赤ちゃんは「密」が愛着形成する! コロナ禍の「触れ合い」新常識
京都大学大学院・明和政子教授「コロナ禍での乳幼児の脳と心」#2〜「触れ合い」編〜
2022.05.09
京都大学大学院教育学研究科教授:明和 政子
前回(#1)は、脳が発達する過程では、とくに環境の影響を強く受けやすい「感受性期」があること、そして視覚野や聴覚野の感受性期にあたる乳児期に、マスク生活がどのような影響をあたえる可能性があるかを教えていただきました。
今回は、乳児期にもうひとつ欠かせない「触れ合い」について取り上げます。
密を避けて、他者との身体的距離をとるという生活様式が日常化された昨今ですが、まさに他者との触れ合いこそが、乳幼児期の脳の発達や、愛着の形成に深く関わっているといいます。
京都大学大学院教育学研究科教授で認知科学者の明和政子先生に、科学的な視点からお話を伺いました。
※全3回の2回目(#1を読む)
触れながら話しかけると脳が活性化
コロナ禍で、祖父母に会えなかったり、園や学校などでも「密」を避ける活動が日常化するなど、子どもたちが他者と触れ合える機会が減ってきています。
しかし、「乳幼児期の脳の発達には、『密』、つまり他者との身体接触が不可欠なのです」と明和政子教授は警鐘を鳴らします。明和教授の研究室では、「乳児期の脳と心の発達に、他者との触れ合いがいかに重要か」を科学的に示すための研究を行っています。
たとえば次の2つの条件で、生後7ヵ月の赤ちゃんとコミュニケーションをとります。
① 大人が赤ちゃんの体にやさしく触れながら、赤ちゃんが聞いたことのない「新奇な単語(「べケベケ」など)を発する
② 大人が赤ちゃんの体に触れないま、①とは異なる新奇な単語(「トピトピ」など)を発する
その後、身体に触れられながら聞いた単語と、触れられないまま聞いた単語をスピーカーを通して赤ちゃんに聞かせ、そのときの脳の活動を計測します。
すると、触れられながら聞いた単語は、触れられないまま聞いた単語よりも脳の活動が強くみられることがわかりました。
「この結果は、抱っこしながら赤ちゃんに声をかける、笑顔を向けるという当たり前の日常が、赤ちゃんの脳発達にいかに大切であるかを示しています」(明和教授)
自分という感覚を科学でひも解く
そしてもう一つ、「触れ合う」ことで、オキシントンという内分泌ホルモンが分泌されます。これは、「愛着(アタッチメント)」形成にかかわる重要なホルモンです。
「赤ちゃんは、自分と自分ではないものとの区別がつかない「未分化」の状態で生まれてきます。他者との経験を通して、自分とは異なる「他者」という存在にしだいに気づき、その相手と愛着を形成していくわけですが、そのためには、自分の身体は自分のものである(他者の身体とは異なる)という『身体感覚』をもつことが必要なのです。
『身体感覚』は、3つの要素から成り立っています。
【1】 視覚や聴覚など、身体の外側から入ってくる情報を受け取る『外受容感覚』。
【2】 筋・骨格系の情報である『自己受容感覚』。たとえば、自分の手をどのように動かせば目の前のコップを取れるかが瞬時に判断できるのは、これまでの経験で筋・骨格系のマップを脳内にもっているからです。
【3】 空腹を感じる、ドキドキする、暑い、寒いといった身体の内側に生じる感覚である『内受容感覚』。
これら3つの感覚が脳内で統合されることで、自己の身体感覚が作られていくのです」(明和教授)
おせっかいなヒトならではの働きかけ
自分の身体感覚を獲得していくことが「愛着形成」とどのように関連するかをみていきましょう。
ヒトは、他の哺乳類動物と同様に、親(養育者)から授乳されて育ちます。抱かれて授乳されると、赤ちゃんの身体の中では血液中のグルコース(血糖値)が高まり、またオキシントンをはじめとするホルモンが分泌されるなど「心地いい」感覚が強くわきたつといいます。
「ここまでは、哺乳類動物すべてに共通することです。しかし、ヒトという生物はとても不思議な子育てをするのです。ヒトは、赤ちゃんを抱き、目を見つめて『お腹いっぱいだね〜』などと笑顔で声をかけます。
これほど積極的に赤ちゃんにかかわろうとしながら子育てをする生物はヒトだけです。チンパンジーやサルの子育てとはずいぶん違います」(明和教授)。
こうした「おせっかいなほどの働きかけ」をある他者から毎日受け続けていくと、赤ちゃんの脳内にはある結びつきが生じるといいます。