産後から不調だらけだった! 大人気ボディメイクYumico先生が「くびれ母ちゃん」になった理由

「YUMICORE」代表・Yumico先生インタビュー #1 ~専業主婦編~ (2/4) 1ページ目に戻る

YUMICORE代表:Yumico

「私、ずっと我慢していたんだ……」専業主婦時代

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朝から晩まで、子どものために一生懸命頑張る日々で、ちょっとした体の不調や、なんとなく溜まる心の疲れもすべて、「ママなんだから仕方ない」と我慢していたと話すのは、大人気ボディメイクメソッド「YUMICORE」代表の“くびれ母ちゃん”ことYumico先生です。

「専業主婦時代は3人の子の子育てで、毎日てんやわんや。私、子育てに全然向いていないんですけど、当時はそれもわからなくて、立ち止まる余裕もなかったですね」(Yumico先生)。

傍から見れば「裕福で3人の子宝に恵まれた専業主婦」そのものだったYumico先生。しかし、30代前半は慢性的な体調不良に悩まされ、月に2回は動けなくなるほどの頭痛を抱えていたといいます。

「当時、月に2回は原因不明の頭痛で寝込んでいましたね。痛み止めも効かないし、痛くなったら横になって耐えるだけ。家事がまったくできなくなるくらいでした」(Yumico先生)

頭痛だけではありません。育児は重労働でもありますから、腰痛、背中の痛み、生理痛やPMSなど、日々の不調もあったといいます。それでも「子育て中はそんなものだ」とやり過ごしていたというYumico先生。

「本当にひどいときは、マンションのお隣に住んでいるお友だちに、子どもに夕飯を食べさせてもらって、私はただうずくまっていたこともありました。当時夫は経営者で忙しくて、ワンオペで3人を育てていたので、ママ友にはどれだけ助けられたかわかりません」(Yumico先生)。

金銭的に余裕はあっても、それは自分が本当に求める幸せの形ではなかったと振り返ります。

「お金で困ったことはなかったんです。いわゆる“恵まれている”生活でした。

もちろん子どもは宝です。でも、私の人生で子育てだけが『やりたいこと』だったかと聞かれると、違った。それに正直に言うと、そのころは夫とも少しずつ心の距離ができていて。

私が満たされるためには、“自分が本当にやりたいことをやる”ことが必要だった。でも当時は、得意じゃない育児や家事をひたすらこなす日々でした」
(Yumico先生)。

平日は家事と3人の子どもの送り迎えや習い事の予定がびっしり。土日も子どものためにキャンプや公園へ。自分のために使える時間は、ほとんどありません。

「日本のママってみんなそうじゃないですか。私はそれを『自己犠牲ジャパン』って呼んでいて。お母さんの自己犠牲のうえに家族が成り立つということをずっと疑問に感じていました」(Yumico先生)。

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