全国の小学校で進む「自由進度教育」実例を紹介! 「自己決定」「自己選択」「学び合い」で子どもが驚くほど主体的に
一斉授業からの脱却で意欲も成績もアップ 子どもが自ら学ぶ実例を大特集
2024.08.19
―――子どもたちは姿勢を正して席に座り、先生の説明を聞く。発言するときは手を挙げてから意見などを述べ、静かな教室で一斉に問題を解く。
学校で毎日繰り広げられてきたこうした光景は、近年変わりつつあります。
社会で多様性が重視される中、教育でも個々の発達や関心を尊重した「主体的・対話的で深い学び」を目指して、革新的な授業が始まっているのです。
その一つとして注目を集めているのが、新しい学習形態である「自由進度学習」です。
公立でも取り入れる小学校が徐々に増えており、導入後はみな「子どもの学ぶ姿勢が変わった」「意欲的になった」と口をそろえます。
全国各地で先進的に取り組む学校・先生を取材して見えてきた、自由進度学習のポイント、学力や子どもの意欲を高める効果などを一挙に紹介します。
目次
楽しく勉強して成績アップ!? そもそも自由進度学習ってなに?
「自由進度学習」とは、子どもが自分のペースで学びを進めていく学習方法です。
一斉授業とは異なり、子どもたち自身が学習計画を立て、教材も自分で選んで進めていきます(学習方法の詳細は実施者により異なります)。
「自由進度学習は学びが早い子にとっても、時間がかかる子にとってもプラスになる」と話すのは、多くの学校・自治体などでアドバイザーを務める教育学者・哲学者の苫野一徳先生。早い子はより深い学びが可能になり、ゆっくりの子も理解できるまでじっくり取り組むことができるため、自由進度学習は成績が上がりやすいというメリットがあります。
「待ち時間」などのムダも少なくなることから、「一斉授業の5〜7割程度の時間で学びを習得することができる」と感じる先生も多数いて、文部科学省が目指す「個別最適な学び」*が実現できる学習方法です。
*「個別最適な学び」とは
文部科学省が目指す「主体的・対話的で深い学び」を実現するための手法で、2021年の中央教育審議会答申で示された。子ども一人ひとりの特性や興味に合わせた学習時間、教材、機会などを提供し、学びを深めていく方法。
また、単なる「自習」とは異なり、必要に応じて友だち同士で教え合い、先生がフォローする環境を重視していることもポイントです。
周囲と学び合い、自分のペースで集中できる環境が整えば、子どもたちは自ら学びや学び合いを進めていくことができるのです。
勉強が苦手な子も積極的に! 子どもたちが激変した方法とは
広島県廿日市宮園小学校は、2020年から一部の授業に自由進度学習を導入している学校です。子どもたちは、配布された学習計画表を見ながら、自分の好きな教材を選んで学習を進めていきます。
選べるのは教材だけではありません。自由進度学習の中核である「自己選択・自己決定」を重視しているため、学ぶ順序も自由に選べるシステムになっています(学習冒頭の基礎的な部分は例外)。
自由進度学習の開始後、「子どもたちの学ぶ姿勢」は劇的に変化。みんなが楽しそうに学習している姿に、先生たちは衝撃を受けました。それまで算数が苦手だった子も積極的になり、全員が主体的に授業に取り組むようになったのです。
こうした姿に、一斉授業を行っていた先生の多くが「子どもは自分で学ぶ力がある」と実感。教師の役割は授業で教えることではなく、子どもの学びをサポートすることだと認識を新たにしました。
宮園小学校の自由進度学習は、「体験的要素」も豊富です。子どもたちは机上の学習にとどまらず、自分で手や体を動かして学びます。これらが新しい気づきや深い理解につながり、思考力や判断力を高めることができるのです。
学力面でも効果が見られました。自由進度学習で学んだ単元のテストは概ね良好。子どもたちが学びを楽しんだ結果、成績も上がる「好循環」が生まれています。
「教え合い」で成績も上がった! 「わかる」楽しさが子どもの意欲をかき立てる
自由進度学習は、地方の少人数学級でも有効です。広島県江田島市立三高小学校は、複式学級(2つ以上の学年で構成される学級)を採用しています。そこで自由進度学習を実施したところ、子どもたちの学習意欲は大きく向上し、成績もアップしました。
それまでは、わからないところが出てきても黙って先生を待っていました。しかし、自由進度学習では子ども同士で教え合うことができるので、待ち時間が少なく快適に学習を進めることができます。
やり方によっては、「孤立した学び」になりかねない自由進度学習ですが、三高小学校では子どもたち同士が自然と助け合うように。4年生が3年生に教えるなど、異学年での教え合いも活発です。
導入後、市が実施する学力調査の点数は大幅に上がりました。担任の先生は、子どもたちがわかる楽しさを実感し、学ぶ意欲が高まったことがその要因の一つだと考えています。
