大切な人を失ったあなたへ 悲しみに寄りそう絵本3冊専門家が厳選
大人に効く絵本〔16〕『おじいちゃんのたびじたく』『なみのいちにち』『あかいてぶくろ』がおすすめ
2023.11.21
絵本コーディネーター:東條 知美
美しい絵に癒やされたり、ハッと気づかされたりと、絵本は大人にとっても感動がいっぱい。
そんなパパママにこそ読んでほしい作品を、“絵本のプロ”がテーマに合わせてピックアップする企画『大人に効く絵本』。
今回は、絵本コーディネーター・東條知美さんが、大切な人を失ったときに読んでほしいおすすめの絵本3冊をご紹介します。
大切な人の旅立ちを笑顔で見送りたくなる
大切な人を失うと、世界がぐらりと揺らぐような不安定な感覚に陥ります。ふとした瞬間、日に何度も何度も喪失の痛みに襲われ、悲しみに支配されて、なかなか抜け出せない──。そんな方も多いのではないでしょうか。
私自身にも経験がありますが、何度経験してもやはり死別は悲しいもの。そんな悲しみの中で読みたいのが、韓国発の絵本『おじいちゃんのたびじたく』(作:ソ・ヨン、訳:斎藤真理子)。
旅立つ死者のイメージを明るく柔らかなタッチで描いていて、お子さんと一緒に読んでいただくのにもおすすめの作品です。
ある日、おじいちゃんの家にやってきたおきゃくさま。白くてほわほわした、かわいらしいおきゃくさまは、おじいちゃんの旅のおともとしてきてくれたようです。
おじいちゃんは「とうとう来たね、まってたんだよ!」と、大喜び。さっそく旅の支度を始めます。
「むこうについたら おくさんが むかえに来てくれますよ」と、おきゃくさまから聞いたおじいちゃんは、「ほんとかい!」と、ますます大喜び。シャワーを浴びたり、美容パックをしたり、おくさんが好きだった服を着ておめかしして、なんだかとっても楽しそうです。
そして、翌朝。おきゃくさまと手をつないで、おじいちゃんは旅立ちます。
おきゃくさまは、聞くのです。「おじいちゃん、かなしくない?」
すると、おじいちゃんは答えます。「かなしくないよ、うれしいよ。のこるみんなには すまないけどなあ」
おじいちゃんの言葉は、大切な人の喪失で悲しみに暮れる私たちをそっと癒やし、心を穏やかにしてくれます。
亡くなった人の言葉は、もう聞くことができません。でも、きっとこんなふうに思っていてくれたはず。そして、こんなふうにやさしい旅立ちだったに違いない──。
そう残された者がイメージすることで、私は、喪失や悲しみを乗り越えられる気がするのです。
旅立った人に感謝を込めて、どうか笑顔で見送ってあげられますように。
ずっと見守ってくれている
次にご紹介するのは、『なみのいちにち』(作:阿部結)。宮城県・気仙沼出身の絵本作家・阿部結さんの作品です。
気仙沼といえば、東日本大震災で大きな被害を受けた地域。
以前、阿部さんにお会いした際に、「波を描く。そこには大きな覚悟が必要だった」と、お話を伺ったことがあります。と同時に、「この絵本の制作が、なくしたものへの思いを形にするきっかけをくれた」とも。
「あさだ!
あたらしい たいようが かおを だして、
わたしの いちにちが はじまる。」
この「わたし」とは、波のこと。波自身が語る物語です。波は、とても忙しいのです。漁に出るお父さんの船を送り出したら、泣く子どもをさざ波であやしたり、子どもと鬼ごっこをしたり、不思議な出会いだってある。
海辺に暮らす人々、暮らしに寄り添ってきた波の一日が、穏やかに描かれています。
「さん ささーん さん ささーん」
心地いい波の音。太古の昔から変わらず、波はずっと人々のそばにありました。
そして、夕日が沈んで月が灯るころ、海ではダンスパーティが始まります。夜のイメージはあまりに美しく、みんな楽しそうで、幸せに満ち溢れています。
初めてこの絵本を開いたとき、(私は作者のルーツを知らずにこれを手に取ったのですが)、この場面で直感的に東日本大震災をイメージしました。震災は、まぎれもない事実です。
けれども、昔からこの海辺で暮らしてきた人々、あらゆる生きものたちが、こうして夜ごと海に集まっているかもしれない──。そう思わせてくれる描写に、私はずいぶんと救われる気がしました。
波や星となって見守ってくれているあの人。ゆっくりでいいから、その大切な面影を思いながら、顔をあげて歩いていきましょう。そう語りかけてくれる『なみのいちにち』は、私にとってエールのような絵本です。