『NO.6再会#3』発売記念! あさのあつこ書き下ろし「森の民」だった幼き日のネズミを描く特別ストーリー公開

ショートストーリー「彼方で待つものへ」

児童図書編集チーム

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ディストピアを舞台に、少年たちの運命と絆を描いた名作『NO.6』。待望の『NO.6[ナンバーシックス]再会#3』の発売を記念して、原作者・あさのあつこ先生による贅沢な書き下ろしショートストーリーをお届けします。

本作は、ネズミがまだ「森の民」として暮らしていた幼いころの日々を描いた貴重なエピソードです。新刊の発売を祝いながら、ファン必読のショートストーリーをどうぞご堪能ください。

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「彼方で待つものへ」

 ネズミが振り向き、僅かに首を傾(かし)げた。

「何か言ったか、紫苑(しおん)」
 言った。けれど、ぼくは、かぶりを振る。「いや、別に」と、答える。それから、抱えていた数冊の絵本を布袋に入れた。

 堆(うずたか)く積まれた本の下から、引っ張り出した袋だ。柄も装飾もない、質素な、薄汚れた、けれどやけに丈夫な物だった。ただ、全体的に形に丸みがあり、そのせいか子どもの持ち物のようにも見えた。

 これは、きみの袋かと問いたかったのだ。
 もしそうなら、いつ使っていたんだ。昔、きみがまだ幼かったころ、これを携えていた時期があったのか。肩に掛け、何かを入れ、傍らに置いていた日々があったのか。
 問うて、答えが欲しかった。

 ぼくは、いつもきみの答えを求めている。聞きたいし、知りたい。きみを手に入れたい。
ときどき、自分がどこまで貪欲で、さもしい人間なのかと考えてしまう。
 どうしようもないのは、こんなにも求めながら、自分の貪欲でさもしい姿をきみに晒(さら)したくないとも思ってしまうことだ。それも、かなり強く。
 だから、問いも答えを乞う言葉も、無理やりに吞(の)み下す。

「これから、カランやリコと絵本を読むんだ。小一時間ほどで帰ってくる」
「外でか。かなり寒いぞ」
「枯れ枝を集めて焚(た)き火(び)をする。カランは火を起こすのが上手(うま)いんだ」
「焚き火の傍(そば)で、絵本の読み聞かせか。いかにも、あんたのやりそうなことだな」

「どういう意味だ?」
「まんまだよ。西ブロックの冬空の下で、腹をすかした子どもたちを相手に焚き火をして本を読む。あんたぐらいしか思いつかないイベントだ」
 彼らしい皮肉に満ちた一言だったけれど、口調は柔らかく優しささえ感じられた。微(かす)かに笑んでもいるようだ。
「本で満たされるものもある。それは、きみだって、よくわかってるだろう」
「どうだかな。あんたの一人勝手な妄想か自己満足でしかないかも、な」
 ぼくが言い返す前に、ネズミが動いた。

「それでは慈愛に満ちた幸せな王子に、これを献上しよう」
 ぼくの胸元目掛けて緩やかに弧を描き、何かが飛んでくる。とっさに両手を差し出した。
「あ、これは」
「サツマイモだよ」
「うん、それはわかる。一目瞭然だ。でも、こんな立派なもの、どこで手に入れたんだ。あっ、もしかして、劇場の支配人が分けてくれたのか」

 ネズミが肩を窄(すぼ)め、小さく笑った。
「当たり。昨日の観客の入りが予想外によくて、ご機嫌だったのさ。あんた、なかなかに勘がよくなったじゃないか。それに、成長した。サツマイモ一つに歓喜できるほどに、な。たいしたもんだ」

 ずしりと重みのあるサツマイモは、カランとリコの飢えを少しの間、抑えてくれるだろう。二人の笑顔が浮かぶ。ほんの一時の幸福。あまりにささやかで儚(はかな)い幸せ。

 一時凌(いちじしの)ぎじゃない。どこで生まれようと、どこで生きていようと、子どもたちが飢えずに済む世界を、ずっと、穏やかに本や音楽に心を浸らせられる世界を創り出さねばならない。
 唇を嚙(か)んだ。痛いほど嚙み締めた。
 何を言ってるんだ。ぼくは、こんなにも弱く、こんなにも無力だ。サツマイモ一つ、自分の力では手に入れられない。ネズミに頼らなければ生き延びることさえ覚束(おぼつか)ないくせに、新しい世界なんて……。それこそ妄想に過ぎない。