自由進度学習を推進したことで、子どもたちは強制しなくても主体性をもって学習に取り組めると痛感した先生たちは、同時に、子どもたちの中にある「学びたい」という強い意欲も感じることができました。
「学び方を学ぶ」から成長できる 子どもが安心して学べる環境づくりも重要
熊本市立弓削小学校・松永賢斗先生(2022年当時)は、主に算数の授業で自由進度学習を取り入れ、学力向上を導きました。
しかし、短期の成績アップ以上に意味があったのは、自由進度学習の「自分で学び方を学べる」点です。
松永先生が実践する自由進度学習は、子どもたちが自分で学習計画を作成。計画表に学ぶ内容や時間などを書き込み、それに沿って学習を進めます。授業の最後には必ず「振り返り」を行い、計画表を修正します。
単元の最後に、学んだ内容を記述式でアウトプット。その後はテスト、自己評価を経て面談し、成果や課題、今後の学習について対話します。
こうしたサイクルを繰り返すことで、自分の学びを改善しながら成長していく力が身につくのです。
また、クラス内の「コミュニケーション」も重要な要素です。
アクティビティなどで「ある程度、誰とでも話せる状態」をつくってから、自由進度学習を開始するという松永先生。そうすることで子どもたちは、「必要なときに必要なコミュニケーション」が取れるようになります。
ここまでくれば、クラス内に「互いの違いを尊重する文化」ができ、安心して学ぶことができます。一人ひとりのペースを認め、尊重し合う雰囲気が、学ぶ楽しさと意欲を支えているのです。
小1もはりきって勉強! 低学年の自信とやる気を高める自由進度学習のポイントは?
名古屋市立矢田小学校は、なんと低学年でも自由進度学習を実践しています。
2年生のあるクラスでは、算数の授業を中心に自由進度学習を実施した結果、それまではあまり意欲を示さなかった子も、積極的に学習に取り組むようになりました。
その様子を見た1年生の担任も、練習問題を好きな教材から選べる、友だちと一緒に取り組めるなど、自由進度学習の要素を導入しました。
実践してみると、遊んでしまう子や自分で進められない子は皆無。むしろ、「もっとやりたい」「友だちにも教えてあげたい」という子が増え、学びへの意欲が高まったのです。
また、想定以上の効果も。友だち同士で自分の考えや解き方を口に出して説明するため、学習への理解がより深まりました。
こうした学習内容をアウトプットする行為は、一斉授業では挙手する子に限られてしまいますが、自由進度学習では普段自分からは発言しない子もその機会を持つことができます。それが自信につながり、より学習に前向きになれるのです。
「子どもが学習に取り組まないのは、やり方がわからないだけ。そこをしっかりとフォローすれば、1年生でも自分から学習に向き合い、主体的に進めていくことができる」。担任の先生はそう力強く語っています。
漢字にも自由進度学習 「スイッチが入るまで待つ」で苦手な子もスピードアップ!
「子どもに学びの楽しさを戻したい」という思いから自由進度学習に取り組んだのは、私立・自由学園初等部の田嶋健人先生です。
自由進度学習を取り入れたのは、漢字の授業。「必ず○文字書く」「ノート1ページ分を練習する」といった練習方法が一般的な漢字学習で、細かいルールをなくし、一人ひとりが自分に合った方法を選択できるようにしました。
子どもたちは1週間単位で学習計画を作成。週に1回は小テストを受け、合格できるまで挑戦します。振り返りでは、学習の進捗や方法などについて自分自身で確認していきます。
当然、進度に個人差は出てきますが、自分で学習状況を認識できているため、改善策も自ら考え実践することができます。先生は、様子を見ながらサポートします。
進捗が芳しくなかった子も、「スイッチ」が入ると学びのスピードをぐんぐん上げていきました。一斉授業では一度遅れてしまうと取り戻すのが難しい側面がありますが、自由進度学習はあとから追いつくことも十分に可能です。
大切なのは、子どもの意欲が高まるまで「待つ」姿勢。大人が子どもの「できるようになりたい」を信じることができれば、子どもは大きく成長します。
自由進度学習で子どもたちが主体的・意欲的になるのは、自分で選び、決定し、工夫することができるから。学びを自分でコントロールすることができれば、子どもたちは本来の「学びを楽しむ姿」「自らやり遂げる力」を取り戻していきます。
自分も周りも尊重しながら学び合い、支え合う。こうした新しい学習スタイルが広がることで、一人ひとりが自らの力を発揮して、豊かに生きていく社会が近づいてくるのかもしれません。
文/川崎ちづる
※情報は取材当時のものです。
川崎 ちづる
ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。
ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。