自分の中にある決めつけや偏見への疑念を持ち続ける
──ドラマ『むこう岸』の制作を通して生活保護や貧困家庭、ヤングケアラーの実情に触れ、どのような想いを抱きましたか?
NHKエンタープライズ・西村崇さん:生活保護やヤングケアラーといった言葉は、ニュースなどでもよく耳にするようになりました。とくにヤングケアラーという言葉は印象的で、ともするとそうラベリングをすることで分かったような気になりがちという側面があるように思います。
この小説の主人公たちも、実際に会って、話してみて初めてその現状を知ります。本当は彼らのように実際に会って話をし、分かり合うことが大事なのですが、そのチャンスは現実にそれほど多くない。だから自分の考えやイメージで決めつけてしまう。その怖さ、危うさを感じています。
自分の中から偏見や差別を完全に消し去るのはとてもハードルが高いことですが、その一歩として「もしかしたら、自分も決めつけてしまっているかもしれない」という疑念、意識は持ち続けていなくていけないと思います。
プロデューサー・石井智久さん:このドラマをやるまでは、生活保護やヤングケアラーについて漠然と知ってはいたものの、どこかで「自分には関係のない話だ」というイメージを持っていたように思います。
しかしドラマを作るにあたっていろいろ調べていく中で、当事者はなかなかその苦しさや悩みを口にすることができなかったりすることに気づかされました。当事者が小中学生であればなおのこと、自分の家庭環境が周りと異なることに気づけず、「これが普通だ」と受け入れてしまう可能性もあります。
一方、手を差し伸べる側にも慎重さが求められる。非常に難しいところではありますが、やはり社会全体として取り組んでいかなければいけない問題だと思います。「何かをしてあげたい」と思うけれど、自分に何ができるのかはまだ分からない状況ではありますので、今回のドラマがその一端になればいいなと考えています。
安田さん:近年、子どもの貧困やヤングケアラーの問題は、社会的にも大きく取り上げられています。それを聞いて「恵まれない子どもたちのために、何かしなければならない」という漠然とした共通認識は、皆さんの中にあると思います。
一方で、そうした存在に対し「普通の人よりも福祉の恩恵を受けているのであれば、立場をわきまえて、人に迷惑をかけないように」、「しおらしく、おとなしくしておいたほうがいい」という風潮も根強いように思うのです。このように矛盾した、相反する感情に支配されているのが、日本社会の現状かなと感じることが多いです。たまたまそういう家庭に生まれついて福祉の恩恵を受けざるを得ない子どもたちが、ずっとうつむき加減で生きていかなければならないのかというと、私は「それはちょっと違うのではないか」と思っています。
すべての子どもたちの未来が、この国の未来です。少子化の時代に、うつむき加減の人を増やす必要はありません。社会資源を利用して福祉を受け大人になっていくということに、けっして引け目を感じず、胸を張って大人になってほしい。それを「当たり前」と受け入れる世の中になってほしいと願っています。
【NHK特集ドラマ「むこう岸」あらすじ】
とある公立中学校に転校してきた山之内和真は、「有名私立中学で落ちこぼれた」という秘密を、クラスメイトの佐野樹希に知られてしまう。「取り引きしない?」と樹希に命じられたのは、彼女を慕う口のきけない少年・アベルに勉強を教えることだった。
エリート主義の父親からのプレッシャーに悩んでいた和真は、近所のカフェのマスターが子どもたちに開放している小さな部屋で、アベルや樹希と過ごすうちに、自分の居場所を見つけてゆく。だが、病気の母と幼い妹を抱え、生活保護を受けて暮らす樹希は、将来に希望が持てず、なりたかった看護師の夢もあきらめていた。
そんな樹希を見かねて、「理不尽だよ」と和真が手にしたのは「生活保護手帳」。大人でも難解な内容を読み解き、なんとか解決策を見つけようと奮闘する。そして、ケースワーカーや塾講師など、周囲の大人たちを巻き込みながら、ついに起死回生の一手を見つけ出す。
だが、その矢先、事件は起きた! はたして和真の未来は? 樹希は夢を取り戻せるのか?
【放送予定】5月6日(月・祝)夜9:30~10:43
【放送局】NHK総合
【放送時間】73分
【出演】西山蓮都/石田莉子/サニー・マックレンドン/岡田義徳/酒井若菜/遠藤久美子/森永悠希/山下リオ/渋川清彦
【原作】安田夏菜「むこう岸」
【脚本】澤井香織
【演出】吉川久岳(ランプ)
【制作統括】齋藤圭介(NHK)、西村崇(NHKエンタープライズ)、石井智久(ランプ)
第59回日本児童文学者協会賞受賞作品。貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞受賞作品。
【対象:小学校高学年以上】
児童文学作家、ひこ・田中氏がイッキ読み! 「『貧乏なのはそいつの責任』なんて蹴っ飛ばし、権利を守るため、地道に情報を集める二人。うん。痛快だ。」
小さなころから、勉強だけは得意だった山之内和真は、必死の受験勉強の末、有名進学校である「蒼洋中学」に合格するが、トップレベルの生徒たちとの埋めようもない能力の差を見せつけられ、中3になって公立中学への転校を余儀なくされた。
ちっちゃいころからタフな女の子だった佐野樹希は、小5のとき、パパを事故で亡くした。残された母のお腹には新しい命が宿っていた。いまは母と妹と3人、生活保護を受けて暮らしている。
ふとしたきっかけで顔を出すようになった『カフェ・居場所』で互いの生活環境を知る二人。和真は「生活レベルが低い人たちが苦手だ」と樹希に苦手意識を持ち、樹希は「恵まれた家で育ってきたくせに」と、和真が見せる甘さを許せない。
中学生の前に立ちはだかる「貧困」というリアルに、彼ら自身が解決のために動けることはないのだろうか。
講談社児童文学新人賞出身作家が、中3の少年と少女とともに、手探りで探し当てた一筋の光。それは、生易しくはないけれど、たしかな手応えをもっていた──。
安田 夏菜
兵庫県西宮市生まれ。大阪教育大学卒業。『あしたも、さんかく』で第54回講談社児童文学新人賞に佳作入選(出版にあたり『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』と改題)。第5回上方落語台本募集で入賞した創作落語が、天満天神繁昌亭にて口演される。『むこう岸』で第59回日本児童文学者協会賞、貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞を受賞。国際推薦児童図書目録「ホワイト・レイブンズ」選定。ほかの著書に、『ケロニャンヌ』『レイさんといた夏』『おしごとのおはなし お笑い芸人 なんでやねーん!』(以上、講談社)、『あの日とおなじ空』(文研出版)などがある。日本児童文学者協会会員。
兵庫県西宮市生まれ。大阪教育大学卒業。『あしたも、さんかく』で第54回講談社児童文学新人賞に佳作入選(出版にあたり『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』と改題)。第5回上方落語台本募集で入賞した創作落語が、天満天神繁昌亭にて口演される。『むこう岸』で第59回日本児童文学者協会賞、貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞を受賞。国際推薦児童図書目録「ホワイト・レイブンズ」選定。ほかの著書に、『ケロニャンヌ』『レイさんといた夏』『おしごとのおはなし お笑い芸人 なんでやねーん!』(以上、講談社)、『あの日とおなじ空』(文研出版)などがある。日本児童文学者協会会員。