一文に3回も書くと、格好いいですね)。

奥さんは、久しぶりの連絡に、[お][無事でよかった]と返してくる。……あまり心配してないみたいだ。続いて[カジノどう? 億万長者?]の質問。[破産しなかった?]と訊いてこないところに、信用されてるんだなと思う。

そんなことをしていたら、あれ? ……時間が、過ぎてない。そういえば、日曜深夜の3時にサマータイムが終わると、垂水さんが言っていた。

サマータイム! 日本語にすると、夏時間! 細かいことは、山室さんに解説してもらい、さらに知りたい方は各自で調べてもらうとして、とにかくサマータイム終了。

〈解説〉
⇒緯度が高く、日照時間が長いヨーロッパの国では、「明るい時間を有効活用しよう!」ということで3月末~10月末までの間、時計の針を1時間進めるサマータイムを導入しています。サマータイムの終了とともに時計の針を1時間戻すので、「時間が過ぎてない!」という感覚になります。


iPhoneは賢いので、勝手に時間が1時間戻っている。電波時計も、1時間戻っている。機械は対応しているのに、人間のぼくは対応できない。時間が戻ったような感覚に、とまどう。

日本との時差が8時間になったと言われても、

「はい、わかりました」

と答えるしかない。とにかく、サマータイムは終わり、日本との時差は8時間。こんなややこしいサマータイムを日本でも導入しようという動きがある。

やめてほしいな……。

こちゃこちゃ仕事をしながら、夜明けを待つ。8時になって活動開始。

海を見に行くと、今までで一番荒れている。波が、台風襲来のときみたいに、打ち寄せている。さすがに、泳いでいる人はいない。 

釣り人が一人。少し出っぱった岩場から、仕掛けを投げる。投げ終えると、波から逃げるために後ろに下がる。ヤバイんじゃないかなと思ってみてると、やっぱり、海底の岩に仕掛けを引っかけた。ぶんぶん竿を振り回すけど、外れる気配はない。

上から目線で断言させてもらうが、ぼくが見ている間、普通レベルの釣り人は一人もいなかった。ニースの魚たちは、これからも平和に暮らせると思う。

9時半――。ロビーで、山室さんと待ち合わせ。今日は鷲の巣村へ行く計画。

〈解説〉
⇒コート・ダジュールには、切り立った崖や岩山の上に作られた「鷲の巣村」と呼ばれる美しい村が多数残っています。今回行くのは、ニースからバスで1時間ほどにあるサン・ポール・ド・ヴァンス。


「もう、垂水さんはいません。ここから頼れるのは、我々2人の力だけです」

強い決意が、山室さんの目に現れている。

ぼくも神妙な表情でうなずく。表情は神妙でも、心の中は「大丈夫、いざとなったら山室さんがなんとかしてくれる」という他力本願の気持ちで満ちている。

「なにか、ハプニングが起きるとしたら、今日です。気をつけましょう」

強い決意の山室さん。うなずくものの、他力本願のはやみねかおる。どれぐらい他力本願だったかというと、バスに乗った瞬間、安らかに眠ってしまったことからもわかる。

バスが急停車し、前の座席に頭をぶつけて目を覚ましたのが、ハプニングと言えばハプニング。

外は、小雨が降ったり上がったり。バスは、山に向かって登る。窓から外を見ると、山の中なのにたくさんの集落があり、風景としては賑やかだ。
丘の頂に築かれたサン・ポール・ド・ヴァンス
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乗客の多くは、鷲の巣村の入り口で降りた。まず、村の入り口にあるインフォメーションセンターに行く。山室さんが、係の人に軽やかな英語で話しかけ、地図を2人分もらう。

口調に、

「地元民の垂水さんはいない。代わりに、日本の山犬が1匹いる。自分が、しっかりしなければ!」

という気持ちが表れている。相変わらず他力本願のぼくは、「日本語は引き受けた!」という気持ちを表すため、

「ありがとうございました」

と、係の人に日本語でお礼を言った。すると、

「あなたたち、日本人?」

と、係の人は、英語で解説された地図を、日本語のものに交換してくれた。初めて、ぼくが役に立った瞬間だ! (哀しいことに、これが最初で最後だった……)。


鷲の巣村は、石造りの家が集まった小さな村。カタカナの名前もあるんだけど、それは洗剤みたいな名前だ。

写真では、遺跡のような感じだけど、普通に人が住んでるようだ。そして、多くの家屋がお土産屋さんになっている。

お土産屋さんの中には、刃物を売ってる店もあった。どのナイフも大型で頑丈、重い。ぼくの手には、大きすぎるものばかり。

ハンティング用のナイフや折りたたみナイフを見せてもらったが、刃は、あまり鋭くない(刃を調べるとき、親指の腹を刃に立てる人が多いと思いますが、爪に刃を立てるほうがいいですよ)。

