2021.08.13

移民大国スイス インターナショナルスクールは国際社会のミニチュア版

世界de子育て日和 ~スイス・バーゼル市~

寄稿家:江藤亜由美

国際色豊かな海外での子育ては驚きと発見がいっぱい! 今回はスイス北西端の都市、バーゼルからのリポートです。スイスの公用語は全部で4つありますが、現地のスイス人でも全ての言語を使いこなすのは難しいと言われています。今まで多くの人種を受け入れてきた移民大国スイスならではの育児を知ることで、日本での子育ての常識を見つめ直すきっかけが見えてきましたーー。

結婚を機に海外へ移住したマミさん。日本人の夫が勤める外資系企業の仕事の関係で2013年に、スイスのバーゼルへやってきました。2013年当時、兄のライくんと妹のユウナちゃんはまだ5歳と3歳でした。2019年に日本へ帰国するまでの6年間、2人が通ったインターナショナルスクールはまさにコスモポリタンな世界! 今回はそんなスイスのインターナショナルスクールでの日常を中心にお届けします。
(記事中の人名は全て仮名です)

プレイデートで自宅に来たクラスメートたちの国籍はなんと15ヵ国以上!

イラスト:Ayumi Eto

フランス、ドイツ、イタリア、オーストリアの4ヵ国に囲まれた永世中立国スイスには公用語が4つあります。それぞれの国境に近いエリアを中心にフランス語圏、ドイツ語圏、イタリア語圏があり、少数派ですがロマンシュ語圏が存在します。

今回の舞台となるバーゼルはフランスとドイツの国境近くにあり、チューリッヒ、ジュネーブに続く第3の都市として栄えてきました。アルプス山脈へと続くライン川の上流に位置し、川沿いからは中世に彩られた美しい旧市街が見渡せます。

「わたしたちが住んでいたバーゼルではドイツ語がメインでした。正確には現地の言葉で『スイス・ジャーマン』と呼ばれるスイス訛りのドイツ語ですが、これが本当に難しくて……。とてもじゃないですが理解するのは無理ということで、子どもたちをインターナショナルスクールに通わせることにしたんです」(マミさん)

バーゼルに来る前も英語圏で生活していたマミさんファミリー。ママは英語が少々苦手でしたが子どもたちはすでに英語を習得していました。バーゼルのような国境近くの都市には他国からの移住者も多く、そういった外国人たちはだいたい英語がメインのインターナショナルスクールに通うのが一般的です。

現地のインターナショナルスクールへ入学した当時、兄のライくんはPYP3(Primary Years Programme3=幼稚園の年長)、妹のユウナちゃんはPYP1(Primary Years Programme 1=幼稚園の年少)クラスでした。

2019年に日本へ帰国するまでの6年間で子どもたちが自宅へ連れてきたクラスメートの国籍は驚きの15ヵ国以上! なんとも国際色豊かな学園生活ぶりが伺えます。

「インターではお友達と遊ぶことを『プレイデート』と呼んでいたのですが、うちにプレイデートで来たお子さんたちの国籍を子どもたちと数えてみたところ、6年間で15ヵ国以上……。これにはちょっと驚きましたね」(マミさん)

思わずママもびっくりのクラスメートたちの顔ぶれは現地のスイス人や国境近いドイツ人をはじめ、トルコ、イギリス、ポーランド、アメリカ、フィリピン、韓国、パキスタン、ブラジル、セネガル、インド、アイルランド、シリア、シンガポール、南アフリカなどなど……。

「こうして改めて思い返してみると、やっぱりいろんな国の人たちがいたんだなぁと、しみじみ思いますね」(マミさん)

なんともインターナショナルな生活環境ですが、そういった多国籍な子どもたちとのプレイデートで悩むのがお菓子やジュースなどのおやつタイム。国によっては宗教上の理由から食べられない食材もあります。

「外国のお子さんの中には、小さいうちからベジタリアンという子もいますし、豚や牛を食べてはいけない宗教もありますよね。ですから最初に『なにか食べられないものはありますか?』『アレルギーはありますか?』といったことや、ベジタリアンかどうか確認するのが、インターではルールなのだと現地のママ友に教えてもらいました」(マミさん)

「最初はとにかく色々と大変でしたよ」と、当時を振り返るマミさん。ですが子どもたちが大きくなるにつれ、プレイデート用のお菓子は自分たちで買ってくるなど、次第に新たな環境に馴染んでいきました。

「今思えば大変だったのは最初のうちだけ。あとはとにかく慣れですね。息子から『トルコ人のお友達の家でトルコのお菓子を食べたよ』とか『おやつに出てきた手作り餃子、すっごく美味しかった!』なんて聞いたときには『ああ、ママも行きたかったわ~』と思ったりもしました。ものすごくインターナショナルな環境で最初は戸惑いましたが、次第に楽しめるようになっていきました」(マミさん)

親子揃って入門した空手道場の師範はなんとメキシコ人!

