『NO.6再会#4』発売記念 幼い紫苑と母・火藍の知られざる過去を描いた特別ストーリー公開

ショートストーリー「森の記憶」

児童図書編集チーム

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激動の運命を越え、紫苑とネズミの「約束の先」を描くシリーズ最新刊『NO.6[ナンバーシックス]再会#4』が、ついに待望の発売を迎えました。これを記念し、原作者・あさのあつこ先生による贅沢な書き下ろしショートストーリーを特別公開いたします。

描かれるのは、幼い紫苑と母・火藍の知られざる過去。マオの森の近くで出会った「ある親子」との大切なひとときが、あたたかい筆致で蘇ります。作品世界がさらに深まる珠玉の一編を、ぜひお楽しみください。

「森の記憶」

「紫苑(しおん)」
 振り返り、息子の名を呼んだ。
 返事はない。

「紫苑、何をしているの」
 紫苑は道端にしゃがみ込み、草むらに手を突っ込んでいた。
 火藍(からん)は歩み寄り、身を屈(かが)める。

「ママ、いたよ」
 母親を見上げ、紫苑がにっと笑った。いかにも子どもらしい楽しげな笑みだった。
 こういう笑顔を見ると、ほっとする。
 息子の紫苑が市の二歳児検診で、知能面での最高ランクに認定されたのは去年のことだ。認定をきっかけに、火藍の暮らしは大きく変容した。

 市の高級住宅地クロノスに住居を与えられ、生活の全てを市当局によって保障される。つまり、母子二人で生きていく上での憂いは、ほぼ取り除かれたのだ。ただし、それは半年ごとに実施される確認テストに、本人が合格した限りにおいて。そういう条件付きの保障だった。そして、今のところ紫苑は、危なげなく認定条件を満たし、火藍はクロノスで何不自由ない暮らしを続けている。

 憂いなく、何不自由なく暮らしていける。
 誰もが火藍を羨んだ。妬む者もいた。
「息子に寄生しているだけじゃないか」「何の努力もせずに最高水準の暮らしを満喫できる。特権階級の仲間入りね、おめでとう」「直に我々とは、話が合わなくなるな」
 嫉妬とも嘆きとも嫌味ともつかない言葉を幾つも投げつけられた。
 ただ、火藍の心を削ったのは、隣人や知り合いの棘(とげ)のある言葉ではなかった。人は無垢(むく)のままではいられない。優しく正しいままでもいられない。
 火藍自身、他人を妬みも僻(ひが)みもした覚えはある。たくさんある。

「火藍、ごめんなさい。あたし、酷(ひど)いことを口走ってしまって」
 目を伏せ、涙声で詫(わ)びてくれた友人がいた。
「わたし、あなたのことが大好きなのよ。遠い人になっちゃうみたいで淋(さみ)しかったの」
 もう一人の友人は、本音を告げてくれた。
 人は無垢でも優しく正しいだけでもないけれど、悪意に染まりきっているわけでもない。美しい何かも醜い何かも、善も悪も、神も悪魔も、ごちゃごちゃと身の内に抱えている。火藍なりにわかっていた。
 だから、いま、心が鬱々として晴れないのは人のせいではなく、火藍自身のせいだった。火藍だって母親だ。息子が市当局が認めるだけの知力を持つ、その事実を誇りたいし、称賛を受ければ心地よくもなる。
 けれど、それは一時の涼風に似て、通り過ぎるだけだった。

 風が通り過ぎた後、火藍は荒涼とした想(おも)いに囚(とら)われ、身動きできずにいる。
 クロノスに移ったときから、望めば大抵のものが手に入る境遇となった。治安局の管理課に連絡すれば、数時間後、どんなに遅くても一日後には手元に届く。清掃、洗濯、調理、その他細かな家事全般をロボット化した機器が担ってくれた。

 何もしなくていい。でも、何もしないまま生きられるはずもない。では、何をしようか。そう考えたとき、自分に選択肢がほとんどないことに啞然(あぜん)とする。
 火藍は働きたかった。自分の身体と頭を使って働き、稼ぎ、自分と息子の生活を成り立たせたかった。
 クロノスの住人である限り、許されない望みだ。大抵のものが手に入るクロノスで、火藍のささやかな望みは一顧だにされず、退けられる。
 NO.6という国家のために、優秀な息子さんをさらに優秀に、健康に育てる。それだけがあなたの役目、それが市民としてのあなたの果たすべき義務です。その義務を果たす限り、あなたに豊かで安全な一生を約束します。
 自分の役目を他者に決定される苦痛。囲い込まれ、逃れられない恐怖。ゆっくりと自我が蝕(むしば)まれていく不安。
 それらを受け入れるしか、今の火藍には術がなかった。

