被爆二世の作家が「ノーベル平和賞」ICANの運営委員と話す「キノコ雲」の下にある人生を想像すること

作家・朽木祥さん×ピースボート共同代表・川崎哲さん 平和を考える特別対談 第1回

ライター:山口 真央

『光のうつしえ』は被爆二世の朽木祥さんが描いた物語です。原子爆弾が投下された広島を舞台に、そこで生きたひとりひとりの人生を描いています。

2013年に発売された『光のうつしえ』は、2014年に第9回福田清人賞、第63回小学館児童出版文化賞を受賞しました。また国内のみならず、アメリカのベストブックス2021に選定されたり、ミュンヘン国際図書館が選定した国際推薦児童図書目録に選ばれたりと、世界中から注目を集めています。

そんな作家の朽木さんが、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員である川崎 哲(かわさき あきら)さんと、平和を考える対談をおこないました。川崎さんは世界中を船で旅をするNGO「ピースボート」の、共同代表も務めています。

第1回では、おふたりが平和のために行っている活動や、そのモチベーションについて、お話を伺いました。

ピースボート共同代表の川崎哲さん(左)と、作家の朽木祥さん(右)。写真提供:講談社児童図書編集チーム
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川崎「ピースボートには被爆者と家族のように過ごせるプロジェクトがあります」

朽木祥さん(以下朽木、敬称略):川崎さんのご著書を拝読して、対談するのを楽しみにしておりました。具体的にどのような活動をされているのか、教えていただけますか。

川崎哲さん(以下川崎、敬称略):共同代表をつとめるピースボートでは、船で世界を巡り、国際交流を深めていく活動をしています。目的は、行った先々でさまざまな社会問題に直面している人と出会い、それぞれの国や自国の平和について考えること。参加者は日本人が多いですが、最近では中国や韓国、ヨーロッパやオーストラリアの方も増えました。

また、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員もつとめています。核兵器をなくすための国際条例やルールをつくるために、世界中の国の政府に働きかけをする仕事です。ICANの活動は、2017年にノーベル平和賞を受賞しました

朽木さんの描かれた『光のうつしえ』は、被爆時の情景や被爆者の感情がリアルに描かれ、戦争を自分ごとにできる作品だと感じました。朽木さんご自身は、被爆二世でいらっしゃるのですよね。

朽木:はい、そうです。『光のうつしえ』は、原爆投下後25年の広島を舞台にして描きました。ありがたいことに英語や、一部ですがドイツ語にも翻訳されまして、海外の学校や図書館などで講演をおこなうことが増えました。どの国に行っても、新しい発見があります。

この5月にはアラブ首長国連邦の学校で講演しましたが、まず広島市が配布している「原爆供養塔納骨名簿」を見せました。亡くなった人を「数」としてとらえるのではなく、ひとりひとりを悼むことの大切さを伝えたかったからです

すると、アラブの子どもたちは、こちらが説明する前から食い入るように名簿に見入っていました。わけを聞くと、アラブの子どもたちは、イエメン紛争の際、国のために亡くなった40人の兵士の名前を暗記しているというのです。「本当に覚えているの?」と尋ねてみると、スラスラと名前が出てきてびっくりしました。

朽木祥さんがアラブ首長国連邦の子どもたちに見せた「原爆供養塔納骨名簿」。

川崎:それは興味深い体験ですね。朽木さんの「ひとりひとりを悼むことが大切」というお考えにも共感できます。

ピースボートでは2008年から、広島と長崎の被爆者の方々とともに世界中をまわり、原爆の話をするプロジェクトをはじめました。参加者は、船が地球を1周する数ヵ月のあいだ、まるで家族のように密な時間を被爆者の方々と過ごしています。

被爆者の方々と卓球をしたりお酒を飲んだりする間には、当然、原爆について語る時間も出てきます。参加者からは「いままで原爆は自分に関係のないことだと思っていたけれど、被爆者の方と仲良くなって、ものすごく身近な出来事に感じた」という感想を聞きました。

朽木:よくわかります。同様の理由で私は、講演で「人影の石」の話をします。「原爆の強烈な光線によって、黒い御影石の階段が白変した際、そこに座っていた人の部分だけ盾になって、人の形に黒いまま残った」という恐ろしい事実です。

実は、その女性は私の姻戚にあたりま。私がその話をすると、みんながはっと息を飲むのがわかります。原爆の威力がどれほど強烈かが、とてもよく分かる例だからですね。まして、つながりがある人間がその話をすることで、さらにインパクトがあるようです。

