子どものより良い教育環境を求めて地方や海外へ移住することを「教育移住」と言います。移住した家族にはどんな経緯があったのでしょう。
長野県佐久穂町に、県外からの移住者が約7割という小学校があります。2019年に、日本初のイエナプラン認定校として開校した「学校法人茂来学園 大日向小学校」です。
「イエナプラン」とは、子どもひとりひとりの個性を尊重しながら、自律と共生を学ぶ教育で、子ども自らが学習計画を立て、異年齢クラスなのが特徴です。発祥はドイツですが、オランダで大きく発展し、オランダには200校以上ものイエナプラン小学校があります。
1期生として3姉妹の娘を入学させたママの上岡美里さん(49歳)。どうしてこの学校に惹かれ、東京からの移住を決めたのでしょうか。当事者のリアルな声をお届けします。
※全2回の前編
小1長女の変化に抱いた小さな違和感
「宿題もテストもない、給食は自分で好きなものを選べるバイキング。新しい学校がそんな学校だと知ると、当時、小4の次女と小1の三女は『行きたい〜! 』と、すぐにその気になっていました」(上岡さん)
長野県佐久穂町にある「学校法人茂来学園 大日向小学校」(以下、大日向小)は、2019年4月、日本初のイエナプラン教育を行う小学校として開校。
上岡美里さんの3人の娘たち(当時小6、小3、小1)は開校時に入学。東京都府中市から長野県へ家族5人で移住しました。
東京の府中市でワーキングマザーとして忙しい毎日を送っていた上岡さんは、長女が保育園の頃は教育について深く考えていませんでした。
「時代が変わっているのだから、当然教育も変わっているんだろうなと思っていたんです。ところが、長女が小学校に入学してみたら私が子どもの頃とそれほど変わっていなくて驚きました」(上岡さん)
特に上岡さんにとって印象的だったのは、長女の変化でした。
「小1の1学期のある日、学校から帰宅した長女が『ねえママ、何したらいい?』と聞いてきたんです。それまでは、帰ってきたら好きな遊びを思うままにしていて、指示をあおぐようなことを聞かれたことはありません。指示をされないと動けなくなっちゃったわけじゃないよね……と、不安を感じました。
また、参観日で見た算数の授業では、一斉にプリントを解いて、終えた子たちが、腕を後ろで組んでいました。先生は終わっていない子のところへ周って、終わった子たちは腕を組んだまま待つ。『この時間はなんだろう?』と違和感を覚えました。
帰ってきた娘に聞くと『できた子から後ろに手をこうやって回すんだよ』と。『どうして?』と聞いたら、『手が前にあると鉛筆とか消しゴムとかで遊んじゃうからだよ』と当たり前のこととして答えます。
娘が『あれ私も嫌なの、なんでやるんだろう』ではなく、疑問を持たない様子にショックを受けて、このまま小学校に通っていいのかなと感じました」(上岡さん)
子どもが自分で考え工夫する機会が少なく、自分で考える力がなくなってしまうのではないか。
小さな違和感を抱いた上岡さんは、さまざまな講座やセミナーに参加しながら、子育てや教育について学び始めます。そこで「イエナプラン」の考えを知りました。
イエナプランとの出会い
イエナプランとは、1920年代にドイツで考案され、後にオランダで広がった教育の考え方で、ひとりひとりを尊重しながら、自律と共生を学ぶ教育です。子ども自身が学習計画を立てて、異年齢の集団で対話をしながら学びます。
「長女が小1の終わりごろ、イエナプランを知りました。子ども自身が自分で決めることを大切にして、自分の道を切りひらく力のつく考え方だとわかって、これはいいなと。何か家庭にも還元できるものがあればと思い『日本イエナプラン教育協会』にも参加しました。
イエナプランについて知れば知るほど憧れました。イエナプランを日本に普及させたいと思うのと同時に、同じ志を持つ人たちと一緒に学びたいとの気持ちも沸き起こりました。
とはいえ、日本で導入されるにはきっと長い時間がかかるだろうとも実感して……。自分の子どもたちには間に合わないだろうとあきらめの気持ちもありました」(上岡さん)
しかし、上岡さんはあきらめて終えるだけではなく、前向きに気持ちを切り替えます。
「子どもたちに合う学校を探しながらも、なかなかピンとくるところとは出会えませんでした。それならば、放課後や長期休み、課外時間を充実させよう、家族で子どもたちとさまざまな体験をしよう! と考えを変えたんです」(上岡さん)
そんな2017年の終わりに、上岡さんは日本初のイエナプラン小学校が2019年に開校予定と知ります。
「あきらめていた願いが叶うのかもしれないと、驚きと嬉しい気持ちでした。2019年は、小6、小3、小1と3人の娘たちが全員小学校に通う1年間。ベストなタイミングだと感じました。ここから、1年かけて家族と話し合いながら移住を考えていきました」(上岡さん)