小泉悠氏が一児の父として子どもに「戦争はダメ」以外に伝えたいことは?

安全保障研究者・小泉悠先生に聞く、子どもへの「戦争」の伝え方  #3 子どもが戦争のある世界に対応していくためには

安全保障研究者:小泉 悠

わかりやすい解説や正確な情報分析、さらにユーモアあふれるSNS投稿にファンが多い小泉悠先生。  撮影:葛西亜理沙

「僕は娘に銃の分解結合を教えたくない」と語るのは安全保障研究者であり、東京大学先端科学技術研究センター・専任講師の小泉悠先生。

「そんな当たり前のこと」と思うかもしれませんが、今、ウクライナの高校生は、カラシニコフ(歩兵用の自動小銃)の分解結合を学校で教えられています。

いまだ戦争の終結が見えてこないロシア・ウクライナ戦。戦いの様子は、半年以上、日々テレビで流されているので、ニュースを目にした子どもから「戦争ってなに?」と、尋ねられたママパパも多いのではないでしょうか。

連載3回目は、ご自身も子育て中の1児のパパである小泉先生に、「戦争」について子どもへ伝えるべきこと、親子で一緒に考えることについてお聞きしました。

(全3回の3回目。1回目を読む2回目を読む

日々の営みを断ち切るのが戦争である

──日々放送されるニュースを見ていると不思議に感じることがあります。それは激しい攻撃を受けているウクライナの都市で暮らす人々の生活についてです。

ニュースの中では、警報が鳴っても街を歩く人々や、爆撃を受けた家が立ち並ぶ中でも、暮らしを営んでいる人々を多く見かけます。ウクライナでは、紛争地域でも生活を続けているのでしょうか?

小泉悠先生:僕も現地をリアルに確認したわけではないので、確かなことは伝えられませんが、ニュースの映像を見る限り紛争地でも人々はいつもと同じように暮らしているはずです。

日本の戦時下でも、それは同じだったのではないでしょうか。アニメ映画にもなった漫画『この世界の片隅に』(著:こうの史代/双葉社)でも、人々の営みが変わらず続けられていたことが描かれていますし、『戦中派不戦日記』(著:山田風太郎/講談社)にも空襲の恐れがあるから数学のテストが中止になって学生たちが喜ぶ様子が描かれています。

それと、「平和な日々に突然スイッチが入って戦争になる」という考えを、ユーラシア大陸の人たちは持っていないように思います。特にロシアの人々は、平時の中にも危険なことはあって、「人種差別的な憎悪による被害に遭うかも」とか「街中で急に襲われるかも」と、どこかで緊張しながら生活をしています。

そういう生活を送っているからこそ、彼らは有事と平時をスイッチで切りかえるのではなく、あいまいな境目の状態にあり、戦争で銃を撃ち合っている有事と、まったくなにも起きない平和な平時の間には広いグレーゾーンがあるんです。それが濃くなるか、薄くなるかという感覚が強いのだと思います。

小泉先生は、小学生時代から軍事に関する本に興味を持ち、読んできました。また、大のプラモデル好きとしても知られています。  撮影:葛西亜理沙

ウクライナの高校生は銃の分解と結合を学校で教えられる

──私たち日本人は、日常がグレーゾーンであるという考えを持っていません。ある意味「平和ボケ」をしているのでしょうか。

小泉悠先生:今、ウクライナの高校生は、カラシニコフ(歩兵用の自動小銃)の分解結合を学校で教えられています。どこの国の軍隊でも、もちろん日本の自衛隊でも、自分の銃を分解して組み立てられるように徹底的に教えられるのですが、それと同じことをウクライナもロシアも子どもに教えているのです。

ロシアには、今でも学校に配属将校がいて、授業として軍事教練の時間があります。さらに言えば、体育の時間は、ロシア語の頭文字を取って名付けられたGTO(ゲーテーオー)という、「国防と労働の準備」というものがあります。子どもたちが過ごす学校の中に、「君たちも有事のときには戦地に向かう」と教えることが日常的に含まれているのです。

実際に、ウクライナは戦争が始まって70万人ほどの一般市民が兵士として参加していて、男性は義務として戦地に連れていかれます。「戦争が起こり得る」ということを感じることなく日々過ごせる日本は、ボケているというより、幸せだといえるでしょう。ただ、子どもたちには、戦争の愚かさや恐ろしさを伝えるだけで、自分には関わりのないことだという教育では終われないと思います。

プライベートでは子育て中の1児の父。ロシア人の奥さまと猫との3人1匹暮らしです。 撮影:葛西亜理沙

僕は自分の子どもが生まれたとき、「これから辛い思いを人生で体験するのかな」と感じて胸が痛くなったんです。例えば失恋とか、怪我をするとか。でも親としては、人生にはそういう辛いことに直面することがあるよ、それを乗り越える力を持てるようになろうね、とサポートしてあげることが大切なのだと思い直しました。