川崎:私たちの活動と同じですね。広島や長崎に原爆が落ちたことは、教科書で見たから知っている。しかし、教科書に載っているキノコ雲の下に、どんな人たちが生活していたのかを想像するのは難しいものです。顔の見える相手から話を聞くことで、戦争や平和がそれぞれの自分ごとになるのだと実感しています。

アラブ首長国連邦で子どもたちに講演をする朽木祥さん。

朽木「ヒロシマの小説を書くことは私がこの世でやらなくてはならない仕事」

朽木:正直に申し上げると、原爆を描くのはつらい仕事です。資料をたくさん読むので、夜中にうなされますし。ファンタジーだけ書いて過ごせれば心穏やかなわけなのですが。

一方で、被爆二世でもある私が「この世で、やらなければならない仕事」とも感じています。川崎さんの著書を拝読して、同じような思いを抱えていらっしゃるのではないかと思いました。

川崎:私が20代はちょうどバブル期で、自分の好きなことを追求するべきという風潮があり、時代に背中を押されて平和を目指す活動をはじめました。

しかし活動は大変なことだらけです。戦争は次々おこるし、核兵器をなくそうったって一朝一夕にはできない。ただありがたいことに、同じ気持ちを持っている人は世界中にいます。彼らと仲間になって情報交換したり、協力したりすることが、大きなモチベーションになりました

ICANの国際運営委員を務める川崎哲さん。写真提供:ICAN

朽木:川崎さんが「友だちがいる国とは戦争しようとは思わないはず」と書かれているのを読みましたが、私もその通りだと思います。私も留学中、同じ奨学金を得て各国からやってきた奨学生たちと親しく付き合い、世界中に友人ができました。国の名前を聞くと、その友人たちの顔が思い浮かぶわけです。「あのラファエラがいる国と戦争なんて!(とんでもない)」と思うに違いないのです。

アラブ首長国連邦を訪れたとき、胸を打たれた情景がありました。日没後の砂漠で、同行したレバノンの詩人とインドのイラストレーターたちが、靴を脱ぎ捨てるや、ステップを踏んで踊りはじめたのです。

同世代のイギリス人の作家と「どこかに置いてきてしまったけれど、心も体も自由な、ああいう時代が私たちにもありましたね」と話しました。広い夜空に金星が輝きはじめた下、心に残る情景でした。そんな、心が自由になる瞬間を、本のなかで表現できたらと願っています。

また、人が自由に考え判断する力があれば、全体主義に絡めとられないですむでしょう。戦争を物語るときには、必ずこの「自由な心」の大切さを描くことを心がけています。

朽木祥(くつきしょう)

作家。広島出身。被爆2世。デビュー作『かはたれ』(福音館書店)で児童文芸新人賞、日本児童文学者協会新人賞、他受賞。その後『彼岸花はきつねのかんざし』(学研)で日本児童文芸家協会賞受賞。『風の靴』(講談社)で産経児童出版文化賞大賞受賞。『光のうつしえ』(講談社)で小学館児童出版文化賞、他受賞。『あひるの手紙』(佼正出版社)で日本児童文学者協会賞受賞。

ほかの著書に『パンに書かれた言葉』(小学館)などがある。2016年『八月の光 失われた声に耳をすませて』(小学館)より「石の記憶」がNHK国際放送より17言語に翻訳されて50ヵ国で放送、東京FMからは朗読劇として発信された。

近年では、『光のうつしえ』が英訳刊行され、アメリカでベストブックス2021に選定されるなど、海外での評価も高まっている。日本ペンクラブ子どもの本委員会委員。

川崎哲(かわさきあきら)

ピースボート共同代表。1968年東京生まれ、東京大学法学部卒業。立教大学兼任講師。日本平和学会理事。2017年にノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員兼会長(2012~14年共同代表、14年から国際運営委員、21年から会長兼任)。

核兵器廃絶日本NGO連絡会の共同代表として、NGO間の連携および政府との対話促進に尽力してきた。ピースボートでは、地球大学プログラムや「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」をコーディネート。2009~2010年、日豪両政府主導の「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)でNGOアドバイザーをつとめた。

著書に『核兵器 禁止から廃絶へ』(岩波ブックレット)、『僕の仕事は、世界を平和にすること。』(旬報社)、『核兵器はなくせる』(岩波ジュニア新書)など。2021年、第33回谷本清平和賞受賞。

朽木祥さんの著書はこちら

『光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島』著:朽木 祥 定価:1430円(税込)

川崎哲さんの著書はこちら

『僕の仕事は、世界を平和にすること。』著:川崎哲 定価:1760円(税込)
『絵で見てわかる 核兵器禁止条約ってなんだろう?』監修:川崎哲 定価:4180円(税込)

写真/児童図書編集チーム

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やまぐち まお

山口 真央

編集者・ライター

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。