在日ウクライナ人がプラネタリウムで解説する「日本の星空」 “偶然”が導いた日本への避難と仕事

ウクライナのプラネタリウム解説員・オレナさんインタビュー第2回/全2回 ~日本での活動~ (3/3) 1ページ目に戻る

フリーライター:浜田 奈美

ちなみに日本の星空とウクライナの星空には、どんな違いがあるのでしょうか。

「同じ北半球なので、ウクライナで見える星の多くが日本でも見ることができます。そして冬はウクライナでも、日本と同じように星空がとてもきれいな季節です。

大きく異なる点は、日本の子どもたちは『冬の大三角』のことなど、学校で星について教わりますが、ウクライナの子どもたちはほとんど星について学校で教わらない、ということです」

そして意外なことに、夫妻が暮らす都内の自宅からのぞむ夜空でも、「とてもよく星が見えています」とオレナさん。

「こう話すと皆さんびっくりしますが、私がいる町は都会ではないため、星を邪魔する光も少なく、星空がきれいです。同じ東京でも、渋谷や新宿のような大都会では無理だと思いますが」

夜には自宅から星空を仰ぎ、母国ウクライナに思いをはせることもあるそうです。

イベント会場で、オレナさんが作ったウクライナの人形を販売するオレナさん夫婦。  写真撮影:浜田奈美
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ウクライナに一時帰国した際、大好物の肉入りパン「チェブレキ」を手にするオレナさん。  写真提供:オレナ・ゼムリヤチェンコさん

仕事や日本行きを導いた“偶然”の出会い

オレナさんのように、国を超えて活躍できるキャリアを持つことは、容易なことではありません。プラネタリウム解説員という仕事は、オレナさんの幼いころからの夢だったのでしょうか?

「いえ、幼いころに自分がなにになるかなんて、まったく考えていませんでした。ある時期は小学校の先生や、保育園や幼稚園の先生にとても憧れていましたが、保育園で働いていたお母さんに強く反対されました。『小学校の先生も保育園の先生も大変な仕事。それだけはやめなさい』と」

そう母親に言われたオレナさんは気持ちを切り替え、得意な科学や物理の勉強に打ち込みました。

「それでもウクライナには、日本のように子どもたちが塾などで勉強しなくてはならない雰囲気はありません。その代わり興味のあるスポーツクラブなどに通う子どもが多かったと思います。私の場合は両親が厳しく、『勉強しなさい』と言われて育ったので、学習習慣が身につきました」

オレナさんは大学で物理学を専攻したそうです。そこからなぜプラネタリウム解説員になったのでしょう。

「これはまったくの偶然でした。最初は自分の好奇心から、天文学関連のカンファレンスとか研究発表会に参加していて、その1つでハルキウのプラネタリウムの所長と知り合いました。会話が弾み、所長から『うちで働きませんか』というオファーを頂いたのです」

そしてしみじみとこうも語ります。

「日本に来たのも、職場の同僚から偶然、『日本に避難しよう』と誘いを受けたからでした。私の人生には節目ごとに大切な偶然の出会いがあり、自分をいい方向に動かしてくれています。この仕事のおかげで、避難先である日本でも、自分らしく生きられていると実感します」

プラネタリウム解説員という仕事の縁で、日本のプラネタリウム関係者とつながり、オレナさんを支える「輪」が各地に生まれました。母国ウクライナに平和が訪れるまで、オレナさんはこの国でプラネタリウム解説員として働き続けるそうです。

もちろんウクライナに一日も早く平和が訪れることが、オレナさんにとって、また日本で暮らすウクライナの避難者にとって一番の願いです。その時が来るまでのいつの日か、あなたの街を、オレナさんが訪れるかもしれません。

取材・文/浜田奈美

全2回の2回目

フリーライター浜田奈美が、こどもホスピス「うみとそらのおうち」での物語を描いたノンフィクション。高橋源一郎氏推薦。『最後の花火 横浜こどもホスピス「うみそら」物語』(朝日新聞出版)

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はまだ なみ

浜田 奈美

Nami Hamada
フリーライター

1969年、さいたま市出身。埼玉県立浦和第一女子高校を経て早稲田大学教育学部卒業ののち、1993年2月に朝日新聞に入社。 大阪運動部(現スポーツ部)を振り出しに、高知支局や大阪社会部、アエラ編集部、東京本社文化部などで記者として勤務。勤続30年を迎えた2023年3月に退社後、フリーライターとして活動。 2024年5月、国内では2例目となる“コミュニティー型”のこどもホスピス「うみとそらのおうち」(横浜市金沢区)に密着取材したノンフィクション『最後の花火』(朝日新聞出版)を刊行した。

1969年、さいたま市出身。埼玉県立浦和第一女子高校を経て早稲田大学教育学部卒業ののち、1993年2月に朝日新聞に入社。 大阪運動部(現スポーツ部)を振り出しに、高知支局や大阪社会部、アエラ編集部、東京本社文化部などで記者として勤務。勤続30年を迎えた2023年3月に退社後、フリーライターとして活動。 2024年5月、国内では2例目となる“コミュニティー型”のこどもホスピス「うみとそらのおうち」(横浜市金沢区)に密着取材したノンフィクション『最後の花火』(朝日新聞出版)を刊行した。