子どもたちとコミュニケーションが増えキレまくる日々
妻がいなくなってからの夕食タイムは、“黙食”になることが多かった。家のなかでも、コロナ対策を徹底していたわけではない。僕がキレて、食卓のムードが悪くなるからだ。
妻が戻ってくるまで「ワンオペ育児」をやり抜くには、子どもたちの協力が必要不可欠。そこで、できるだけ自分のことは自分でやるよう、言い聞かせていた。
ところが、食事時に「お皿を用意して」「ゴハンをよそって」と言っても、なかなか行動を起こさない小6の娘と小3の息子。そのたびに、「ええかげんにせぇよ!」と僕が不機嫌になるというのがお決まりのパターンだった。
僕がキレるのは、夕食のときだけではない。「ゴミはゴミ箱へ」「脱いだ服は洗濯機へ」「洗濯物は自分でタンスにしまう」「食べたらテーブルを拭く」という最低限決めたルールが守れていないときは、「何億回も言うたやろ!」とシャウト。
何度も同じことを言わなければいけないことが、これほどムカつくということを初めて知った。同時に、すぐキレる僕はマネジメントに向いていないだろうと実感。フリーランスで、本当によかった。
また、子どもたち2人に約束させたのは、「きょうだいゲンカをするのは仕方ないけど、絶対に手は出さない」ということ。
妻がいなくなって娘や息子の顔にアザでもできようもんなら、周囲から虐待を疑われかねない。「そうなると、お父さんとも離ればなれになってしまうかもしれへんで」と子どもたちに説明すると、「そうか、逮捕されちゃうかもしれないもんね」と妙に納得しているようだった。
「ワンオペ育児」で子どもたちとのコミュニケーションが増えたことで、調子に乗って“教育”を試みたこともある。
特に何度もしつこく伝えていたのが、「想像すること」の大切さ。「同じ注意をされないようにするには?」「言われたことを守れるようにするには?」などと、何かと想像することを要求した。そうすることで、自ずとその後の行動が変わってくるからだ。
「想像しろ!」と何回言っても子どもたちの生活態度が一向に改善されないので、ジョン・レノンに頼ることにした。少しでも心に響けばという祈りを込めて、名曲『イマジン』を聴かせてみたのだ。ところが、子どもたちはノーリアクション。英語の歌詞の意味がわからないせいか、まったく響かなかったようだ。
あるとき、「お父さんはあんたらよりも小さい頃から、オカンが家におらんかってんで。それにくらべたら、マシやろ! ちゃんとせーや」とキレたことがある。すると、それに対して娘が一言。
「だって、お母さん、急にいなくなっちゃったんだもん……」。
僕は、事情があって小学1年生の頃からオカンとは一緒に暮らしていない。そうか、もともと母親がいないのと、急にいなくなるのとではショックの度合いがまったく違うのか。
「子どもたちも突然の変化で戸惑っている」という、当たり前のことを想像できなかった自分を猛省した。