夏休みはまずしっかり休ませよう
わが子は小1から登校渋りが多く、小3から不登校になりました。小1~2のころ、私は「甘やかしちゃいけない」と必死。「今日は学校行こうか」と優しく誘ったり、「行きなさい!」と怒ったりを繰り返したもののうまくいかず、小3になってほぼ不登校になりました。
毎日学校を休むようになり、最初は「今日は学校どうするの?」と私が聞くと、「休む! うるさいなあ」「ほっといて!」と反抗的な態度を見せていたわが子でしたが、5月半ばからだんだん言い返すことも減り、弱々しくなっていきました。その姿は不登校以上にショック。生命力が減っていっているように見えたのです。
元気のなくなった姿を見て私は初めて、今は休みが必要かもとやっと思い直しました。「この子のため」と思って学校へ行くよう言い続けてきましたが、私のイラ立ちや不安がもろに子どもに伝わり、たくさん傷つけたのでしょう。もう何も言わず休ませるようにしました。
そうこうしていると夏休みに突入しました。勉強の遅れや、2学期はどうなるんだろう等々、不安は尽きません。しかし視点を変えると、夏休みは親子ともども、堂々と休める貴重な期間でもあります。ひとまず学校や勉強のことは、子どもが元気になるまで口にしないと決意しました
具体的には、「朝起きなさい」「宿題やった?」「ゴロゴロばっかりしないで」といった日常の小言をぐっと飲み込むこと。「小言はやめる!」と決めて実行したら、なぜか私自身もラクになれました。
子どもの好きにさせたらゲームばかりして、昼夜逆転にもなりました。その様子を見ると「本当にこれでいいのか」とまたモヤモヤします。でも、今は子どもの充電時間だと何度も何度も自分に言い聞かせ、子どもがしっかり安心できるよう努めました。
教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏の新書『フリースクールという選択』には、次のような一文がありました。
〈「親や先生が少々間違ったことをしたって子どもはねじ曲がらない。よほど余計なことをしなければ、子どもはその子としてちゃんと育つ。」これまでの取材経験から、私はそれを確信しています。〉 引用:『フリースクールという選択』(講談社+α新書)
本には、「少々間違ったこと」は枝葉をいじること、「よほど余計なこと」は根っこをいじることだと書かれています。
テストの点数や生活習慣は「枝葉」の部分で、あとからいくらでも修正がきく。しかし、子どもの存在そのものを否定するような言葉をかけたり、学校という枠に無理に押し込めようとしたり「根っこ」を傷つけてしまうと、回復には長い時間が必要になってしまうそうです。
これを読み、ああ、私はあのころ、ずっと根っこをいじろうとしていたなと、今でも深く後悔しています。
2学期への不安を減らす「学校以外の居場所」
夏休みの間、小言をいわないようにすると、わが子は安心できたのか、少しずつ表情が明るくなり、笑顔が増えてきました。
しかし、お盆ぐらいからじわじわと近づいてくる2学期がやはり気になります。「学校のことは考えない」と決めたものの、私はまた「2学期どうしよう。ずっと学校に行かなくてこの先、どうなるんだろう」と不安が渦巻き始めました。



































