毎日出会う「生理で困っている子」たち

高校の保健室で働いていた私は、「生理で困っている子」と毎日出会っていた。特に多かったのは、生理痛で休みたいという生徒と、ナプキンが欲しいという生徒だ。経血がモレて服を汚してしまった、と悲壮な顔をしてやってくる生徒も時々いた。

生理痛で来る生徒には、湯たんぽを貸し出したり、受診を勧めることもあった。服を汚してしまった生徒には、着替えや洗濯用品を貸し出したり、服を乾かすためのドライヤーを常備したりもしていた。どちらの場合も、生徒の安心につながるような言葉をかけていたつもりだ。でも、ナプキンが欲しいと来る生徒に対し、私は冷たかった。

まず理由を聞く。ほとんどが「急に学校で生理になってしまったので……」と答える。それに対し私は「急に来ても困らないように常備しておくべき。もうこんなことがないように」と指導していた。そしてナプキンをあげるのではなく、新品を返却してもらう形をとっていた。

そうしなければ、また保健室でもらえばいいやと繰り返してしまう、そういう子が増えてキリがなくなる、大規模校では予算的にも不可能だ、と。

自分も「生理で困っている子」だった

昨年(2021年)、生理の貧困が話題となり、生理用品を無償提供する自治体が急増した。ある日私が行ったA市の市役所には、「生理用品を無償提供しています。窓口までお気軽にどうぞ」と書かれたポスターが貼られていた。

大切な取り組みではあるが、それを見てふと思った。「気軽に、窓口に、生理用品をもらいになんて行けない、言えない」。

実は私も子どもの頃、生理用品に困っていたことがある。経済的な問題ではなかったが、親は生理用品を用意してくれなかったし、生理の話をしてくれることもなかった。自分から言い出せず、生理用品は自分で購入していた。

生理の知識が乏しいために我慢を強いられることも「生理の貧困」といえる(写真アフロ)

「生理の貧困」というと経済的な問題だと捉える人が多いが、決してそれだけではない。

ネグレクトや、そういったことに無頓着な親もいる。生理や性の話がタブーな家庭もある。子どもも大人も生理の知識が乏しく、ひたすら我慢している。それらをひっくるめて「生理の貧困」なのだ。

隠れるようにナプキンを買ったあの頃

アメリカ医学女性協会は「生理の貧困」を「生理を衛生的に迎えるための物理的環境および生理に関する教育に十分にアクセスできない状態のこと」と定義している。

私は地元の小さなスーパーで、店内を一周して知り合いがいないことを確認し、隠れるようにナプキンを買っていたのをはっきりと覚えている。

あの頃は、生理用品を買ってもらえないことも、自分で買うことも、生理があること自体も、すべて恥だと思っていた。誰にも知られたくなかったし、誰にも言わなかった。言えなかった。もしあの頃に無償提供してくれる窓口があっても、絶対に行けなかった。

そんなことを経験しながらも自分が養護教諭の時にしていた対応を振り返ると申し訳ない気持ちになる。短い休み時間に教室から遠い保健室にやってきて、申し出るだけでもエネルギ-がいったに違いない。トイレに行く時間があるかも不安だっただろう。なのに私にチクチク言われ、みじめな気持ちになった生徒も多いと思う。

誰に言う必要もなく、いつでもトイレに生理用品があったら、もっと安心して快適に学校生活を過ごせるのに。必要以上にネガティブな感情を抱くこともないのに。

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