誤った認識が日本のフッ化物配合歯磨剤の普及を遅らせた
──今回の焦点である「フッ化物配合歯磨剤」について、日本の事情と海外の事情が異なると聞いたことがあります。どう違うのか、教えていただけますか?
土持 WHOは今から60年近く前には、フッ化物配合歯磨剤が虫歯予防に効果的であると認め、その使用を推奨してきました。でも日本では、なかなかそれがひろがらなかった。
その背景には『斑状歯(はんじょうし)』と呼ばれる疾患が知られていたことがありました。『斑状歯』とは、歯のエナメル質が白くにごってまだら模様に見える疾患なのですが、1930年代にはその原因が「フッ素の過剰摂取にある」ということが判明していたのです。
また「1994年にWHOが6歳未満児のフッ化物洗口を禁忌(きんき)としている」という事実もありました。フッ化物洗口とは、高濃度のフッ素を含む液を口に含み、ブクブクうがいをするような洗口方法です。
さらにはドイツ、スウェーデン、オランダでは「フッ素の使用を中止している」という情報もありました。これらに類する情報により「フッ素は危険な毒物である」という認識も、少なくなかったのです。
──そのお話を伺うと、本当に「フッ化物配合歯磨剤を使っても大丈夫なのか?」と思ってしまいますが……。
土持 結論から言いますと、もちろん大丈夫です。斑状歯の原因がフッ素の過剰摂取にあるというのは事実ですが、これは中国やインドなど、井戸水を日常的に飲料水として使っていたエリアで多かった症状であり、つまり毎日大量に体内に摂取する飲料水の中に、フッ素が過剰に含まれていたことが原因であることがわかっています。
また、WHOが6歳以下のフッ化物洗口を禁忌としていたのは、6歳以下だと誤って飲み込んでしまう危険性が少なくない、というのがその理由でした。実際、WHOはこの「フッ化物洗口の禁止」を出したときでも、フッ化物配合歯磨剤は変わらず推奨しているんです。
また、ドイツやスウェーデン、オランダで中止になっているのも、あくまでも「水道水へのフッ素の添加」です。要は、基準値を超えたフッ素入りの水を毎日がぶがぶ吞むようなことがなければ心配ないし、フッ化物配合歯磨剤の使用や、歯科医でたまにフッ素を塗る程度の使用方法なら、なんの心配もいらないのです。
──日本ではいつくらいから、フッ化物配合歯磨剤が一般的になってきたのですか?
土持 世界ではWHOの推奨を受けて、20世紀半ばにはフッ化物配合の歯磨剤が拡がっていきました。しかし日本では、先ほどのフッ素に関する過剰な警戒心というか、誤った認識も根強く、「きちんと歯磨きをしておけば大丈夫」というスタンスで、フッ化物配合歯磨剤の拡がりは海外と比べて遅れていました。
それでもようやく2010年代くらいには市販の歯磨剤の90%程度にはフッ化物が配合されるようになってきました。
しかし、今の日本の法律では、フッ化物配合割合が1500ppmFを超える濃度の歯磨剤は認可が下りないことになっています。市販の歯磨剤の中でもっとも高濃度な製品でも1450ppmFです。
世界的には年齢や虫歯リスクに応じて高濃度のフッ化物配合歯磨剤を使える国が多いことを考えると、まだ遅れていると言えます。