日本の14%が「境界知能」“知的障害と正常域のはざま“の子ども ・小学校入学(就学期)からの困難&対応を医師が解説

「境界知能」の困難と支援の現実 〔小児精神科医・古荘 純一〕第2回

古荘 純一

▲境界知能ではあるが具体的な診断名がつかなかった場合、もしくは、就学前の療育でIQが70を超えた場合などでは、進学先が特別支援学校や特別支援学級ではなく、通常クラスとなり、支援が受けられないケースもでてくる。(写真:アフロ)
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知的障害や発達障害の診断がつけば、特別支援学校や特別支援学級などに進学することができますが、診断名がつかずに境界知能だけがある子どもは、通常クラスしか進学先の選択肢がないのが現状です。

見方を変えれば、境界知能の人が全体の14%もいる中で、その子どもたち全員が支援学級などに行くことは、現実的ではありません。

ところが、通常クラスの授業は平均レベルの子どもを対象としているので、境界知能の子どもがついていくことは困難です。

また、「何をしてもうまくできずに怒られる」といったネガティブな経験が重なることで、境界知能の子どもたちは次第に質問すらしなくなり、学校では「やる気のない子ども」とみなされてしまいます。

その結果、学校に行ってもなんとか目立たずにやり過ごすだけで、精一杯になってしまうのです。

発達障害との併発・二次合併症の問題も

「発達障害」とあわせて「境界知能」もあるケースもあります。

その場合、発達障害の治療だけをしても、その子どもの困難が解決できるわけではないことに注意が必要です。

もちろん、発達障害がある子どもに対してその治療をきっちりやることは大前提ですが、境界知能がある人に対しては、服薬すればそれで困難が治るものではないからです。

▲知能境界と発達障害の関係図(「境界知能」(著:古荘純一)を元にコクリコ編集部で作成)

さらに、境界知能の子どもは「二次合併症」が起こりやすいという問題もあります。

二次合併症とは、「うつ病」や「チック症」など、本来、境界知能とは直接関係しない症状のことです。

私が診てきた子どもたちは「不登校である」「自己肯定感が低い」「いじめられやすい」「𠮟られてばかりいる」「心身の不調を来しやすい」などの悩みを訴えて受診します。

これらの症状があることと、境界知能であることはイコールではありません。しかし、こうした症状を訴える子どもたちの中に、境界知能のケースがあることも多いと感じています。

まずは学校やスクールカウンセラーなどに相談

一方で、学校だけでの対応には限界があります。

通常クラスには30~40人が在籍していますが、さまざまなデータから推測すると、1クラスに発達障害の可能性がある子が3人、境界知能の子が5人、不登校の子が1人、虐待体験者が1人以上、うつや不安などメンタルに不調を抱える子が数人いる、と考えられます。

つまり、通常クラスに何らかの支援を必要とする子どもは3割程度いると考えられるのです。

▲通常クラスに何らかの支援を必要とする子どもは3割程度いると考えられる。まずは学校やスクールカウンセラーなどに相談を(写真:アフロ)

しかし、授業以外にも膨大な業務に追われている教師たちが、こうした子どもすべてに対応することは、現実的ではありません。

子どもたちを適切にサポートするには、教師だけではなく心理や医療、福祉、法律などさまざまな分野の人が協力することが不可欠です。

では、自分の子どもが境界知能かもしれないと感じたときは、どうすればよいのでしょうか?

まだまだ教育や医療の現場で境界知能に関する理解は進んでいませんが、まずは学校やスクールカウンセラーなどに相談するのがよいと思います。

家庭での接し方…社会に出てからの困難を和らげる準備

あわせて、家庭ではどれほど小さなことでもよいので、本人に「達成感」を持たせることを意識してみてください。

境界知能の子どもたちは、学校で「何をやってもうまくいかない」というネガティブな体験を重ねて、自己肯定感が下がってしまっていることが多くあります。

だからこそ、家庭では自分で翌日の準備ができたことや家事の手伝いができたことなど、小さな目標でもよいので達成感を持たせるようにすることが大切です。

残念ながら、現状では境界知能の人に対する公的支援はありません。また、境界知能の人が一番困難に直面するのは社会に出てからです。

しかし、支援がなくても子どものときから一定の配慮をしておけば、社会に出てからの困難を和らげられる可能性は十分あります。

そのためには、早期に子どものサインに気づいてあげることが重要です。だからこそ、まずは一人でも多くの人に境界知能について知ってほしいと思います。

──この記事のまとめ──

境界知能の子どもたちは、ネガティブな体験を重ねることで自己肯定感が下がってしまい、二次的な問題を引き起こすことがあります。学校だけですべての子どもを支えるのは限界があるからこそ、家庭で小さな成功体験を積ませることが大切です。

続く第3回では、青年期以降の境界知能に関係する、生活面での困難や、就職の問題などについて教えていただきます。

【古荘純一先生に聞く「境界知能」の解説は全3回。第1回となる前回では、「境界知能の基礎知識」について伺いました。第2回となる今回では「境界知能の子ども・家庭が抱える課題」について、最後の第3回では「青年期以降の境界知能とその困難」について伺います】

出典・参考/
『境界知能: 教室からも福祉からも見落とされる知的ボーダーの人たち』(古荘純一:著、合同出版)
「境界知能と発達障害」(宮口幸治)『発達障害医学の進歩34』(古荘純一:編、日本障害発達連盟)
『子どもの精神保健テキスト 改訂第3版』(古荘純一:編、診断と治療社)
通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果(令和4年)について(文部科学省)
令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について(文部科学省)

取材・文/横井かずえ
撮影/市谷明美

境界知能について詳しく知る本

境界知能: 教室からも福祉からも見落とされる知的ボーダーの人たち

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ふるしょう じゅんいち

古荘 純一

Junichi Furusho
小児精神科医

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2