 ネズミと視線が絡んだ。
 皮肉も非難も𠮟責もない。凪(な)いで美しい眸(ひとみ)だった。
 袋の中にサツマイモを仕舞い込み、ぼくは美しい眸に背を向けた。

 紫苑の足跡が遠ざかる。
 ネズミは本を閉じ、ランプの灯を見詰める。
 大丈夫。おまえは辿(たど)り着(つ)ける。彼方で待つものへ。
 遥(はる)か昔に聞いた。あの声がよみがえる。堆積した記憶の底から、浮かび上がってくる。
 忘れ去っていたはずの遠い日々。

 なぜ急に思い出す? 紫苑が肩に掛けていた、布製の袋、あれのせいか。
 どこで見つけてきたんだ、あんなものを。
 大丈夫。おまえは辿り着ける。彼方で待つものへ。
 緩やかな調べを聞いた気がした。草原を渡る風の音と幼い笑い声も聞いた気がした。
 束(つか)の間(ま)、ネズミは目を閉じる。

 風が吹くと、丈の伸びた草たちは一斉に風になびき、乾いた音を立てる。その音の中を歩き、時折、屈(かが)みこむ。薄緑色の線形の葉を分けると、鮮やかな黄色の小穂が付いていた。それをむしり、袋に入れる。母が拵(こしら)えた袋は丈夫で軽く、何を入れるのにも重宝だった。

「よく見て。白っぽい物は採ったら駄目よ。薬にならないからね」
 傍らで母が囁(ささや)く。袋の中を覗(のぞ)き、笑顔になる。
「母さんが言わなくてもちゃんとわかっているのね。さすがだわ」
 母の手がそっと、頭を撫(な)でてくれた。労(いたわ)るような、励ますような優しい撫で方だ。
 母は薬草を集め、薬を作り、父と共に病人や怪我人(けがにん)の治療を担っていた。森の奥深くまで分け入り、〝森のカミ〟の声を聞き取れるとも言われていた。

「これが、薬になる?」
 仄(ほの)かに甘い香りを放つ小穂を手のひらに載せてみる。
「ええ、水にさらして干すと、痛みを和らげるお薬になるの。とてもよく効くのよ」
「すごいね」
「この草がすごいと思うの?」
「うん、思う。すごいと思う。でも、母さんと父さんは、もっとすごい。みんなを助けることができるんだ」
 村人たちが父や母に治療の礼を告げている場面を何度も見た。「命を救ってもらった」「おかげで、生き延びられた」「本当にありがたい」。心底からの感謝を告げられる両親が、誇らしかった。頰が火照るほど誇らしかった。

「父さんや母さんみたいに、なれるかな。薬草のこといっぱい覚えたら、なれる? ね、なれる?」
「そうね。あなたは、とても賢い子だから……。でもね」
 母の腕が伸びて、不意に抱き締められる。
「でもね、あなたは違うの」
「違う?」
「あなたはね、〝歌う者〟なのよ」
 母の息が耳朶(じだ)にかかる。驚くほど、冷たかった。
「そうよ、覚えておきなさい。あなたは〝歌う者〟。運命を背負う者なの」
 意味が解(わか)らない。ウタウモノ、ウンメイ、セオウモノ、知らない言葉ばかりだ。
 少し怖くなる。

「母さん……」
 何を言ってるかわからないよ。そう訴えようとしたけれど、何も言えなかった。さらに強く抱き締められたからだ。
「どうしてかしらね。どうしてこんなに、不安なのかしら。幸せなのに。あなたをこうして、ちゃんと抱けるのにね。こんなに、あなたを愛しているのに。でも、このごろ〝森のカミ〟の声が聞こえないの。少しも聞こえないの。何だか怖くて……」

 母の身体(からだ)が震える。
 数週間前、NO.6の兵士が森をうろついていた。神の住む神聖な森だ。村人たちが抗議すると、あっさりと引き下がった。道に迷ったのだと言い、丁寧に詫(わ)びを述べて去って行った。そのことに、母は怯(おび)えているのだろうか。

 妹が丈の高い草の向こうから、母を呼ぶ。
 おかーさーん、おかーさーん。抱っこして。
 母が素早く立ち上がり、草を踏み締めて行ってしまう。
 その後ろ姿が、周りの光景が色を失う。全てが灰色に変わっていく。

 え、なに?
 恐怖が身体を貫く。叫びたいのに声が出ない。母を追いたいのに足が動かない。
 怖い。嫌だ。助けて。怖い、怖い、怖い、誰か。
 微かな羽音がした。微かな笑い声が耳に届く。