だからと言って、僕は娘に銃の分解結合を教えたいとは思いませんし、戦争は避けられないかもしれないというのが現実です。日本人だけの決意で変えられるものではありませんから。

残酷だけれど、世の中には戦争のような良くないことや、痛みが溢れているということを、正直に語り、親としてリアリティをもって説明して伝えたいと思っています。

──小さな子どもには、今のロシアのウクライナへの侵攻について正確に伝えるのは難しいかもしれませんが、世の中にある悲しみや怒り、痛みを伝えるというのは第一歩かもしれませんね。

小泉悠先生:ひとつの例ですが、絵本をフックに説明するのはいいかもしれません。『スノーマン』で知られる作家レイモンド・ブリッグズが書いた『風が吹くとき』(あすなろ書房)は、絵のタッチは優しいですけど、核戦争の恐ろしさを描いています。

また、親御さんの世代で読んだことがある人も多い『はだしのゲン』(著:中沢啓治/汐文社)は、子どもと読んで、話し合うこともできるでしょう。

今回の、「ロシア対ウクライナの戦争」と聞くと、ロシアとウクライナが巨大なマシーンで殴り合っているようにイメージをするかもしれませんが、ミクロに見ると、そこには小さな命や、生活が戦争によってブチブチと断ち切られる、無数の小さな悲劇のプロセスが積み重なっています。それが戦争です。

そのように、分解して物事を見ることや、起こるであろうことを想像する力が必要だし、それを僕たち親が伝えていかなければと思います。

戦争は無くならないけれど、対処する方法があると伝えたい

──民族や文化、宗教を背景に紡がれてきた歴史など、世界中で人が置かれている環境が変わることはないので、これからも戦争は無くならないのかなという気持ちが残ります。

「戦争は無くならない。けれど責任を持って教えて、伝えることが大人の役割です」(小泉先生)。  撮影:葛西亜理沙

小泉悠先生:戦争は、たぶん無くならないと思います。小規模な紛争はこれまでずっとありましたし。でも、最終的に無くそうとする努力を忘れると、シニシズムになるので、無くそうとし続けなくてはいけない。

そして同時に、すぐ無くなると想定すべきではないし、無くならないから全て無意味だ、というニヒリズム(虚無主義)に陥るべきでもありません。人間が病気になったり、交通事故に遭ったりするのと同じように、無くなりはしないけれど、どうしたら我々は、より良く対処できるのか考える努力は続けていくべきだと思います。

子どもたちに「戦争はダメです」という言葉だけで止めないことが大切で、教育の場面や、若者向けのメディアでもっと語られてほしいと思います。

人間は、いつか何かしらの理由で必ず死んでいきます。僕はその事実を子どもに対して隠すべきではないと考えています。でも同時に、人間はただ死ぬだけの存在ではなく、生きている間に、恐ろしいことを防ぐこともできるし、本当に困ったら逃げることもできる。その方法を大人である僕たちと一緒に、これから考えていこうね、というのが子どもたちへのメッセージです。

戦争は無くならないという言葉も、子どもからすればとても怖いでしょう。大人にとっても怖い言葉です。でも、子どもたちが想像力や知恵、知識を持って、どう対応していくのか。責任を持って教えて、伝えていくことが僕たち大人の役割だと思います。

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21世紀にまさか起こるとは思われていなかった大きな戦争。プーチン大統領の蛮行は未だに収まる気配は見られません。

ですが、親である私たちは、子どもに対して事実を隠すのではなく、対立に至った背景も含めて正しい情報を伝え、世界が良いほうに向かって動いていくように一緒に考えていくことが大事だと、改めて理解しました。

戦争という大きな出来事に対して、私たちができることはあまりにも些細な行動なのかもしれませんが、未来への小さな変化のきっかけになると信じて、親子で話し合ってみてください。

取材・文/知野美紀子

1回目 子どもに「ウクライナ紛争」をどう伝える? 小泉悠氏も想定外の「古臭い戦争」の正体 
2回目 子どもに「戦争」をどう教える? 小泉悠氏がロシア国民を操る情報統制と愛国心を解説

小泉悠(こいずみ・ゆう)
1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。

2022年9月20日に発売された、小泉先生の最新書。
『ウクライナ戦争の200日』小泉悠(文藝春秋)
こいずみ ゆう

小泉 悠

安全保障研究者

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。 専門はロシアの軍事・安全保障。『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)など。

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。 専門はロシアの軍事・安全保障。『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)など。