在日ウクライナ人がプラネタリウムで解説する「日本の星空」 “偶然”が導いた日本への避難と仕事

ウクライナのプラネタリウム解説員・オレナさんインタビュー第2回/全2回 ~日本での活動~ (2/3) 1ページ目に戻る

フリーライター:浜田 奈美

2025年11月、日本相撲協会は、ウクライナ出身の21歳、安青錦(あおにしき)の大関昇進を発表しました。14場所というスピードでの大関昇進は、年6場所制が定着した1958年以降では最速だそうです。

同郷である安青錦の活躍は、日本国内に避難中の約2800人(出入国在留管理庁発表・2025年11月30日現在)のウクライナの人々を、少なからず勇気づけたはずです。

安青錦と同じころにウクライナから日本に避難してきたオレナさんも、「本当にうれしいです」と顔をほころばせます。

「彼を誇りに思います。避難から約3年半という短い時間で相撲という日本の伝統的な技を磨き、あの高いレベルに到達したのですから。その背景には想像もできない努力があったと思います。彼が同じウクライナ人であること、そしてとてつもない努力家であることが、本当に誇らしい」

安青錦に関する報道によると、日本への避難に導き、力士として成長する環境を支えたのは、相撲を通して知り合った友人とその知人たちだったそうです。母国でプラネタリウム解説員として働いていたオレナさんが、日本でプラネタリウム関係者のサポート活動「One Sky for All」(ワン・スカイ・フォー・オール)に支えられて、日本でキャリアを継続している経緯と境遇がよく似ています。

「One Sky for All」の活動に対し、オレナさんは「感謝を忘れたことはありません」と語ります。

「私を信じ、支えてくださる皆さんのおかげで、今の私があります。彼らへの恩返しとしてできることは多くはありませんが、プラネタリウム解説員として招かれる場所で、少しでも良い仕事をすること。つまりイベントの来場者に『おもしろかった。また来たい』と思ってもらえることだと思います」

その言葉どおり、オレナさんも懸命に努力をしています。当初は投影イベントに通訳が必要でしたが、避難者向けの日本語教室に通い、必死に学習した結果、いまでは原稿を準備したうえで、日本語での解説ができるようになりました。

そして今夏(2025年)、避難後で初めてウクライナへの一時帰国が叶い、母国に滞在した3週間の間に、母国の食べ物や珍しい食材などの写真や動画をたくさん撮影しました。「日本のプラネタリウムで、皆さんを喜ばせたくて」とオレナさん。日本に戻って以後のイベントで、それらを少しずつ披露してきました。

ロマンティックな日本人とSF好きなウクライナ人!?

オレナさんがこれまで訪れた場所は27ヵ所で、計67回の投影イベントを実施してきました。日本各地で見てきた風景や星空のうち、オレナさんの心に残った場所は、あるのでしょうか。

「はい、たくさんあります。まずは北海道名寄(なよろ)市の天文台から見た星空は、本当に素晴らしいものでした。そして長野県の木曽町で泊まった山の上にあるホテルから見た星空も美しかったし、このホテル自体が心に残りました。

近くに街灯など星空を邪魔するものが一切なく、ホテルで望遠鏡のレンタルサービスもあり、宿泊者が星空を楽しむための場所という印象を受けました。ウクライナで、私はそういう宿を知りません。『星空を楽しむホテル』なんて、何と素敵なアイデアだろうと、感激しました」

確かに日本国内の宿泊施設で星空を楽しむためのサービスがあることは、珍しくありません。この違いは、何を意味するのでしょう。オレナさんが解説してくれました。

「ウクライナと日本では根本的に、人々の夜空や星空の楽しみ方が違うように感じます。日本では、お月見や七夕など夜空に関連するお祭りや物語がたくさんあり、人々は星座の知識も豊富で、その物語を胸に星空を楽しんでいるように見えます。一方、ウクライナはその種のお祭りとかはなく、ただ単純に『見た目』を楽しんでいます」

ウクライナのプラネタリウムでもっともリクエストが多かったのは、「ブラックホール」についての解説だったそうです。

「ウクライナの人たちは映画やドラマの影響から、UFOや宇宙人の話にもとても興味を持っていましたね」

こう聞くと、私たちが思う以上に、日本人は星や月に親しみ、ロマンティックに楽しむ国民なのかもしれません。

日本とウクライナ 見える星は同じでも教育は異なる!?

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