子どもに「ウクライナ侵攻」をどう伝える? 小泉悠氏も想定外の「古臭い戦争」の正体 

安全保障研究者・小泉悠先生に聞く、子どもへの「戦争」の伝え方   #1 戦争はなぜ起きたのか

安全保障研究者:小泉 悠

東京大学先端科学技術研究センター専任講師であり、安全保障研究者の小泉悠先生。  撮影:葛西亜理沙
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ロシアが2022年2月24日に、ウクライナ各地で軍事侵攻に踏み切ってから、早くも半年以上が経ちました。ウクライナへの突然の砲撃から開戦したこの侵攻は、8月現在、ロシアとの国境にあるウクライナ東部のハリコフからマリウポリまで、そして現在は南部のヘルソン州まで激しい戦火の中にあります。

今年で原爆投下77年を迎え、唯一の戦争被爆国としての日本で暮らす私たちは、さまざまな場面で戦争の恐ろしさや愚かさを学んできました。とはいえ、現在流れるロシアとウクライナの戦況を伝えるニュースにどれほどの理解があり、そしてこの状況を子どもに正しく伝えることができているでしょうか?

「子どもに戦争の愚かさや恐ろしさを伝えるだけで、自分にはかかわりのないことという教育では終われないと思います」

こう語るのは、安全保障研究者であり、現在は東京大学先端科学技術研究センター・専任講師の小泉悠先生。小泉先生は、著書『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で2019年にサントリー学芸賞を受賞。また、ロシアの文化や暮らしにも造詣が深く、私生活ではロシア人の奥さまとお子さん、そして猫の3人1匹で暮らしています。

今回は、1児のパパとして子育て真っ只中の小泉先生に、ロシア・ウクライナ戦争についてお聞きしました。1回目は、なぜこの戦争が起きたのかについて教えていただきます。

(全3回の1回目)

戦争が起こったその本当の理由がわからない

──今回のロシアの攻撃については、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟を恐れて始まったとも言われています。とはいえ、今回の軍事侵攻を行うことで、ロシア側は、欧米諸国からの激しい非難や、ロシア軍自体も莫大な被害を受けることは予想できたと思うのですが、それだけの被害に遭ってもロシアは、ウクライナのNATO加盟を阻止したかったのでしょうか?

小泉悠先生:現在のウクライナのゼレンスキー政権は、NATOの加盟を目指しています。仮にウクライナがNATOに加盟すると、アメリカの中距離ミサイルが置かれ、モスクワまで5~6分でミサイルが届く状況になります。これはロシアにとっては脅威です。

しかし一方で、NATO加盟国であるエストニアは、ロシアのサンクトペテルブルクまで約160㎞しかなく、現在の基準で短距離ミサイルに分類されるものでも、ロシアに届いてしまいます。

小泉先生の解説は、言葉選びとわかりやすさに定評があります。  撮影:葛西亜理沙

ロシアのプーチン大統領は、「ロシア国民を守るためには、他に方法はなかった」と、攻撃開始時に話して、自国の正当防衛を訴えていますが、エストニアの例を考えると、これは理屈が通らないですよね。

とはいえ、過去にロシアや旧ソ連に攻め込んだフランスのナポレオン軍(19世紀のロシア戦役)や、ナチス・ドイツ軍(20世紀の第2次世界大戦)は、ウクライナ周辺を通って攻めてきている歴史があり、ロシアはウクライナを緩衝地帯として置いておきたいという思いがあったのかもしれません。

またプーチン大統領は、「ウクライナはロシア系住民を迫害して虐殺している」、「ウクライナで、アメリカの生物兵器が開発されている」とも話しています。しかし、これらをわたしたちが客観的に確認できる証拠は提示されていなくて、プーチン大統領が侵攻の理由としている「自国の正当防衛」をあらためて考えてみても、ロシア側の話には合理性がみられないのです。

──軍事的な危機が、決定的な侵略の理由ではないということでしょうか?

小泉悠先生:僕はどちらかというとプーチン大統領の民族主義的な考えが、この戦争には影響しているように思います。

彼は、2021年7月ころからしきりに民族主義的な歴史の話を持ち出していて、ロシアもウクライナもベラルーシも同じルーシの民(注1)で、ソ連崩壊でバラバラになっただけだと語っています。それは決して間違いではないのですが、だからといってそれがウクライナを侵略したり、支配したりしていい理由にはなりません。でもプーチン大統領がそのような民族主義的な野望に取り憑かれているとでも考えないと、この戦争は説明がつかないのです。

(注1) ウクライナの首都キーウに生まれた「キーウ公国」(キーウ・ルーシ)は10~12世紀に欧州の大国となり栄え、同じ東スラブ民族からなるロシア、ウクライナ、ベラルーシの源流になった。その後、モンゴルからの侵攻により衰退し、一方で栄えたモスクワがロシアと名乗りキーウ・ルーシを継ぐ国となった。プーチン大統領は、2021年7月に自身の名前でクレムリン(ロシア政府の代名詞)のサイトに「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を公開し、ロシアとウクライナはともにキーウ・ルーシにルーツを持つとして、両国は「兄弟」であり「ひとつの民族」と主張している。

ただ、プーチン大統領が、そのような民族主義的野望を持っていることにロシアの人々は誰も驚いていません。ウクライナもベラルーシもロシアの一部だという考えは、ロシアには昔からあって、リベラルな人でもこの考えを持っていることは少なくありません。

しかし、その思想を盾に、戦争まで始めるかというと、そこに行き着くまでにはかなり長い距離がある。それなのに、なぜプーチン大統領はその長い距離を一気に渡ってしまったのか。そこは本当に僕にもわからないというのが正直なところです。

ロシアによるウクライナ侵攻後、テレビなどのメディアでの解説も多くされています。 撮影:葛西亜理沙

──戦争を起こす引き金が、なにかあったのでしょうか?

小泉悠先生:ひとつは、アメリカの政権が替わったことでしょう。トランプ元大統領は、ウクライナに関心を持っていませんでした。しかし、バイデン大統領が就任したことで、ウクライナ問題にどれだけ首を突っ込んでくるのかをロシア側は懸念していました。

とはいえ蓋を開けてみたら、バイデン大統領はそれほど強硬な姿勢を見せることはなく、クリミア(黒海の北岸にある半島)はウクライナの一部という原則を確認はしたものの、ウクライナのNATOやEUの加盟については言及しませんでした。

このようにアメリカは、ウクライナの原則に理解は示しつつ、でもロシアを刺激しないようにと西側諸国とともに配慮をしていたはずです。それでもプーチンは戦争を選んでしまいました。

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