無料塾で子どもが育つなら、お金がかからなくていい
仁藤さんは高校卒業後に、仕事先で出会った夫と結婚。子どもを授かり、子育て真っ最中の5年ほど前、各地で子ども食堂が増え始めました。貧困家庭で育った仁藤さんは、自分もやりたいという気持ちに。そのころ、近隣の八王子に無料塾があると聞き、「無料塾ってなんだろう?」と、すぐ見学に行きました。
「見学をして、『これをやりたい!』と思ったんです。そして2ヵ月後には、もう日野で開いていました。
最初に借りようと思った場所は、レンタル料が1回500円。月2回の塾のためなら、自分で払える。もっと自費を使って活動している団体もある中、年間、数万円の持ち出しで、地域の子どもたちが育つなら、『コストパフォーマンスがいいじゃないか』って思ったんです。
結局、近所の方が『公共スペースを使っていいよ』と言ってくださり、始めてから5年間、無料で使わせてもらっています。
場所をレンタルする手続きもいらないし、すごく助かっています。もし、毎回予約の手続きが必要だったら、子育てに忙しくてできなかったかもしれません」(仁藤さん)
無料塾を始めて、幸福度が上がる暮らしになった
場所がスムーズに決まり、仁藤さんは、ボランティアの講師をウェブサイトで募集しました。
「最初に、市内に住む東大生が来てくれて。それはラッキーでした。でも生徒に周知するには、時間がかかりましたね。最初は、中学生が1人しか来なかったんです。
当時、私は学校のPTA役員をやっていて、役員仲間に『無料塾を始めたんだけど』と声をかけて、なんとか来てもらいました。
その後も基本的に口コミで広まり、今は小学生が13人、中学生が13人通ってくれています。中学生は週1回、受験生は週2回、小学生は月2回。日野市内の無料塾は、ここが第1号で、今もここの1ヵ所だけです」(仁藤さん)
仁藤さんは以前、共働きでパートをしていて、子どもを保育園に預け、慌てて迎えに行き、ご飯やお風呂を済ませ、夜9時までに寝かせて、自分も急いで寝るという生活でした。
「この生活をずっと続けたくない」と思い、家賃の安い賃貸住宅に引っ越しました。夫には、夕方5時半に帰ってきてもらっています。そして、さまざまな人との縁が結ばれて無料塾を始め、人生が変わったと言います。
「食べるための仕事である『ライスワーク』と、やりたいことである『ライフワーク』は違う。ライフワークを優先したら、とても幸福度が上がりました。
子どもには、大人になることが楽しいと知ってもらって、未来に希望を持てるようにしたい。すみれ塾は、勉強だけでなく、社会科見学にも力を入れていて、コロナ前は『LINE』の会社を見学に行きました。『大人は幸せそうに見えない』って言っていた子が、『こんな楽しそうに働いている世界があるんだ!』とびっくりしていました。
あるお母さんは、『検事になりたい』と言う子のために、裁判の傍聴に連れていっていました。その子は、なりたい職業の目標ができて、高校受験をして、進学校に進むことができました。このように子どものうちに、社会をたくさん見たほうがいいと思います」(仁藤さん)
貧困やヤングケアラーは遠い世界のことではない
厚生労働省が2022年1月に行った調査によると、小学6年生のおよそ15人に1人が、家族の世話をするヤングケアラーだといいます。
親が共働きで不在だったり、病気だったりするために、孤立している子も少なくありません。コロナ禍や物価の上昇で、経済的に苦しい家庭も増えました。遠い世界のことではないのです。
仁藤さんは、壮絶な子ども時代を送りながらも、出会いに恵まれて、家族とにぎやかに暮らし、無料塾という場で、地域の子どもたちに愛情を注いできました。社会の課題を鋭くとらえ、人の痛みもわかる仁藤さんだから、辛い体験もプラスにできたのでしょう。その明るい笑顔が、みんなの縁をつなげています。
3回目は、無料塾を通して見えた、貧困家庭をめぐる問題について、仁藤さんと考えました。
取材・文/なかのかおり
1回目 密着取材 貧困家庭を救う「無料塾」は勉強だけでなく食事も支援
※3回目は2022年10月5日公開(公開日までリンク無効)
3回目 「勉強の価値がわからない」という親 貧困の連鎖を断ち切る無料塾の挑戦
なかのかおり
ジャーナリスト。早稲田大参加のデザイン研究所招聘研究員。新聞社に20年あまり勤め、独立。現在は主に「コロナ禍の子どもの暮らし」、「3.11後の福島」、「障害者の就労」について取材・研究。39歳で出産、1児の母。
主な著書に、障害者のダンス活動と芸能界の交差を描いたノンフィクション『ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦』。最新書『ルポ 子どもの居場所と学びの変化: 「コロナ休校ショック2020」で見えた私たちに必要なこと』が2022年10月22日発売。
なかの かおり
早稲田大参加のデザイン研究所招聘研究員。新聞社に20年あまり勤め、独立。現在は主に「コロナ禍の子どもの暮らし」、「3.11後の福島」、「障害者の就労」について取材・研究。39歳で出産、1児の母。 主な著書に、障害者のダンス活動と芸能界の交差を描いたノンフィクション『ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦』、『家庭訪問子育て支援ボランティア・ホームスタートの10年「いっしょにいるよ。」』など。最新書『ルポ 子どもの居場所と学びの変化: 「コロナ休校ショック2020」で見えた私たちに必要なこと』が2022年10月22日発売。 講談社FRaU(フラウ)、Yahoo!ニュース個人、ハフポストなどに寄稿。 Twitter @kaoritanuki
早稲田大参加のデザイン研究所招聘研究員。新聞社に20年あまり勤め、独立。現在は主に「コロナ禍の子どもの暮らし」、「3.11後の福島」、「障害者の就労」について取材・研究。39歳で出産、1児の母。 主な著書に、障害者のダンス活動と芸能界の交差を描いたノンフィクション『ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦』、『家庭訪問子育て支援ボランティア・ホームスタートの10年「いっしょにいるよ。」』など。最新書『ルポ 子どもの居場所と学びの変化: 「コロナ休校ショック2020」で見えた私たちに必要なこと』が2022年10月22日発売。 講談社FRaU(フラウ)、Yahoo!ニュース個人、ハフポストなどに寄稿。 Twitter @kaoritanuki