日本最大級のマングローブに生息する“幸せの青いシオマネキ”を探せ!

サイエンスライター・柴田佳秀の「生きもの好きの聖地・西表島紀行」その3

科学ジャーナリスト:柴田 佳秀

2022 年夏に実施した、MOVE ラボ企画「子どもの夢をかなえる“図鑑旅”」。今回は、研究員家族の西表島旅行に同行してくれたサイエンスライター、柴田佳秀さんの西表島・生きもの紀行、第3弾をお届けします。

日本一のマングローブがある島

西表島の自然で忘れてはならないのがマングローブです。マングローブとは、熱帯や亜熱帯地域の河口や海岸など、潮の干満の影響を受ける場所に生育する植物群落のこと。西表島には、日本最大級のマングローブが広がり、独特な生態系が作り上げられています。もちろん今回の図鑑旅でも、ぜひとも訪ねたい環境です。
船浦湾のマングローブ。ここには独特な生態系がある。
私たちがマングローブのある船浦湾を訪ねた図鑑旅 2 日目は、ちょうど大潮。干潮の時間は水が引き、現場まで歩いて行くことができました。マングローブの観察は、潮の時間を前もって調べてから行動するのが重要なのです。水がある時間帯はカヌーでしか行けなくなりますし、干潮を過ぎて急に潮が満ちてくると危険なこともあります。
大潮の干潮時には歩いてマングローブの観察することができる。
日本のマングローブ植物は全部ある

西表島のマングローブを構成する主な樹木は、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギなど7種。日本で見られるすべてがあります。それぞれ塩分濃度や土の質、満水時の深さなど、種によって好みがあり、それにあった場所に生育しているのです。

けっしてデタラメにはえているわけではありません。
マングローブの代表的な樹種・オヒルギ

根っこが面白いマングローブ

マングローブの木々はなんだかとても変なかっこうをしています。特に変だなと思ったのが、タコの足みたいな根っこがはえているヤエヤマヒルギです。いったいぜんたい何でこんな姿をしているのでしょうか。

それは、この植物がはえているのが砂地の不安定な場所だから。また、水に浸かる時間は波があるので体を支えるのはかなりたいへん。そこでたくさんの根をタコの足のようにはやして倒れないように体を支えているのです。

ですからこの根は、支柱根と呼ばれています。また、この根には、塩分をろ過する仕組みがあり、海水でも枯れないのだそうです。ヤエヤマヒルギだけでなく、マングローブの木々には、塩分を除去する何らかの仕組みが必ずあり、海水に浸る場所でも生きていけるのです。
タコの足のようなヤエヤマヒルギの根は倒れないように体を支える働きがある。
空気を吸うための根

ヤエヤマヒルギの隣にあったこのヒルギダマシの周りには、鉛筆のような棒状のものが地面からたくさん出ていました。じつはこれはヒルギダマシの根っこで、呼吸根という空気を吸うための根です。

普通、植物は水に浸かってしまうと地中の根から呼吸できなくなり枯れてしまいますが、このヒルギダマシは、呼吸根を地中から空中へ出して呼吸できるため、枯れないで生きていけるのです。ヒルギダマシ以外のマングローブ植物でも、根の形はさまざまですが、同じように呼吸するための根があります。
ヒルギダマシ。砂地からたくさん突き出ている棒のようなものが呼吸根。
重要なキバウミニナの働き

マングローブの根を観察していると、ニンジンみたいな形をした貝がたくさんいることに気がつきました。

ネイチャーガイドの赤塚さんに尋ねると、キバウミニナという巻き貝だと言います。それにしても無数にキバウミニナがいて、ちょっと気持ち悪いくらいです。

この貝はこんなところで何をしているかと思いきや、なんとマングローブの葉を食べるために落ちてくるのを待っているんだそうです。おそらくあっという間に食べてしまうのでしょう。見た限りでは落ち葉は全く見当たりません。ものすごい処理能力です。
無数に転がっているキバウミニナ。マングローブの落ち葉を食べる。
マングローブを中心とした循環

キバウミニナが落ち葉を食べることは、とても重要なことなのです。それは糞が小さな生きものの食べものになるから。

キバウミニナが葉を食べると細かく裁断されて糞となって排出されます。それを今度はシオマネキやカニなどの生きものが食べるのです。そして、また糞として排出され、それを別の生きものが食べ、やがて栄養となって再びマングローブの木々に吸収される。

