子どもの発達研究の第一人者が回答 「小1の壁」を乗り越える7つのヒント
【講談社コクリコCLUB】オンラインセミナーレポート#2 質疑応答編
2022.06.29
小児科医/お茶の水女子大学名誉教授:榊原 洋一
小さな子どもを持つ親にとって、「小1の壁」「小1プロブレム」はとても関心の高いテーマです。
講談社コクリコCLUBでは、会員を対象に【正しく知れば怖くない! コロナ禍での「小1の壁」】と題したオンラインセミナーを実施。事前のアンケートでは「小1の壁」「小1プロブレム」に関連する質問がたくさん寄せられました。
セミナーでは、中でも多くの声があがった質問や悩みについて、子どもの発達研究の第一人者であり、現在も小児科医として発達障害児の診察を続けている榊原洋一先生に、お話しいただきました。
セミナーレポート第2回は「質疑応答編」です。
(全2回の2回目。第1回を読む)
榊原洋一先生プロフィール
榊原 洋一(さかきはら よういち) 1951年東京生まれ。小児科医。東京大学医学部卒、お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授を経て、同名誉教授。チャイルドリサーチネット所長。小児科学、発達神経学、国際医療協力、育児学。発達障害研究の第一人者。著書多数。監修を手がけた年齢別知育絵本「えほん百科」シリーズは大ベストセラーに。現在でも、子どもの発達に関する診察、診断、診療を行っている。
質問① 入学までに、できるようにしたほうがいいことは何ですか?
数字やひらがなの読み書きができるようにしたほうがいいですか? という質問をよく受けます。
読めるようになっていれば、確かに入学後の学習にスムーズに入っていけるかもしれません。しかし、絶対に必要なものではありません。
「小1の壁」「小1プロブレム」で直面する壁の最も大きな要因は、学習内容ではなく学校という環境そのものにあります。決められた空間、決められたスケジュール、決められたルールがある環境で、先生や友達とコミュニケーションをとりながら生活する力が求められます。
ですから、算数ができる、ひらがなが書けるということよりも、まずは自立した生活を送るための生活習慣を身につけることが大事なのです。
この観点で考えると、できるようにしておきたいことが見えてきます。
たとえば、早寝早起きの規則正しい生活。小1の児童に必要とされる睡眠時間9時間を確保して早起きさせるためには、親がかなり意識して夜の早い時間に寝かしつける必要があります。
朝、登校の準備が間に合わないという声もよく聞かれますが、寝る前に次の日の準備をしておことを習慣づけるのも大事です。
入学前は、正しい生活習慣を身につける機会を意識的につくってあげてください。
早くから勉強すれば能力が身につくとは限らない
参考までにですが、言葉の発達については、ひとつ興味深い研究結果があります。
小学校入学前までにひらがなの読み書きができるようになっていた子どもたちと、入学まで読み書きはできなかった子どもたちを、小学校3年までにどれだけ国語能力が発達したかを追跡調査した心理学の研究です。
それによると、実は、できなかった子どもたちのほうが国語能力の伸びがよかったのです。
この不思議な結果についての私の解釈はこうです。
期待と不安に胸を膨らませて上がった小学校で、すでに読み書きができるようになっていた子どもは、いざ授業が始まってみると「もう知っていることだ」と関心を失ってしまう。
一方、まだできない子どもは関心を持って授業に取り組むようになり、3年間で国語能力が逆転するというわけです。
繰り返しになりますが、算数やひらがなの知識を備えておくことは必須ではありません。大切なのは、「学ぶっておもしろい」という気づきです。知識の中身や量よりも、楽しみながら学んでいるかどうかに着目してください。
質問② 友だちができないのが心配、どうすればいいでしょうか?
