子どもに「ウクライナ侵攻」をどう伝える? 小泉悠氏も想定外の「古臭い戦争」の正体 

安全保障研究者・小泉悠先生に聞く、子どもへの「戦争」の伝え方   #1 戦争はなぜ起きたのか

安全保障研究者:小泉 悠

こんな泥臭い戦争が現代のヨーロッパで起きるとは想像していなかった

小泉悠先生:今回の戦争ですが、僕にはとても古臭い戦争という印象があります。

戦争が始まって最初の1ヵ月、キーウが攻撃されましたが、ここに投入されたのはロシア軍東部軍管区の人たちです。ニュースを見るとわかるのですが、将校は白人が多いけれど、一般の兵士はツングース系の顔をした人が多い。ルーシの民の統一と言いながら、辺境の民が前線に動員されている様子を見ると、17~18世紀の近代帝国の戦争という感じがします。

今回の戦争で、ウクライナは約100万人、ロシアは約30万人の兵士が戦っていて、しかも戦争が始まった最初の4ヵ月でロシア軍の戦車は約800両、ウクライナは400両を失っています。日本の陸上自衛隊の戦車が約300両体制なのですが、平均して1ヵ月で陸上自衛隊のすべての戦車がなくなっているほどの戦争なんです。この規模の泥臭い戦争が現代のヨーロッパで起きるなんて誰も想像していなかったし、第2次世界大戦や朝鮮戦争のような戦争はもう起きないと思っていました。

『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)でサントリー学芸賞を2019年に受賞されました。  撮影:葛西亜理沙

──小泉先生は、著書『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)で、NATO欧州連合軍副最高司令官を務めた元英国陸軍軍人のルパート・スミス氏の言葉として、21世紀の現在において「戦争はもはや存在しない」と書かれていましたが、実際には起きてしまっているわけなんですね。

小泉悠先生:20年ほど前、スミス氏は、「戦車を使った戦争はもうないだろう。戦車は今NATOのパイプラインを警備しているだけで戦っていない。これからはもっと新しい戦争がある」と語っていました。つまり、戦う主体は国家ではないかもしれないし、そこでは暴力も使うかもしれないけれど、白黒はっきり勝負がつかないかもしれない、「人間(じんかん)戦争」に移行するということです。

けれども、実際には戦車は大量に送り込まれ、兵士は虐殺を行い、財産を奪ってそれらを自らの故郷に送る、ということが起きています。この戦争のロシア軍の振る舞いを見ても、ハイブリッド戦争とは程遠いものです。

我々は、乱暴な人がパワーを持つということがないように国際機関を作り、国際法や、みんなが共有する価値観、経済的な相互依存など作り上げてきました。これによってずいぶん軍事的な戦いをしないで済むようになり、ロシアの軍人でさえ、2000年代以降は正面から殴り合うような戦争は難しくなりつつあり、情報や経済などの領域で戦う、という話になってきたんです。国際関係論という学問においても、自信を持って、僕はこの考えを進めてきました。

とはいえ、僕はどこかでハイブリッド戦争がすっかり古い戦争を書き換えるのだろうかと疑問に思っていた節もありました。人間は、肉体というハードウェアの上で生きている生物で、その肉体に苦痛を加えられるという原初的な恐怖からは逃れられない。だからこそ、究極のおどしとして、戦争が機能してしまう。だから泥臭い戦争はずっと無くならないのだと、今回の戦争を見て感じました。

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「戦争は無くならない」という小泉先生の言葉ですが、日々流される戦争の様子を目にしていると、残念ながらその言葉をよりリアルに感じてしまいました。しかし、ニュースを見ていると、ひとつ疑問に感じることがあります。それは「ロシアの人々が、なぜこの軍事侵攻を支持しているのか」ということです。

2回目は、ウクライナの主権と領土保全に対する侵害だとして、国際社会から厳しく非難されているにもかかわらず、多くのロシア人がプーチン政権の発信する情報をなぜ信じるのかについて、引き続き小泉先生にお伺いします。

取材・文/知野美紀子

2回目 子どもに「戦争」をどう教える? 小泉悠氏がロシア国民を操る情報統制と愛国心を解説
3回目 小泉悠氏が一児の父として子どもに「戦争はダメ」以外に伝えたいことは?

小泉悠(こいずみ・ゆう)
1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。

『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』小泉悠(東京堂出版)
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こいずみ ゆう

小泉 悠

安全保障研究者

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。 専門はロシアの軍事・安全保障。『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)など。

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。 専門はロシアの軍事・安全保障。『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)など。