コウケンテツ「テニスの夢を断念。引きこもりの末に“料理”と出会った」

【WEBげんき連載】わたしが子どもだったころ #6コウケンテツ

ライター:山本 奈緒子

テニスを辞め、引きこもり、実家の工場も傾き…

そのテニスですが、僕は1回戦負けの最多記録を作ったほど、全然勝てなくて。コーチにも「No future」と言われていたんですが、何でそんなことが分かるんだ!と逆にメラメラと闘志を燃やしていたほど。10代のころの僕は、人の言うことなんて全く聞かない子だったんですよね。

でも決定的だったのは、18歳のときにオーバーワークで椎間板ヘルニアを患ってしまったんです。テニスの実力もないし、手術をするお金もない。運動療法で対処していたんですけど、当時は「歩けなくなるかも」と言われたほど重症だったので、さすがに辞める決定打となりましたね。

あれだけ啖呵を切って高校を辞めて、家族や多くの人に迷惑をかけてしまったのに、何の結果も出せなかったわけですから、その後の僕はすっかりメンタルが落ち込んでしまって。家に引きこもっていたんですけど、そうしていたらしばらくしてバブル経済が弾けて、家の工場も傾いてしまったんです。さらに困ったことに、僕の父は自分が苦労人だったこともあって、同じように苦労している人の保証人になってしまうお人好し(笑)なところがあったんです。一家で団結してお金を稼がないと、となって、僕ももはや引きこもっている場合じゃなくなってしまった。そこからは毎日20時間ぐらいバイトをしていましたね。

料理がぽっかり空いた心の穴を埋めてくれた

そんな生活が数年続いて、少し借金の返済も目処が立ってきたころ、母が料理研究家として活動するようになって。それが軌道に乗ってきたので、休みの日は僕が手伝うようになっていたんです。そうしたところ、母の取材に来た『オレンジページ』の担当編集の方が、なんと僕に連載ページのオファーをしてくださって。「これからは男性も家で料理をする時代だから、盛り上げていきたい」と大抜擢していただいたんです。

それで連載の撮影のたびに東京に通っていたのですが、決してそこで「料理研究家が僕の天職だ!」とビビッときたわけではなくて。ただ、自分の名前で自分のアイディアを発表するということが僕にとってものすごくエキサイティングで楽しくて。テニスを辞めてぽっかり空いていた穴を、初めて埋めてもらえた気がしました。

……ちなみに、その連載1回目の撮影のときに、現場に何人かいた編集さんたちの一人が、今の奥さんです。彼女は「本気で料理研究家としてやっていくつもりなら、拠点を東京に移したほうがいい」とアドバイスをくれて。でも僕にはそんな金銭的に余裕がなかったので、素直に打ち明けると「じゃあ私の家に来たら?」と。それで僕はカバン一つ持って転がり込んだ、というのが出会いです(笑)。
これは決して、どさくさに紛れてノロケ話をしているわけではなくて。実はこの経験には、僕にとっての一つ教訓があるんです。というのもそれまでの僕は、人の言うことなんて全く聞かずやってきて、ことごとく失敗してきたんですね。だから料理の道に入るのと同時に、それをやめようと思ったんです。まず、人との出会いに感謝し、大切にしよう、と。そして人からいただいたアドバイスは誠実に聞いて実行する、と考え方を根本から変えたんです。僕が「これをしたい」、「こうなりたい」ではなくて、人が「こうしたら?」と薦めてくれることをやってみよう、と。まさに子どものころ、地域の人に育ててもらったように……。

おかげ様で、料理研究家として今日までなんとか続けてこられています。昨今は、自分の意見がないことは良くないことのように言われますが、自分の適性というのは、案外自 分自身では気がつかないことも多いもの。まわりの人の方ほうがよく分かっていたりするので、出会い とアドバイスは大切に! と強く思います。

