窪塚洋介「当時の俺の夢は『人と話せるようになりたい』だったんです」

【大人気連載復活】わたしが子どもだったころSeason2:Vol3.窪塚洋介さん

すべての画像を見る(全15枚)
「あの人は、子どものころ、どんな子どもだったんだろう」

「この人の親って、どんな人なんだろう」

「この人は、どんなふうに育ってきたんだろう」

今現在、活躍する著名人たちの、自身の幼少期~子ども時代の思い出や、子ども時代に印象に残っていること、そして、幼少期に「育児された側」として親へはどんな思いを持っていたのか、ひとかどの人物の親とは、いったいどんな存在なのか……。

そんな著名人の子ども時代や、親との関わり方、育ち方などを思い出とともにインタビューする連載です。

今回は、唯一無二の存在感を放ち続けている俳優の窪塚洋介さん。3月には著書『人生を“縁”で導く生存術』を刊行。成功から転落、困窮、そして再起を成し遂げるまでのすべてを綴っています圧倒的なカリスマ性と不屈の闘争心は、一体どこで培われたのでしょう? 窪塚さんの子ども時代に迫ってみました。

自分の環境を特殊だなと思ったことは一度もない

親が言うには、「すごく出たがりな子」だったそうです。よく聞いたのは、祭りのとき、2歳ぐらいの俺がウチワを持って神輿の前に出ていって、ワッショイワッショイって勝手に先導し始めた、と。人がたくさんいるとテンションが上がる、そんな子どもだったみたいで。それは今もありますね。

俺は、技術系サラリーマンの父親と専業主婦のおふくろという、いわゆる一般家庭という環境で育ちました。だから特殊だなと思ったことは一度もなくて。普通にそこにあった幸せだったり教えだったりが、自分自身の人格の大きな土台になっている感じです。
育て方も特殊なことは何もなくて。ただ、律儀でしたね。「ちゃんと御礼言ったの?」とか「電話しておきなさいよ」とか。当時はうるせーなと思っていたけど、今は、自分がそれをスタッフや息子に言ってますから。

逆にお金の捉え方は、自分で後天的に体得していったもの。親はお金にも律儀で、おやつを買うおこづかいが足りなかったりすると、「あれ、お母さん、さっき借りたの34円だっけ?」とかスーパーでやっていたのが、子ども心にすごく嫌で。逆に今、「1万円も5万円も一緒だよ!」みたいなめっちゃどんぶり勘定になったのは、間違いなく子ども時代のリバウンドだと思う(笑)。

オヤジは「楽しめ」が口癖、おふくろは読書好き

オヤジは今でこそクッキーモンスターみたいな体型なんですけど(笑)、昔は俺みたいに痩せていて、ギターも弾いていて、「すごいカッコよかったのよ♡」というのがおふくろの自慢です。そのオヤジはいつも「人生楽しめ」と言っていた。

俺たちが出かけるときも、「いってらっしゃい」じゃなくて「楽しんで」と送り出していましたね。それがどういうことか具体的な説明はなかったけど、めちゃくちゃ多趣味な人で、ランの花を育てたり石を拾ってきたり。キャンプや釣りをしたり。その背中を見て、「人生は好きなことをやるんだ」みたいな気持ちを継承したと思います。
一方のおふくろは、すごく本が好きでした。俺の人生において「言葉」ってすごくキーワードで、道しるべにもなっているんだけど、俺がそんなふうに言葉に敏感になったのは間違いなくおふくろの影響です。なんせ、小6で三代目魚武濱田成夫の詩集とか、グラハム・ハンコックの『神々の指紋』とか読んでましたから。誰にすすめられたわけでもなくて、完全なジャケ買い。でもハズさなかったですね。まあその後スピッたりして、ちょっとわけ分からなくなったりした要因でもあるので良くも悪くもかもしれないんですけど、すべては必要なことだったと思うので。

それで思い出したけど、そういえば「あなたは口から先に生まれてきたような子だった」というのもよく言われていましたね(笑)。論が立って、簡単に言いくるめられないので大変だったそうです。
実は高学歴一家。でも勉強しろとは言われなかった

前へ

1/3

次へ

46 件