コロナ禍とうつを乗り越え大学院へ
家族について描くうち、育児支援制度や不登校など、社会問題を扱うようになっていったハラユキさん。
興味のままに取材を重ねてきましたが、「これでいいのか? 勉強しなおしたほうがいいのでは?」との思いが、次第に強くなっていきました。
その思いが確信に変わった決定打が、コロナ禍です。人々が家で過ごす時間が増え、リモートワークと育児など、これまでにない家族の問題が、日本社会で表面化してきました。
「家族というのは本当に、社会・文化に直結しているのだなと、改めて気がつきました」
そしてコロナ禍が落ち着いたころ、ハラユキさんは精神的に調子を崩して、軽度の「うつ」との診断を受けます。
「何かあったら人に『あなたはどうしてる?』と訊く、ヒントを尋ねるという反射神経があったので、幸い、うつも早い段階で治療できました。ここでストレスの整理をして、仕事への向き合い方を考え直すことになったんです」
思いを巡らせたのは、社会問題をテーマにする責任の大きさ、そしてやはり「勉強したい」という願い。
社会問題を描き続けるためには、手法はエッセイであっても、ジャーナリズム的な意識と精度が必要ではないか──そう考えるハラユキさんの前に現れたのが、「コミックジャーナリズム」という言葉でした。
「アメリカでは確立されたコミックの一分野で、先行研究もありました。自分が仕事に対して抱いていたモヤモヤを理解したい、整理したい。ジャーナリズムを学べば、それができるのではないか、と」
大学院(※)で学べると知り、お子さんが中学生になるタイミングで、社会人入試にチャレンジ。(※早稲田大学 大学院政治学研究科 ジャーナリズムコース)
2024年に見事合格し、ハラユキさんは今、家事育児・仕事・学生の3足のわらじを履く生活を送っています。
「やりたい!と思ったらやってしまう性格で。要領は良くないし、ストレスは溜めすぎてしまうし、毎回パンクするんですが……(苦笑)。何かあったら早めに整理して、必要なら早く休んでと、対処するようにしています」
家族の問題を整理して解決法を探る
『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』は、「理解したい 整理したい」というハラユキさんの思いがそのまま現れている一冊になりました。たとえばワンオペ育児を4つのタイプに分類したこと。
「ワンオペ育児はつらい、と一言で言われますが、その内容や事情はさまざまで、つらさの仕組みが違ったり、まったくつらくない人もいます。その違いはなんだろう? と考えたときに、『不本意』という言葉に気づいたんです。私自身も不本意なワンオペで悩んできて、試行錯誤している一人でした」
不本意にはどんな形があるのだろう? それを減らすために、みんなはどんな方法をとっている? これまで日本国内で、国外で取材した家族たちのエピソードを見直し、整理し直す作業から、ワンオペの4つのタイプを見出したと言います。
それを伝えるときに気をつけたのは、男女で括りすぎないこと。海外の例など「別世界の体験」では、それを知らない読者にも伝わるようにすること。詳しい説明が必要な情報は自分のキャラクターで「合いの手」を入れたり、怒りや苦しみの描写では動物風のキャラクターを使うなど、表現でも工夫を凝らしています。
そうして作り上げた一冊を、届けたい人は? 尋ねると、ハラユキさんは優しい声で答えました。
「ワンオペで大変な思いをしている、かつての私のような人に。ワンオペ育児の最中でパートナーに責められている人や、家事育児のメイン担当ではない人にも読んでほしいです。ワンオペ育児になってしまう働き方や社会の仕組みが変わり、育児する人のイライラやモヤモヤが少しでも減ることを祈っています」
ここ10年で子育てをめぐる制度や環境の改善が、まだまだ課題は多いもののスピードアップしている日本。そこにはハラユキさんのように、自身の体験をもとに共感を大切にして、「もっと良くなってほしい」との願いを伝えてきた人たちの存在があります。
子育て当事者が発信するコミックエッセイや書籍などのメッセージが、ますます増えて読まれていくと、日本の親たちはもっと勇気付けられ、子育て環境ももっと良くなって行くでしょう。
ハラユキさんの本はそう思わせてくれる、優しくて力強いエンパワメント・コミックなのです。
取材・文/髙崎 順子
イラスト/ハラユキ(『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』より)

髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。



















































































ハラユキ
雑誌、書籍、Webなどの媒体で執筆しつつ、コミックエッセイも出版。2017年から約2年間バルセロナに住んだことをきっかけに、海外取材もスタートさせる。著書に『王子と赤ちゃん』(講談社/カワハラユキコ名義)、『オラ! スペイン旅ごはん』(イースト・プレス)、『ほしいのは「つかれない家族」』『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』(講談社)、『誰でもみんなうつになる』(KADOKAWA)などがある。 オンライン・コミュニティ「バル・ハラユキ」も主宰。 ハラユキ公式サイト https://suikyo.amebaownd.com/ バル・ハラユキ https://note.com/harayukinote/membership/join
雑誌、書籍、Webなどの媒体で執筆しつつ、コミックエッセイも出版。2017年から約2年間バルセロナに住んだことをきっかけに、海外取材もスタートさせる。著書に『王子と赤ちゃん』(講談社/カワハラユキコ名義)、『オラ! スペイン旅ごはん』(イースト・プレス)、『ほしいのは「つかれない家族」』『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』(講談社)、『誰でもみんなうつになる』(KADOKAWA)などがある。 オンライン・コミュニティ「バル・ハラユキ」も主宰。 ハラユキ公式サイト https://suikyo.amebaownd.com/ バル・ハラユキ https://note.com/harayukinote/membership/join