僕が子どもにできるのはご飯を作ることぐらい

その後、編集者だった妻は僕のアシスタントになってくれて。結婚し、今は僕も中1の息子、小4の娘、そして5歳の娘の3人の子供の父親となりました。僕の人生経験を子育てにどう生かしているかというと、実は全く生きていません。僕と子どもたちとの時代では、社会があまりにも違いますから。生まれたときからインターネットがある子たちに、「僕が子どものころはこうだった」と言っても無理があるというか。実際、自分の体験をもとに息子にアドバイスをしたら、「何の参考にもならない」と言われました(笑)。

だから僕が親としてできることは、仕事をし、税金を納め、送り迎えとご飯を作ることぐらいですね。夫婦が1日中食に携わっているので、我が家は子どもたちもみんな料理をします。長男はほぼ何でも作れますし、長女はスイーツが大得意。5歳の娘ももう包丁を使っていますよ。

でも保育園で話を聞いていると、共働きなのにお父さんが全然家事をしない、という家庭が多くてびっくりしました。僕は、どのご家庭も家事分担は当たり前に協力してやっていると思っていたのですが、お母さんからすると、「やってと言うと不機嫌になるから」となかなか難しいのが現実のようです。

“料理”ではなく“食卓”として考える

僕は、日々のごはん作りに関して大事なのは「料理」ではなく「食卓」として考えることだ、と思っています。取材に行ったヨーロッパ各国のご家庭でも料理ができないお父さんは多いのですが、その代わり、後片付けをやるんです。たとえばドイツの家庭って、キッチンがすごく綺麗なところが多くて。それはあまり料理をせずコールドミールを使うことが一般的というのもありますが、料理を作らない人が後片付けをするのが当たり前、という共通認識も関係しているようです。

そんなふうに、料理自体はできなくても実はやれることはたくさんある。「料理を作る」のではなく、「食卓を作る」と考えると、家族みんなで協力してできることが見えてくると思うのです。

ではコウ家の食卓はどうかというと、子どもが夜まで塾に通い始めたあたりから、家族そろって食べるというのは難しくなりました。でも子どもの成長に合わせて生活は変わっていくもの。そこを無理に「みんな揃っていただきます!」とやろうとすると、ひずみが生じてくるかもしれません。大事なのは、家族がそれぞれの状況を理解し、その食卓に納得しているかということじゃないかと思います。「今日は作っている時間がないから出前にしよう」とか、「○○だから子どもたちだけで先に食べてね」とか。

だからコウ家の食卓は、日々柔軟に対応しています。ミールキットを使うときもあれば、インスタントラーメンを作ることも。とにかく子どもたちには、好きなものをモリモリ食べて、ご飯を食べるのは楽しいことなんだ、という実感を持ち続けてもらいたいんです。それが、長期的に見て心身ともに健康で健全に成長していく秘訣なのでは、と今は考えています。
コウケンテツ

料理研究家。旬の素材を生かした手軽でおいしい家庭料理を提案し、テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。また30ヵ国以上を旅し、世界の家庭料理を学んだ経験も持つ。プライベートでは3児の父親として育児に奮闘中。親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通して人と人とのコミュニケーションを広げる活動にも力を入れている。2020年3月末に開設したYouTube公式チャンネル「Koh Kentetsu Kitchen」は登録者数165万人を突破(2023年2月現在)。料理研究家ユーチューバーとしても活躍中。
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やまもと なおこ

山本 奈緒子

ライター

1972年生まれ。愛媛県出身。放送局勤務を経てフリーライターに。 『ViVi』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、 インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、 主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。

1972年生まれ。愛媛県出身。放送局勤務を経てフリーライターに。 『ViVi』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、 インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、 主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。

げんきへんしゅうぶ

げんき編集部

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「いないいないばあっ!」と、幼児向けの絵本を刊行している講談社げんき編集部のサイトです。1・2・3歳のお子さんがいるパパ・ママを中心に、おもしろくて役に立つ子育てや絵本の情報が満載! Instagram : genki_magazine Twitter : @kodanshagenki LINE : @genki

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