イラスト:Ayumi Eto

すっかりスイスでの生活をエンジョイしていたマミさん。ある日、仲良しのイギリス人のママ友に「そういえばあなた日本人でしょ。空手はできるの?」と聞かれました。

「『空手はやったことがない』と答えると『じゃ、インターで開催している空手の稽古に参加してみない?』と誘われたんです。まさかスイスに来て空手を習うとは思ってもみませんでしたが、結構面白かったので、しばらく続けることに……。そこで空手の師範からキッズクラスもオープンすると聞き、ためしにライとユウナも入門させてみることにしたんです」(マミさん)

それまで海外生活が長かったこともあり、日本の伝統文化を身近に感じることが少なかった子どもたちは興味津々。しかも師範はメキシコ人です。この師範の掛け声には、たどたどしい日本語が入り混じり、たまに「イチ、ニ、サン、シ……」といった簡単な数字などを言い間違えたりします。

そうなると早速ライくんとユウナちゃんの出番です。「先生、その日本語間違ってるよ!」と正しい日本語のレクチャーが始まるなど、思いがけず親子共に面白い体験をしました。

「子どもに空手を習わせているインターの親たちは、日本に対してとても友好的でした。日本文化である空手をリスペクトし、また褒めてくれるので、こちらも居心地が良かったですね。外国人が日本を受け入れてくれるのは、やはり嬉しいものです」(マミさん)

このように海外では日本の伝統芸などを通じて、各国の人たちと文化的コミュニケーションを取る機会はよくあります。またコミュニケーションの一環として、引っ越しの際に開かれるハウスウォーミング・パーティーも海外ではよく開催されます。

「スイスではハウスウォーミング・パーティーなどを含めたホームパーティー全般のことを『アペロ』と呼び、自宅に近所の人たちを招待する風習があります。このアペロのお陰で、その後のお付き合いがグンと楽になりますし、面白くなりましたね」(マミさん)

日本ではあまり馴染みのないハウスウォーミング・パーティーですが、最初にこういった交流をすることで互いに警戒心が薄れ、距離がグッと縮まります。海外では、その後の隣近所との付き合いをスムーズにするうえでも手助けとなる大事なイベントです。

スイスで改めて気づかされた『子どもはみんな違っていて当たり前』

さて日本と同じくらい治安が良いと言われるスイスですが、バーゼルでも「小学1年生ぐらいの小さなお子さんが、ひとりで登下校している姿を見かけることもありましたよ。スイスでは『子どもが何歳までは、登下校時に保護者が付き添わなければならない』といった規則はなく、そこは個人の判断でオーケーなんです」(マミさん)

慣れないスイスでの生活、さらにトラム(路面電車)を利用しての登下校だったこともあり、子どもたちが小さいうちはママが付き添っていました。ですが、ある程度大きくなると近所の子どもたちと一緒にトラム通学がスタート。

「そのうちみんなで自転車通学を始めました。治安の良い国だからこそ、小学生の子どもたちでもできる通学スタイルですよね」(マミさん)

スイスの小学校には日本のような学校給食はありません。スイスは他の国に比べて物価が高く、ランチを買うとなると、だいたい10フラン(約1200円)近くかかります。子どもが小さかったこともあり、サンドイッチや日本風のランチボックス(弁当)を毎日持たせていたマミさん。とはいえバーゼル市内のアジアンショップで売られている食材のメインは中国産や韓国産で、日本の食材はなかなか手に入りませんでした。

「うちの家族はみんな日本人ですし、やっぱり日本食も食べさせてあげたいですよね。なので日本へ帰国したときには乾物などをたくさん買い込んできました。おかげでスイスに戻るときにはスーツケースの中はいつも日本食でパンパンでした」(マミさん)

ライくんとユウナちゃんが通っていた小学校は各学年およそ4~5クラスから成り、クラスには20人ほどの児童が在籍していました。全校児童のうちヨーロッパ系が半分以上を占め、アジア系は少数でした。

「小学校では『ファルトキンダー』と呼ばれるフィールドトリップ(遠足)がありました。全学年ではなかったのですが、たとえば1年生の頃は週に1度、学校側から『長袖長ズボンで登校してください』と通達があります。その日は午前中ずっとみんなで森を探索するんですよ。近くに牧場や池もあり、おたまじゃくしなどの野外観察をしていました」(マミさん)

名峰アルプス山脈をはじめ、大自然に囲まれたスイスでは、このように野外で時間を過ごすことが多かったというマミさん。

「日曜日は、ほとんど全ての店が閉まっていて、オープンしているのは駅前の大手スーパーぐらい。たまに午前中だけ店を開けているパン屋もありましたけど、レストランなどは完全にクローズ。なので週末用の食材は前もって買っておかなければならないですし、週末に遊べる場所も多くありません。基本的に日曜は教会へ行き、家族と過ごす日。ですからみなさんピクニックやハイキングなど、アウトドアを楽しむ人が多かったです」(マミさん)