 抗(あらが)うのではなく受け入れる。あがくのではなく諦める。叫ぶのではなく黙り込む。不満を数えるのではなく自分は幸せだと言い聞かす。
 それで、いいのだ。
 このごろ、時間ができると紫苑を連れて散歩することが多くなった。紫苑は自然が、草や木々、特に虫が好きな子だったし、自分の足で地面を踏みしめている実感が、ほんの少しだが火藍の気持ちを楽にさせるからだ。
 今日は思い切って、遠出をしてみた。クロノスの住民専用のハイヤーを断り、バスを乗り継ぎ、マオの森近くまで足を運んだ。
 ちょっとしたピクニック気分だ。

 この辺りは、マオの森の外輪にあたる。ここまでは以前から、たまにだが訪れていた。市内では見られない大樹が生い茂っていて、空気が澄んでいる。ただ、ここから先には入れない。調査重点地域として、当局が市民の立ち入りを禁止している。禁止されなくても、これだけの天然林に踏み込む者は皆無だろう。天然というより野生そのものを感じさせる森だ。

「ママ、すごいねえ。いっぱい木がある。見たことない木もある」
 紫苑の頰が赤く染まっている。高揚しているのだ。
 落ち葉を拾い、木の実を見つけ、虫を捕らえ、その度に歓声を上げる。両足を揃(そろ)え、跳ねる。笑う。
 幼子の笑み、幼子のしぐさ、幼子の高揚。
 安堵(あんど)する。

 エリートなんかにならなくていい。自分に見合った喜びを知り、自分で選んだ未来を進んでほしい。心のままに生きてほしい。
 強く唇を嚙(か)み締(し)める。
 わたしはどうすれば、いいのだろう。

「ママ、ほら」
 紫苑が指を広げた。
「あら、てんとう虫ね」
「うん、ナナホシテントウだよ。あのね、あのね、ママ、見てて」
 紫苑が指を一本、立てる。丸みのある指を橙色(だいだいいろ)の小さな虫が上っていく。指先にたどり着き、束(つか)の間(ま)、逡巡(しゅんじゅん)するように止まった。それから、翅(はね)を広げ飛び立つ。
 緑の木々の中に隠れる瞬間、光を浴びて翅が煌(きら)めいた。
 僅かな、けれど、確かな煌めきだった。

「飛んだよ、ママ。あんなに高く飛んだよ」
「ええ、飛んだわね」
 羽や翅を持つものたちは、躊躇(ためら)わず空へと飛んでいく。
 ため息を吞(の)み込(こ)んで、火藍は息子の手を取った。
 クロノスに帰らなければならない。市民がマオの森に近づくことを当局は推奨していなかった。むしろ、厭(いと)うているようにさえ感じられた。
 もしかしたらそう遠くない将来、この一帯も含め、立ち入ることは禁止されるかもしれない。予感がした。
「もう、帰るの」
「そうね、帰りましょうか。帰って、紫苑が好きなマフィンを作ってあげるわ」
「やだ、帰りたくない」
 紫苑が唇を尖(とが)らせ、かぶりを振る。
「紫苑、我がまま言わないの。また、連れて来てあげるから」
 ほんとに? 本当にまた、息子をここに連れてこられる? わたしは姑息(こそく)ないい加減な約束を口にしているのではないの?
 足が止まる。
 大樹の根元に誰かがしゃがみ込んでいた。
 紫苑の手を引いたまま、駆け寄る。

 長い黒髪の女性が幹にもたれかかり、両手で顔を覆っていた。
「どうしました。大丈夫ですか」
 声をかけると女性の身体がひくりと震えた。手を下ろし、火藍に顔を向ける。
 息を吞むほど美しい人だった。
 漆黒の長い髪が、透き通ったと形容できるほどの白い肌色を際立たせ、その肌が潤んだ黒い眸(ひとみ)を引き立てている。
 精巧な芸術品のような美しさだった。
 いや、品ではない。人間だ。
 生きて、具合が悪くて、苦しんでいる人間だ。

「ご気分が悪いんですか。救急車、呼びましょうか」
「……いえ、もう大丈夫です。軽い眩暈(めまい)がしただけですから」
 女性はかぶりを振り、ふっと息を吐いた。
「ご親切にありがとうございます」
「いえ……あ、じゃあ、これを飲んでみませんか」
 火藍は水筒の中身を紙コップに注いだ。すりおろした少量の生姜(しょうが)とたっぷりの蜂蜜を溶かし込んだ紅茶だ。さっぱりとして飲みやすく、気分が落ち着く。外出時は自分用の小型水筒に入れて持ち歩くようにしていた。

