夫が明かす妻・田部井淳子の素顔と「普通の夫婦」の半世紀

映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』公開記念インタビュー【前編】夫・政伸さん (2/3) 1ページ目に戻る

フリーライター:浜田 奈美

「山が好きな普通のおばさん」だった

──映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』は、妻・淳子さんの人生だけではなく、ご家族との絆にもフォーカスした作品でした。ご家族の歴史自体もモデルとなり映画化されたことは、どうお感じになりますか?

映画製作が始まるときに、登山の話だけではなく、うちのかみさん(淳子さん)の生き方とか生活の仕方とか、友達のこととか、そういうものがベースになるという話をうかがいました。トータルとしての田部井淳子の考え方や生き方を映画化したいんだと。

でも、うちは普通の山好き夫婦ってだけで、山に登って、ちゃんとした生活をして、一生懸命に子育てもして、普通に生きてきただけです。彼女自身も自分のことを「山が好きな普通のおばさん」と言っていましたし、僕もそうです。

だからそういうものが映画化されるということで、びっくりしました。

──映画では、エベレスト登頂時のエピソードに加え、淳子さんの闘病生活が始まって以降の部分も手厚く描かれていた印象です。家族に支えられながら、力強く病気と向き合った姿も、妻・淳子さんの生きざまを伝えるものですね。

そうですよね。かみさんも僕も、病気になったからといって特別に何かが変わったことはなくて、それまでと同じことをやっていたわけです。

かみさんが病気になったから家族みんなでこうやろうとか、特にそういう話もなく、それぞれが普通の生活を続けていました。家族の誰かが病気になればどの家庭でもやること、そういう普通のことをやっただけの話なんです。僕ら家族も山に出かけたり、普通の生活を続けていましたよ。

1975年にエベレスト登頂を達成した田部井淳子さん(左)。映画では青年期を俳優・のんが再現(右)。  写真:©一般社団法人田部井淳子基金(左)/©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会(右)
すべての画像を見る(全6枚)

──とはいえ淳子さん自身、がんとの闘病生活でしんどいと思うことはあったのではないでしょうか。闘病中の淳子さんを見ていて、「すごい人だな」と思われたことはありませんか。

彼女はほとんど「しんどい」とは言いませんでした。もともと普通の生活の中でも、「疲れた」とか言わない人でしたが、闘病中も、ほとんど言わなかった。がん闘病中だから、一般的にみたらしんどいこともあるだろうけれど、「しんどい」「つらい」といったことは、ほとんど口にしなかったですね。

ただ何というか、「生きようとしていた」って言うんですかね。「病気になっても、病人にはならない」と、いつも言っていましたね。

病気なんだから、寝ているほうがよっぽどラクなわけですが、それだと「病人」になってしまう。それだけはしたくないと言って、足を引きずってでも山に行くとか、家でも極力、普通の生活を続けようとか、そういう強い意志を持っていました。

だから我々家族も、普通の生活を続けることができていたように思います。

──がん闘病中なのに「しんどい」と言わずに過ごしたとは、淳子さんは、やはりとても強い精神力の持ち主だったのですね。

普段からそうでしたから。周囲がネガティブな気持ちになるようなことは、本当に言わない人でした。

登山でも、リーダーが「これから天気が悪くなりそうだ」と言うと、みんなが心配してしまいますよね。もし本当に悪くなる可能性があっても、「天気が崩れたらこうしよう」と、自分なりの対策をしっかり持っていればいいわけです。

だからかみさんといると、みんなが余計なことを考えずに楽しく過ごすことができたと思うんですよね。病気のことでもね、「しんどい」「痛い」とか口にすると、家族が心配するからという思いが、あったのかもしれないですね。

「旦那は大当たり」田部井夫妻の“夫婦の形”とは?

27 件