他にも、芸術作品を扱ってる店がいくつか――。

マンガに出てくるようなペロペロキャンディを売ってる店もあった。欲しかったけど、さすがに50代半ばの人間が、ペロペロキャンディを嘗めながら歩くのはちょっと……。

鷲の巣村を出て、近くの美術館へ――。

〈解説〉
⇒1964年に開館のマーグ財団美術館。現代美術の秀作を数多く展示しています。


ここは、シャガールの絵があるというので、楽しみ。

美術館の道沿いには、たくさんの木。ドングリが、いっぱい落ちていた。残念なことに、クルミはなかった。これだけ木の実が落ちてるのに、獣の食べた跡がない。ここらには、獣害がないようだ。

うちの山から鹿やイノシシ、猿を送り込みたいが、フランスの人が迷惑するだろうから、あきらめる。
美術館の庭には、奇妙な芸術作品。庭だけではなく、いたるところに、奇妙な芸術作品。遮光器土偶に似たものや、勾玉から影響を受けたような作品もあった。

一番多かったのが、脳みそを扱った作品。とても丁寧に、本物そっくりに作られているのだが、正直、「芸術作品なんだろうな……」ということぐらいしかわからない。もっと感性を磨いてから見たら、感じ方も変わるのだろうか?

問題は、感性というものは、どうやったら磨かれるかということだ。日本に帰ったら、感性を磨く前に、自転車を磨かないといけないし……。

あと、シャガール以外には、ジャコご飯みたいな名前の人の作品が多かった。

〈解説〉
⇒アルベルト・ジャコメッティ(1898-1966年)。スイスの彫刻家。

(注:このころになると、カタカナの名前を正確に覚えることが、自分には不可能だとわかる。そのため、聞いた名前をイメージで置き換えたり、最初から覚えることを放棄したりしている)
シャガール以上に印象に残ったのは、鹿威しみたいな噴水。小さな音しかしないが、山の中に、こんな奇妙な物体が置かれていたら、獣は怖がって近寄らないかもしれない。

鹿威しをイメージして作ったのかどうかはわからないが、作者には、ぜひ日本へ行って、本物の鹿威しを見てもらいたい。もっとおもしろいものを、作ってくれそうだ。

そして、大きなシャガールの絵。大きさがよくわかるように、タバコの箱の代わりに、はやみねを並べてみました。
シャガール作「C’est La Vie(それが人生だ)」
帰りのバスまで時間があったので、バス停近くのレストランで昼食。

ぼくは、イベリコ豚を食べる。イベリコ豚は、日本でもよく食べている。食べ慣れた豚も、味付けでイメージが変わることがわかった。どんな味付けかは、わからなかった。

山室さんは、海鮮がのった大量のパスタ。一人で山犬の面倒を見ている疲れからか、食欲がないみたい。残したパスタを、分けてもらう。

食事をしながら、クイーンのフランス編について、考えていることを話す。ストーリーは白紙に近いのだが、新しい探偵卿のキャラだけは、山室さんと話してるうちに固まる。

というわけで、新探偵卿の国籍はモナコ公国!(時間が経つにつれ、どんどん濃いキャラになっています。すでに、単独で主役を張れるレベルになっています。かなり、扱いづらい探偵卿になってきました。困ったなと思う反面、扱いやすい探偵卿などいなかったなと思ったら、気が楽になりました)

バス停では、フランス人の女の子が雨傘を壊してしまい、家族全員で楽しそうに騒いでいる。

その子に折り鶴をあげたら、家族全員で喜んでくれる。女の子の弟も欲しそうだったので、すぐに折る。立ったまま鶴を折るのは、なかなか難しい。

その間、山室さんは英語やフランス語で、コミュニケーションを取る。ぼくは、「ぺぇぱぁまじっく」だけ言って、鶴を折る。この説明で、わかってもらえたのだろうか?

新探偵卿のキャラクターも固まり、オーシャンズ2の旅はいよいよ終盤!
※この連載は、2018年の「ニース&モナコ取材旅行記」を再構成したものです。
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はやみね かおる

小説家

1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。

1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。