「よい香り……。遠慮なくいただきます」
 女性は両手でコップを受け取ると、ゆっくりと口に運んだ。
 優雅な仕草だ。外見の美しさと相まって見惚(みほ)れてしまう。
「美味(おい)しい。これは、生姜と蜂蜜ですか」
「ええ、それにシナモンをほんの少し」
「どうりで、気分がしゃんとしました」

 女性が微笑(ほほえ)む。柔らかく艶(あで)やかな笑みに、女の火藍でさえ胸が騒いだ。同時に、女性から漂う仄(ほの)かな香りに気が付いた。
 香水や化粧品とは明らかに違う、清々とした芳香だ。市内では一度も嗅いだ覚えのないもの。これは……。
 深い森の香りだろうか。
 遠い昔、この星のいたるところに森があったころ、誰もが知っていた深い森の香り、濃い緑と咲き乱れる花々と湧き水の醸し出す香り、だろうか。
 この人、もしかしたら。

 我知らずマオの森に目をやる。
 NO.6という都市国家が成り立つずっと以前から、マオの森はここに存在し、森の民と呼ばれる人々がいた。若いころ、祖母から聞いた気がする。
 NO.6がまだNO.6ではなく、生き延びた人々が集まり、さらに生き延びようとあがいていたころ、人々は森の民と交流し、この地で生きる術を学び、糧を得た。と。
 森の民の話を耳にしたのは後にも先にもその一度だけだった。
 NO.6が都市国家としての形を整えていくに伴い、人々は森の民との歴史を忘れ、記憶を捨て、存在そのものを否定するようになっていた。

「これ、ノイバラの実?」
 紫苑が女性の傍(そば)に転がっていた筒形の籠を覗(のぞ)き込(こ)む。
「そうよ。すごいわね。よく、わかったこと。ええ、その通り。ノイバラの実よ。乾かしてお薬にするの」
「何の薬?」
「おしっこの出をよくして、むくみを取るのに使うの。この辺りにはノイバラが群生していて、ついつい夢中になっていたら森の外に出てしまって……」
 女性は立ち上がり、火藍に深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。おかげで、元気が出ました」
「あ、いえ、何もできなくて。紙コップはこちらで片づけますから……あら」

 そのときになって、火藍は女性の腹部が大きくせり出していることに気が付いた。ゆったりとしたワンピースを身に着けていたから、わからなかった。
「不躾(ぶしつけ)だったらごめんなさい。もしかして、赤ちゃんが……」
 妊娠しているなら、眩暈も息切れもするだろう。でも、笑みながら頷(うなず)いた女性の顔は、輝くように美しく、とても幸福そうに見えた。
「ええ、来月には生まれる予定です」
「まあ、すてき。初めてのお子さん?」
「いいえ、二人目です。上の子はちょうど、あなたと同じぐらいだわ」
 女性の手がそっと紫苑の肩に触れる。紫苑が首を傾(かし)げた。
「同じくらい? じゃあ、お友だちになれる?」
「……そうね、なれたらいいわね」

 女性と眼(め)が合う。森の民とNO.6の市民が友だちになれる。そんな日は来ないと知っている眼だった。同じ眼を火藍もしているだろう。
 もう一度丁寧に頭を下げ、女性は火藍と紫苑に背を向けた。
 その後ろ姿が大樹の間に消えていく寸前、木陰から小さな男の子が飛び出してきた。火藍たちを認め、女性の前に回る。
 小さな身体には、あまりに不釣り合いな鋭い眼差(まなざ)しだった。守られるのではなく、守ろうとする者の眼差しだ。
 火藍はとっさに紫苑の腕を摑(つか)み、引き寄せた。襲われると感じたのだ。
 腕が払われた。
 え?
 母親の腕を払い、一人立つ息子に目をやる。
 紫苑は真(ま)っ直(す)ぐに、男の子を見詰めていた。
 女性が屈みこみ、男の子に耳打ちする。あれほど尖っていた気配が、瞬時で消えた。
 三度(みたび)、深く低頭して、女性は大樹の陰に見えなくなった。束の間躊躇い、男の子も頭を下げる。それから、母親の後を追って森に消えた。

