「不登校から医学部進学」“ラップとフリースクール”でトンネルを脱して高校受験へ〔元野球少年の実話〕

不登校から小児精神科医を目指すまで 母親インタビュー第3回「ラップ大会と高校受験」/全6回 (3/4) 1ページ目に戻る

教育ジャーナリスト:おおたとしまさ

孝子:フリースクールにも通うようになりました。ラップの大会が終わったあとくらいに、大学生が街中のお寺で小学生のための寺子屋活動を始めたという記事を新聞で読んだんです。

「これ、楽しいかもしれない」と思って問い合わせて、「中学生で、不登校なんですけど、いいですか」と聞いたら、「全然いいですよ」と。

連れて行ったら、すごく楽しかったみたいで。大学生のお兄さん、お姉さんたちとのかかわりが楽しくて。週1回、必ず行くようになりました。ほかの利用者はみんな小学生だったので、俊徳(としのり)は遊び相手になってあげる、お兄ちゃん側に立つわけです。

そうしたら大学生たちが、「俊徳、ちょっとスタッフとして一緒にやろうよ」と、スタッフ側に入れてくれて。役割ができたことが自信になって、それが大きかったです。

その寺子屋を運営しているのが、札幌では結構有名なNPOで。そこがフリースクールもやっていたんです。私はそのフリースクールに行かせたかったんですけど、当時、俊徳は行きたがっていませんでした。

それでも「とりあえず一回行ってみよう、知っている人たちがやっているんだから」と、ちょっと無理やり体験させました。行ったらやっぱり楽しくて。そこの大人のスタッフの方と、すごく話が合って。中3の2学期から、フリースクールに通うようになりました。

通ったのは数ヵ月なんですけど、すごく楽しく通えて、元気になっていきました。勉強は何もしないで、自由に過ごす、ただただ楽しく過ごす、居場所系のフリースクールでした。

ビルの2階の一部屋で。朝10時からなんですけど、ちゃんと10時から行っていました。楽しかったら行けるんだ、と思いましたね。

そこで元気になっていったので、中学の先生に伝えたんです。「学校には行けないんですけど、最近元気になって、フリースクールに通えるようになったんですよ」と。

そうしたら先生は、あまり面白くなさそうで。「じゃあ、もう学校は居場所じゃないってことなんですね」と言われて。それから卒業式まで、冷たくなったかもと疑いながら過ごしました。

卒業式で最後にご挨拶しようと思って「お世話になりました」と伝えても、目も合わせてくれなくて、よっぽど嫌だったんだな、と感じました。

その先生は本当に優しくて、いろいろ頑張ってくれていたので、先生にとっては傷つくことだったんだろうな、とは思うんですけど。

おおた:それは驚きのリアクションですね。何はともあれ、生徒が元気になる方法が見つかったのなら、普通は純粋に喜ぶんじゃないかと私の感覚では思うのですが、先生の中では自分とフリースクールを比較してしまって、勝手に卑屈になっちゃったんでしょうね。

学校とフリースクールは全然違う社会的役割をもっているのに、それを知らないがゆえの悲劇だったような気がします。ところで、一気に中学校の卒業まで話が進みましたが、学校に行けておらず、成績もオール1という状態で、高校への進路選択はどのように?

本人は不本意ながら定時制高校夜間に入学

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