マングローブを中心とした循環がここにはあり、まさに持続可能な仕組みがずっと続けられてきたのです。
ミナミトビハゼ。マングローブに育まれ、さまざまな生物が生きている。
幻のシオマネキを探して

じつはマングローブに来た理由は、(MOVEラボ研究員の)ユウトくんの、もう一つの夢をかなえることでもありました。それは幸せの青いシオマネキと呼ばれるルリマダラシオマネキを見つけること。しかし、このシオマネキは、かなりレアだというのではたして発見できるかどうか。

目をこらして遠くのマングローブの根元を見ていると、小さな白い動くものが見えました。気がつくと、あっちにもこっちにも。双眼鏡で確認すると、それは小さなカニ。オキナワハクセンシオマネキのオスが、片方だけ大きくなった白いハサミを手招きするように大きく振り上げ動かしている姿でした。

これはシオマネキ類特有の求愛行動で、水が引いて地面があらわれると穴から出てきて、一斉にこの行動を始めるのです。その姿はなんともユーモラス。ずっと見ていても全く飽きません。
大きなハサミを振り上げて求愛するオキナワハクセンシオマネキのオス。
ずいぶんがんばってみんなで青いシオマネキを探しますが、見つかるのはオキナワハクセンシオマネキとミナミヒメシオマネキばかり。残念ながら、目的のルリマダラシオマネキを見つけることはできませんでした。やはりそうとうレアなシオマネキだったようです。
ヤエヤマシオマネキ。
たくさんの種類のシオマネキは多様性の証

ルリマダラシオマネキは見つけられませんでしたが、それでもたくさんのオキナワハクセンシオマネキミナミヒメシオマネキ、ヤエヤマシオマネキを観察することができました。西表島のマングローブで見られるシオマネキ類は 8 種もいて、一つの島でこれほど多くの種を観察できるところはそうそうありません。
メスをめぐって争うミナミヒメシオマネキのオス。
なぜ、こんなにも多くの種が同所的に暮らすことができるのか。それは、この島のマングローブの環境が多様だからに他なりません。地面が砂地だったり、泥だったり、場所によって微妙に環境の違いがあり、シオマネキたちは好む環境をうまく棲み分けているのです。

たくさんの種類のシオマネキは、西表島のマングローブがいかに生物多様性が豊かな場所であるかということを物語っているーここでもまた、この島の生物多様性の豊かさを実感することになりました。
ガイドの赤塚さんが、ルリマダラシオマネキの写真を提供してくださったので、ご紹介!
(第4回へつづく)

写真提供/柴田佳秀、赤塚義之

「子どもの夢をかなえる“図鑑旅”プロジェクト」とは?

コロナ禍での行動制限や活動自粛に伴い、子どもの自然体験や旅の機会が減っていることに憂いや不安を抱いている保護者が増えている昨今。MOVE編集チームでは、図鑑編集に携わる私たちならではの「好奇心を刺激し、夢をかなえるような旅を子どもたちにしてほしい」、「濃い思い出として記憶に残る数日を親子で過ごしてほしい」—そんな思いを込めて家族で楽しめる旅を企画しました。

図鑑がきっかけで興味をもったり、好きになったものを自分の五感で見たり、触れたり、感じることができる旅。実物に触れることで、図鑑からスタートした好奇心を、さらに刺激してあげることができる旅。これを編集部では、“図鑑旅”と名付けて、これからも様々な目的地を探っていこうと思っています。

また、今回の旅の実現に向けて、全日本空輸株式会社様、株式会社星野リゾート様には、企画のスタートの段階より、目的地やそこでの過ごし方について相談し、多くのご協力をいただきました。

MOVEラボ研究員・ゆうとのレポートもチェック!

しばた よしひで

柴田 佳秀

Shibata Yoshihide
サイエンスライター

元ディレクターでNHK生きもの地球紀行などを制作。科学体験教室を幼稚園で実施中。著作にカラスの常識、講談社の図鑑MOVEシリーズの執筆など。BIRDER編集委員。都市鳥研究会幹事。科学技術ジャーナリスト会議会員。暦生活で連載中。MOVE「鳥」「危険生物 新訂版」「生きもののふしぎ 新訂版」等の執筆者。

元ディレクターでNHK生きもの地球紀行などを制作。科学体験教室を幼稚園で実施中。著作にカラスの常識、講談社の図鑑MOVEシリーズの執筆など。BIRDER編集委員。都市鳥研究会幹事。科学技術ジャーナリスト会議会員。暦生活で連載中。MOVE「鳥」「危険生物 新訂版」「生きもののふしぎ 新訂版」等の執筆者。