 怯えることはない。おまえは〝歌う者〟だ。運命を背負う。背負って生き続ける。
 誰? 誰の声? 母さん、助けて。怖い。
 ふふ、〝歌う者〟よ。生き延びるがいい。この世で最も残虐な日々を生き延びるがいい。

 嫌だ、怖い。母さん、母さん。
 大丈夫。おまえは辿り着ける。彼方で待つ者へ。おまえなら、辿り着ける。
 ぷつりと声が途切れた。代わりのように、妹の幼い呼び声が響く。
「にーに、帰るよ。おうちに帰るよ。にーに」
 母に抱かれ、妹が手を振る。黒い髪が風にそよいでいた。柔らかな日差しが注ぎ、緑の草が揺れ、鳥たちが鳴き交わす。
 母が振り向き、片手を差し出した。
「おいで。歌を教えてあげる」

 ネズミは目を開け、呟(つぶや)いた。
「彼方で待つ者へ辿り着ける、か」
 ランプの炎が揺らめいた。

「おいしかった」
 リコが満足気に目を細めた。
「もっと食べたい。もうないの」
「ごめん。もうないんだ」

 心から詫びる。ネズミに言われた。一時、空腹を抑えても、次の空腹が辛(つら)くなるだけだと。その通りだ。ネズミが語ることは、いつも現実そのものだった。決して現実から遊離しない。でも、今、食べ物を口にしたことで、リコはとりあえず、今日は飢えて死ぬことはないだろう。死なずに明日が迎えられたとしたら、その明日に小さな希望を拾えるかもしれない。ただの綺麗事(きれいごと)に過ぎないけれど、生き続けることでしか、希望には触れられない。
 それも現実だろう、ネズミ。だから、サツマイモをくれたんだよな。

「あたし、絵本が楽しかった。大きくなったら、絵本を創りたい」
 カランが焚き火に手をかざし、真顔で言う。
「うん。カランの絵本、読んでみたいな」
「ね。絵本と絵本の袋をみんなに配るの。いつでもどこでも、持って歩けるように。この袋みたいな……あれ?」
「どうかした?」
「ね、紫苑。ここんとこに何て書いてあるの」

 カランの手許(てもと)を覗き込む。確かに、底の辺りに何かが綴(つづ)られているようだ。あまりに掠(かす)れ、汚れも重なり、読み取れない。
「名前かなあ」
 カランがそっと撫でた。
「名前?」
 紫苑は息を吞み込む。指先がふっと熱くなる。
 どこかで、山鳩(やまばと)が鳴いた。

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撮影/柏原力(講談社写真映像部)
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崩壊した理想都市の瓦礫から新都市をつくる、真っ直ぐな少年たちの熱い戦いの物語! 過酷な荒野を生き抜くネズミと、新国家の再建に挑む若きリーダー・紫苑。NO.6を狙う陰謀とともに荒野の圧倒的な美しさと、人間の業の恐ろしさが描かれる本作。2人が選択した道とは? 少年たちの友情を超えたディストピア小説の傑作。

●「NO.6」シリーズ読者からの感想
「たくさん本は読んできたけれど、これ以上面白い本に出会ったことがない」
「呼吸を楽にしてくれた本」
「死にたくなったらネズミの言葉を思い出します。逃げずに前へ進め! 現実を見ろ!
どんなに現実が辛くても光を見いだせる人になりたいと思います」
「泣きたくなった夜に読みます。おまえはどうありたいんだ? いつでも自分にできることを問いかけ、動きつづけたいと思います」

●あさのあつこさんからのメッセージ
声を聞きました。ネズミの声です。
「生きる場所も死ぬ場所も自分で決める。あんたじゃなくおれが決める。余計なお節介は止めてもらおうか」と。
そうか、彼らはすでに出逢い、運命を紡ぎ始めているのか。
だとしたら、わたしも、もう一度だけ、本当にもう一度だけ、彼らに手を伸ばそう。この手で彼らの生に触れてみよう。
『NO.6』の作者として戦ってみよう。あれほど恋い焦がれた少年たちに挑んでみよう。
今はただ、それだけを考えています。
14年の時を経て、あなたに再び『NO.6』を届けます。

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講談社 児童図書編集チームです。 子ども向けの絵本、童話から書籍まで、幅広い年齢層、多岐にわたる内容で、「おもしろくてタメになる」書籍を刊行中! Twitter :@Kodansha_jidou YA! EntertainmentのTwitter :@KODANSHA_YA_PR

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