このように日本とかけ離れた文化や風習を持つスイスでの子育て生活。その貴重な時間の中で実に多くのことを学ばせてもらった、とマミさんは言います。

「プレイデートの際には、おやつのこともありますし、インターのママたちと連絡を取り合うのですが、とにかくみなさん絶対に自分の子どもをけなす言葉は口にしないんです。たとえば『妹のユウナとも仲良く遊んでくれていましたよ』とお伝えすると、相手のママの返事は『あら、そうですか。それは良かったです』だけじゃなく、『うちの子は小さい子が好きだから優しくできるんですよ』といった褒め言葉も一緒に返ってくるんですね」(マミさん)

日本では「うちの子、全然ダメで……」とか「うちの愚息が……」と人前で謙遜することもしばしば。ですが我が子に対して、そういった表現をする外国人ママはいなかった、とマミさんは当時を振り返ります。

「スイスでは、街を歩いていてもトラムに乗っていても『かわいい子ですね』などと優しい言葉をかけてもらえました。言語がスイス・ジャーマンなので最初はよく理解できなかったのですが、相手が褒めてくれているのは伝わってきます。スーパーで子どもが泣いたり騒いだりしても『子どもはそういうもの』と温かい目で見てくれる。これはスイスの国民性だと思いますし、ここで子育てできたことは貴重な経験でした」(マミさん)

こういった温かい国民性はインターナショナルスクールでの、子どもたちの様子からも見てとれます。学校内で使われる言葉は英語ですが、最初から英語が得意な児童ばかりではありません。

「そもそも、みなさん出身国が違いますから普段使っている言語も違います。中には最初から『英語ができなくて当たり前』といったスタンスで移住してくるファミリーもいます。それでも英語で授業を受けなきゃならないわけですが、だからと言って英語が理解できずに悩む児童はあまりいないように感じました。まず、そういう子にはサポートを申し出てくれる児童がいますから」(マミさん)

もちろん高学年になるにつれて授業内容も難しくなりますし、その分、英語力もどんどん必要になってきます。ですから、いつまでも英語ができなくて当たり前といったスタンスではいられません。学校ですからテストや宿題をこなしていかなければならないのは、スイスも日本も同じです。

「宿題や授業内容など、クラスにわからない子がいると、スイスのインターでは当たり前のように周りの児童たちが『わたしが助けてあげる』『ボクが教えてあげるよ』と親切に手を差し伸べてくれるんですよ。これには感心しましたね」(マミさん)

イラスト:Ayumi Eto

たしかに自分の子どもが『英語がわからず授業についていけない……』なんて、日本にいたら相当落ち込みそうなシチュエーションです。しかしここでは言葉がわからないからダメだという評価を下す代わりに、周囲の人たちも「子どもだから、そのうち慣れればできるようになるよ」と、温かい目で見てくれます。

「日本にいると、自分の子どもが他の子と違うと焦ってしまうママって結構多いと思うんです。うちの子だけまだ話せない、うまく歩けない、アレができない、コレができないって……。我が子の良し悪しを周りの子と比べて判断する、といった対応の仕方がスイスのインターの外国人たちにはなかったように感じます。みんな国が違うから言葉も違う。『もともとみんな違うから、それでいい』と自然のままを受け入れてくれる。先生含め、周りの人たちがこういうスタンスだったのが、とても印象的でした」(マミさん)

さまざまな国のファミリーたちと接してきたマミさんだからこそ気づけた、子どもを育てる上での大切な視点ではないでしょうか。


さて今回のスイスでの子育て、いかがだったでしょうか。パスポート片手に1日でスイス、ドイツ、フランスの3ヵ国を巡ることができるバーゼル。3ヵ国の国境地点に位置するこの街は、昔から多種多様な民族の交流の場として栄えてきました。

毎年、大勢の外国人がスイスを移住先に決める背景には、このように地理的にも異国民を受け入れてきたスイスの長い歴史があります。たしかに島国のわたしたちとは異なる状況ですが、今回のスイスのインターナショナルスクールという『国際社会の縮図』とも呼べる環境から、わたしたちが子育てする上で学べることは大きいのではないでしょうか。

寄稿家紹介

江藤亜由美 えとうあゆみ

愛知県生まれ。グラフィックデザイナー、イラストレーター、エッセイスト。アメリカ、カリフォルニア州にあるアカデミー・オブ・アート・ユニバーシティのグラフィックデザイン科を卒業後、シリコンバレーにて就職。約8年半のアメリカ生活後、日本へ帰国。広告、雑誌、書籍などのデザイン業や編集業務およびイラストレーターを経て、現在に至る。近著『母乳を捨てるフランス人 ヘソの緒に無関心なアメリカ人』(雷鳥社)は世界10ヵ国、総勢16名の日本人女性に取材した1冊。日本人目線による、目からウロコの“ココが変だよ! 世界の海外出産話”がてんこ盛り。トイプードルの「もふ」をこよなく愛する。東京都在住。
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主な著作
『母乳を捨てるフランス人 ヘソの緒に無関心なアメリカ人』
『波乱爆笑 留学&就職物語―そんなこんなで仕事してました イン サンフランシスコ』
『CRAZY HALLOWEEN NIGHT in SAN FRANCISCO』(七草一月 名義)