子どもの「睡眠負債」 脳の疲れが取れず生活リズムが壊れる理由を「眠育」に学ぶ 

睡眠の教育「眠育」で子どもの睡眠について知ろう #2 睡眠不足が起こす影響と不登校との関り

小児科医・日本眠育推進協議会理事長:三池 輝久

日々忙しい生活で「睡眠負債」が溜まっていく現代の子どもたち。睡眠不足だと身体にどのような影響があるのでしょうか?  写真:アフロ

熊本大学名誉教授であり、日本眠育推進協議会理事長の小児科医・三池輝久先生に解説していただく、睡眠の教育こと「眠育」について。

1回目では、夜型の現代社会が睡眠不足を生みやすい構造になっていること、そして小学校高学年以降に睡眠不足が起きやすいことがわかりました。

2回目では、子どもが睡眠不足になると、どんな影響があるのかをお話しいただきます。

(全3回の2回目。1回目を読む

三池輝久
(みいけ・てるひさ)

小児科医、小児神経科医。熊本大学病院長、日本小児神経学会理事長、兵庫県立リハビリテーション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター長」などを経て現在、熊本大学名誉教授、日本眠育推進協議会理事長。子どもの睡眠障害の臨床および調査・研究活動は30年を超える。

眠らないと脳が回復しない

──「睡眠不足」が身体によくないというのはよく耳にしますが、実際に睡眠が足りていない身体には、どのようなことが起きているのでしょうか?

三池輝久先生(以下、三池先生):まず、知っておいていただきたいことが2つあります。ひとつめは、子どもたちが健康に生活していくためには、「概日(がいじつ)リズム」の生活リズムが必要だということ。

「概日リズム」とは、おおよそ24時間で繰り返される規則的な変化のことで、睡眠覚醒リズム、自律神経、ホルモン分泌リズム、エネルギー代謝といった、人間の生命維持機能を全部コントロールしています。

全身の37兆個の細胞をコントロールしている「概日リズム」という睡眠覚醒リズムを中心とした生活リズムをきちんと身につけないと、心身にさまざまな不調が起こります。

ふたつめは、睡眠で眠るのは身体ではなく、「脳」だということです。身体は、横になっていれば疲れは取れますが、眠らないと脳は回復しません。

睡眠不足により、脳が回復せず、またリズムが確立しないと、身体や心にさまざまな不調が起きてきます。

例えば週末や、長期休みに生活と睡眠のリズムがずれると、簡単に戻せるようで実はとても大変なことです。それは、人間の概日体内時計が24時間11分でできていて(注1)、後ろにずれるのは簡単だけれど、前に戻すのは難しいからだと言われているから。実際に、その大変さを経験している方も多いかと思います。

※注1 
以前は25時間と言われていましたが、1999年の『サイエンス』に発表された論文から24.18時間=24時間11分といわれるようになった。

眠れていない「脳」では認知系の機能が落ちる!?

三池先生:長期休暇で夜寝るのが遅くなっても、学校生活が始まれば朝は早く起きなければならない。しかし寝る時間が遅いままだと、起床時刻も遅くなり、だんだん睡眠不足と生活リズムのズレが重なっていきます。そうして、GWの連休明けや、夏休みが明けた9月の半ばごろから起きられなくなり、学校に行けない子どもが増えてきます。こうした睡眠リズムによる不登校は、少なくとも不登校の全体の約1/3以上を占めていると言われています。

そのとき眠れていない脳には何が起きているかというと、「認知系の機能」が落ちています。

記憶をつかさどる「海馬」という部分がありますが、「海馬」は子どもがきちんと睡眠を取れば回復するばかりか、細胞分裂して成長もする部分です。しかし、睡眠不足になると炎症が起きることもあり、1日中メリハリがなく、記憶機能が低下してしまうんです。

睡眠不足から不登校になったときの子の脳の血流測定をすると、血流があれば赤くなるはずの部分(前頭葉など)が、真っ青になっています。これは脳に血液が行っていないということ。こうなると日常生活にも差し障りが出て、判断力も下がります。

私は今まで、1万人近い不登校の子たちをみてきていますが、もともとその子が持っている力を100としたら、どの子も50~70に下がっているような印象を受けましたし、本人たちもそのように感じています。当の本人は、普段と違う自分にとても不安でしょうがないことでしょう。睡眠リズムの障害からくる不登校は、単に学校に行けないということではなく、一般的な脳機能が働かない状態になってしまっているのですから。

他にも、睡眠不足は代謝機能とも関わっているので、Ⅱ型の糖尿病も起こしやすくなりますし、鬱の原因にもなります。鬱になるから眠れなくなるのではなく、睡眠がうまくいかなくなって鬱を引き起こすのです。

「眠育」では、睡眠不足がこうしたさまざまな病気や心身の不調を引き起こし、生きる力が奪われる原因になりうるであろうということをお伝えしています。この部分を保護者の方には特に認識してほしいと思っています。

睡眠不足から生きづらさを感じる子どもたちも

──睡眠不足の子どもたちが増えていることに、大人たちはもっと危機感を感じるべきだと感じました。

三池先生:そうなんです。特に、睡眠不足から若い人たちが生きづらさを感じるようになってしまったということに私は大変な危機感を持っています。

睡眠を整えることで、ある程度は生きづらさを減らすことができると思います。もちろん、現代社会のいろいろな問題を網羅するには及びませんが、それでもしっかり睡眠をとり、生活リズムを整えることで、たくさんの人は救われると思います。

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睡眠不足が起こす子どもへの影響は、想像以上のものでした。しかし「早く寝ましょう」といっても、スムーズに眠ることはなかなか難しいもの。3回目では、三池先生に睡眠不足を解消する具体的な方法について教えていただきます。

取材・文/浅妻千映子

「眠育」連載は全3回。
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※3回目は2023年2月2日公開(公開日までリンク無効)

三池輝久
(みいけ・てるひさ)

小児科医、小児神経科医。熊本大学病院長、日本小児神経学会理事長、兵庫県立リハビリテーション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター長」などを経て現在、熊本大学名誉教授、日本眠育推進協議会理事長。
子どもの睡眠障害の臨床および調査・研究活動は30年を超える。

みいけ てるひさ

三池 輝久

小児科医・日本眠育推進協議会理事長

小児科医、小児神経科医。熊本大学病院長、日本小児神経学会理事長、兵庫県立リハビリテーション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター長」などを経て、現在は熊本大学名誉教授、日本眠育推進協議会理事長。子どもの睡眠障害の臨床および調査・研究活動は30年を超える。 主な著書に『子どもの夜ふかし 脳への脅威』『赤ちゃんと体内時計―胎児期から始まる生活習慣病─』(共に集英社新書)ほか多数。

小児科医、小児神経科医。熊本大学病院長、日本小児神経学会理事長、兵庫県立リハビリテーション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター長」などを経て、現在は熊本大学名誉教授、日本眠育推進協議会理事長。子どもの睡眠障害の臨床および調査・研究活動は30年を超える。 主な著書に『子どもの夜ふかし 脳への脅威』『赤ちゃんと体内時計―胎児期から始まる生活習慣病─』(共に集英社新書)ほか多数。