世界的登山家・田部井淳子が息子に引き継いだ東北の高校生支援 大きな反抗期を経て 子育ても人生も「あきらめず一歩一歩」

世界的登山家・田部井淳子の子育て【3/3】~母子へ引き継がれた東北の高校生支援プロジェクト~

フリーライター:浜田 奈美

進也さんは田部井さんが亡くなる1週間前、病床の母の手をとり、「なあ母ちゃん。いろいろと迷惑かけて、申し訳なかった」と、若かりしころの自分の「粗相」について詫びたそうです。

このとき進也さんは38歳。学校をサボりまくった挙げ句、突然の高校中退……と大いに「やんちゃ」して親を悩ませた時代から20年以上が過ぎていましたが、ずっと口にできなかった母への思いを、正面から伝えることができました。

政伸さんが振り返ります。

「かみさん(注:淳子さん)が亡くなる前に、『進也君、あとは頼むからね』と伝えていましたから、進也が『東北の高校生の富士登山』のことをずっと一生懸命やっているのは、やっぱりかみさんの言葉が大きいと思いますよ」

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2016年の「東北の高校生の富士登山」では、ガンが進行して立つことも厳しい田部井さんが7合目の山小屋まで歩き高校生を励ました。  ©一般社団法人田部井淳子基金

2017年から進也さんは登山隊を指揮する「総隊長」ではなく、「プロジェクトリーダー」という立場でプロジェクトを続けてきました。13回目の2024年までに約800人の高校生たちが富士山頂に立ち、無事に下山しました。

今年(2025年)も7月22日から2泊3日の日程で、被災3県の高校生たちが富士山頂を目指します。

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