 マオの森とその周辺が、完全に立ち入り禁止区域となったのは、それから一月後だった。そして、二年後、火藍はクロノスの我が家から、遠くの夜空が焦げるのを見た。
 二階に駆け上がり、紫苑の部屋のベランダに出る。
 マオの森が燃えていた。
 全部ではない。一部だろう。けれど激しく燃えている。
 何も聞こえない。何も臭わない。火藍の生活に何の影響もない。
 けれど、森が燃えている。

「ママ……」
 眠っていた紫苑が起き上がる。
「どうしたの、何かあったの」
 火藍はカーテンを閉め、寝ぼけ眼(まなこ)の息子を抱きしめた。
「何にもないわ。何でもないの。あなたは、ぐっすりとお休みなさい」
 何でもないわけがない。
 燃えているのよ、紫苑。
 マオの森が燃えている。

 落雷により、マオの森の一部で火災が発生した。すでに鎮火され、市内への影響は極めて限定的。
 翌日、電子ニュースで流れた記事を気にする者は、ほとんどいなかった。

「ねえ、ネズミ」
 チェリーケーキを切り分けながら、声をかける。
「なに?」
 そっけないけれど、温(ぬく)もりのある返事があった。
「わたしがあなたと初めて逢(あ)ったのは、いつだったのかしら」
 ネズミが瞬きする。
「それは、NO.6が事実上崩壊した日だろう。それまで、メモのやり取りはしていたけれど。火藍、なぜ、そんなことを?」
「……いえ、ふっと思っただけ。それと、もう一つ……」
 あなたは、お母さんにとてもよく似ているのかしらね。
「もう一つ、なに?」
「ううん、いいの、過去のことはもういいわね」
 未来をどうするか。
 二度と同じことを繰り返さないために、わたしはどうすればいいか。
 考え続けている。
 清々とした森の香りを嗅いだ気がして、火藍は深く息を吸い込んだ。

シリーズ累計230万部超え、2人の少年の友情を超えたディストピア小説の傑作

撮影/安田光優(講談社写真映像部)
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発売日:2026/05/28

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NO.6[ナンバーシックス]再会#2

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発売日:2025/09/03

価格:定価:本体1835円(税別)

NO.6[ナンバーシックス]再会#1

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あさのあつこ(著) toi8(絵)

発売日:2025/05/28

価格:定価:本体1835円(税別)

シリーズ累計230万部超え、2人の少年の友情を超えたディストピア小説の傑作

・『NO.6再会#1』発売告知後、即Xでトレンド1位!
・『NO.6再会#1』Amazon1位(SF・ホラー・ファンタジー2025年6月6日調べ)
・『NO.6再会#1』ジュンク堂池袋本店総合1位(2025年6月2日調べ)
・『NO.6再会#1』トーハン週間ベストセラー文芸書2位(2025年6月3日調べ)

崩壊した理想都市の瓦礫から新都市をつくる、真っ直ぐな少年たちの熱い戦いの物語! 過酷な荒野を生き抜くネズミと、新国家の再建に挑む若きリーダー・紫苑。NO.6を狙う陰謀とともに荒野の圧倒的な美しさと、人間の業の恐ろしさが描かれる本作。2人が選択した道とは? 少年たちの友情を超えたディストピア小説の傑作。

●「NO.6」シリーズ読者からの感想
「たくさん本は読んできたけれど、これ以上面白い本に出会ったことがない」
「呼吸を楽にしてくれた本」
「死にたくなったらネズミの言葉を思い出します。逃げずに前へ進め! 現実を見ろ!
どんなに現実が辛くても光を見いだせる人になりたいと思います」
「泣きたくなった夜に読みます。おまえはどうありたいんだ? いつでも自分にできることを問いかけ、動きつづけたいと思います」

●あさのあつこさんからのメッセージ
声を聞きました。ネズミの声です。
「生きる場所も死ぬ場所も自分で決める。あんたじゃなくおれが決める。余計なお節介は止めてもらおうか」と。
そうか、彼らはすでに出逢い、運命を紡ぎ始めているのか。
だとしたら、わたしも、もう一度だけ、本当にもう一度だけ、彼らに手を伸ばそう。この手で彼らの生に触れてみよう。
『NO.6』の作者として戦ってみよう。あれほど恋い焦がれた少年たちに挑んでみよう。
今はただ、それだけを考えています。
14年の時を経て、あなたに再び『NO.6』を届けます。

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講談社 児童図書編集チームです。 子ども向けの絵本、童話から書籍まで、幅広い年齢層、多岐にわたる内容で、「おもしろくてタメになる」書籍を刊行中! Twitter :@Kodansha_jidou YA! EntertainmentのTwitter :@KODANSHA_YA_PR

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