図鑑に載っていないカミキリムシ!? 専門家を魅了する「ヒラヤマコブハナカミキリ」とは?」

[ちょっとマニアな季節の生きもの]昆虫研究家・伊藤弥寿彦先生が見つけた生きもののふしぎ

昆虫研究家:伊藤 弥寿彦

先生は標本を見るなり、「すごいね! よく採ったねぇ! これはヒラヤマコブハナカミキリだよ」と言われました。「え! ホントですか!!」私はびっくりました。実はヒラヤマコブハナの名前だけは、採集地案内などの本で知っていて「きわめて稀」とか「大珍品」などと書かれていたのです。中根先生にほめていただいた私は、有頂天になりました。今から50年も前の出来事です。
2022年春、ウロから出てきたヒラヤマコブハナカミキリ(メス)を高尾山で撮影。
ヒラヤマコブハナカミキリは、春先に出現すること以外、生態が全く謎で、主に偶然飛んでいるものが採集されているだけでした。記録の多かった産地は東京の郊外にある高尾山で、4月10日頃になるとカミキリ好きの人たちが朝からケーブルカーわきの斜面に大きな網を持って居座ります。そして赤い虫が飛ぶと、それをめがけて一気に斜面を駆け下りて、時にはチャンバラを繰り広げたりします。でも「赤い虫」といっても飛ぶのはほとんどアカハネムシの仲間で、ヒラヤマコブハナをネットインできる人は年間ほんの数人に限られていました。
ヒラヤマコブハナカミキリが潜んでいたケヤキのウロ
それから十年ほどして、ついにヒラヤマコブハナの生態が判明しました。このカミキリは、アカメガシワなどの広葉樹の木の「ウロ」の中で生活している虫だったのです。ウロというのは、生きた木の一部だけが枯れて穴になっている場所です。ヒラヤマコブハナは、一生のほとんどをウロの中で過ごし、たまたま外に出たものが飛んでいたのです(これはヤンバルテナガコガネと同じような生態です)。

ウロの中に線香やタバコの煙を吹きかけると、ヒラヤマコブハナが迷惑そうに出て来ます。こうして今では、狙えば見ることの出来る虫になりました。「極珍」といわれる昆虫でも、生態がわかると実はたくさんいるのです。環境が変わらないかぎりは…。
ウロから出てきたヒラヤマコブハナカミキリ(メス)
写真は、2022年春、高尾山近くの林道にあったケヤキのウロから出てきたヒラヤマコブハナカミキリです。私にとって数十年ぶりの出会いでした。
写真提供/伊藤弥寿彦

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いとう やすひこ

伊藤 弥寿彦

Ito Yasuhiko
自然番組ディレクター・昆虫研究家

1963年東京都生まれ。学習院、ミネソタ州立大学(動物学)を経て、東海大学大学院で海洋生物を研究。20年以上にわたり自然番組ディレクター・昆虫研究家として世界中をめぐる。NHK「生きもの地球紀行」「ダーウィンが来た!」シリーズのほか、NHKスペシャル「明治神宮 不思議の森」「南極大紀行」MOVE「昆虫 新訂版」など作品多数。初代総理大臣・伊藤博文は曽祖父。

1963年東京都生まれ。学習院、ミネソタ州立大学(動物学)を経て、東海大学大学院で海洋生物を研究。20年以上にわたり自然番組ディレクター・昆虫研究家として世界中をめぐる。NHK「生きもの地球紀行」「ダーウィンが来た!」シリーズのほか、NHKスペシャル「明治神宮 不思議の森」「南極大紀行」MOVE「昆虫 新訂版」など作品多数。初代総理大臣・伊藤博文は曽祖父。