そもそも、小学校入学後にすぐにたくさんの友だちができる子のほうがまれです。
初めは友だちはあまりできず、学年が進むにつれて増えていく傾向があります。だから、小1で焦る必要はありません。
私自身、小1の時にはどういうわけか男の子の友だちは乱暴に感じられてうまく付き合えず、女の子とばかり遊んでいたんです。でも、自然と変わっていき、やがて男の子の親友もできました。
子どもの性格によって、友だちができるかできないか、多いか少ないかは実にさまざま。焦る必要はありません。
そして、ここがとても重要なのですが、本人が友だちをほしいと思っているかどうかが肝心。それによって対応は異なります。
本人が「友だちはほしいけれど、どうしていいかわからない」「友だちがいなくてつらい」と悩んでいるなら、親がコツを教えてサポートしてあげたいところです。声のかけ方などについて話し合ったり、アイデアを出してあげたり、悩みに答えてあげてください。
私が監修した『あそんで、天才!』シリーズの「なかよしの天才」では、他の子と仲良くするためにどのようにコミュニケーションをとればよいかを、自然とシミュレーションできることを意識しました。こうした本を活用していただくのもいいですね。
子ども自身がどう思っているか
一方、本人がそもそも友だちをほしいとは思っていないこともあります。子どもに友だちがいないと相談する親御さんの話をよくよく聞いてみると、実はこのケースがほとんどです。
子どもは気質によって、友だちの多さにかなり差が出ます。大勢の友だちといつもワイワイ遊ぶのが好きな子もいれば、一人きりで誰にも邪魔されずに遊びたいという子もいます。
考えてみてください、これは大人も一緒です。休日はいつもホームパーティという社交派もいれば、個人的な趣味に没頭する時間が何よりも好きだという人もいますよね。
本人が友だちができなくて困っているというなら話は別ですが、友だちがいるかいないかを大人が気を回して心配することはありません。
質問③ 話すのが苦手のようで心配です
クラスメイトや先生の前でも、さらには知らない人とも臆することなく話せる子がいます。
一方、家ではおしゃべりだけど、外では緊張してしまってうまく話せないという子も少なくありません。
「社会性」という言葉がありますが、これは言い換えれば「周りの人を見分ける力」。実は、臆することなく話せるのは、「この人はどういう人かな?」「どんな気持ちかな?」と周りの人を見分ける力が弱く、いわば社会性が低いからこそ無邪気に話せるとみなすことができます。
逆に、緊張してしまうのは、周りの人を見分ける力が強いがゆえの反応で、社会性が高いからこそ起こる現象です。心理学的にはごく正常なことなんです。
なので、さほど心配することはありませんが、本人が「話したいけどどう話していいか困っている」と悩んでいるなら、手助けしてあげたいところです。自然な会話の糸口などのヒントを提案してあげましょう。
質問④ 泣き虫なのですが大丈夫でしょうか?
こちらも心配は無用です。私のいとこで大変な泣き虫がおりましたが、今ではめったに泣きません(笑)。
泣き虫であることが問題視されるのは、親側に勝手な子どもの理想像があるからなんです。「子どもとはいつも元気で、誰とでも仲良く遊べてニコニコ明るいもの」というイメージですね。
でも、そんな子どもはごく少数派です。子どもの気質は千差万別で、一般的な理想像からはずれた子のほうがずっと多いんです。
そもそも、泣き虫は決して欠点ではありません。人間関係にとても敏感であるという証拠だからです。友だちとうまくいかなくて泣いてしまう、勉強ができなくて泣いてしまうというのは、ストレスに対するごく自然な反応であって、逆に何が起こってもケロッとしているほうが問題です。
怒りや恐れ、喜び、悲しみなどの感情を心理学では「情動」と言います。赤ちゃんはいろんなストレスに対して泣いてばかりいますが、成長するにつれ情動をコントロールするレパートリーが広がっていくことで、泣く機会が少なくなっていきます。
小学生くらいのときはまだまだ情動のレパートリーを広げていく段階。泣き虫も徐々に変わっていくので心配することはありません。むしろ、泣き虫を克服していく過程で社会で生きていくために必要な「共感性」を身につけていくことができるので、成長の証と思って見守ってあげましょう。