実は、読書は「共同作業」だった! 斉藤洋が語る「想像できないと」読書がつまらなくなる理由

『人生がちょっとよくなる読書術』

児童文学作家:斉藤 洋

絵:大野文彰

講談社児童文学新人賞を受賞したデビュー作『ルドルフとイッパイアッテナ』がシリーズ累計100万部超、幼年童話「おばけずかん」シリーズは累計200万部超。

2026年で作家デビュー40周年となる児童文学作家・斉藤洋(さいとう・ひろし)先生が、初めて「本の読み方」を指南する著書『人生がちょっとよくなる読書術』が刊行されました。この記事では、本書の中の一部を抜粋し、「想像できないと読書がつまらない理由」についてお伝えします。

『人生がちょっとよくなる読書術』
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読みながら、頭の中でイメージする

視覚障害や聴覚障害のかたはべつとして、そういう障害がなければ、映画を見るとき、眠ってさえいなければ、話の筋もわかるし、そのシーンが町中なのか、田舎なのかもわかります。

たとえば、マレーネ・デートリッヒが砂漠で登場すれば、ものすごい美人が荒涼たる砂漠にいることが、いわば、一瞬にしてわかるのです。

ものすごい美人というのがどういう美人か、着衣もろとも一瞬にしてわかるのです。映像で見えることについていえば、表現者が表現したいことを言葉にし、言葉になったものを受容者が頭の中でイメージする、という必要は映画にはないのです。

読書では、言葉で表現されたことを読者は頭の中でイメージしなければなりません。

たとえば、表現者が、

〈和服を着た美人〉

と書いたとき、その書き手が自分の恋人なり、好きな女優が薄紫色の加賀友禅を着ているところをイメージしていたとしましょう。でも、〈和服を着た美人〉と読んで、読み手は自分の恋人なり、好きな女優が大島紬を着ているところをイメージすれば、そこではもう、書き手のイメージと読み手のイメージがちがってきます。

いや、いや、ここで大島紬を思い浮かべられてはこまる、どうしても、加賀友禅でないとだめだと、書き手が考えれば、

〈加賀友禅を着た美人〉

と書きます。すると、読者は、なるほど加賀友禅かと思い、水色の加賀友禅を着た美人を思い浮かべます。

ところが、書き手のイメージした加賀友禅は薄紫色でした。それで、ここでは水色ではなく、どうしたって薄紫色でないといけないというわけで、

〈薄紫色の加賀友禅を着た美人〉

と書くことになり、そこで読者が、小菊を裾にあしらった薄紫色の加賀友禅を想像すると、書き手の頭の中にあった加賀友禅の模様は萩の花だったということになって、こうなってくると、書き手はまちがいなく美人の着ている和服を読み手に伝えるために、着物だけで、何行も使わなければならず、よしよし、これで着物については誤解されることはないだろうというまで書いたって、まだ帯が残っているからね。それに、まだ帯締めのことは書いてないしね。

絵:大野文彰

書き手と読み手の共同作業

読書は、読んでイメージすること

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