大切な人を失ったあなたへ 悲しみに寄りそう絵本3冊専門家が厳選

大人に効く絵本〔16〕『おじいちゃんのたびじたく』『なみのいちにち』『あかいてぶくろ』がおすすめ

絵本コーディネーター:東條 知美

死を描いた絵本は多くありますが、子どもに読み聞かせるときは慎重に選ぶことが大切。喪失に重きを置いた作品など、大きなショックを受けるものは控えたりと、一定の配慮が必要だと絵本コーディネーター・東條知美さんは言います。  写真:アフロ

美しい絵に癒やされたり、ハッと気づかされたりと、絵本は大人にとっても感動がいっぱい。

そんなパパママにこそ読んでほしい作品を、“絵本のプロ”がテーマに合わせてピックアップする企画『大人に効く絵本』。

今回は、絵本コーディネーター・東條知美さんが、大切な人を失ったときに読んでほしいおすすめの絵本3冊をご紹介します。

大切な人の旅立ちを笑顔で見送りたくなる

大切な人を失うと、世界がぐらりと揺らぐような不安定な感覚に陥ります。ふとした瞬間、日に何度も何度も喪失の痛みに襲われ、悲しみに支配されて、なかなか抜け出せない──。そんな方も多いのではないでしょうか。

私自身にも経験がありますが、何度経験してもやはり死別は悲しいもの。そんな悲しみの中で読みたいのが、韓国発の絵本『おじいちゃんのたびじたく』(作:ソ・ヨン、訳:斎藤真理子)。

旅立つ死者のイメージを明るく柔らかなタッチで描いていて、お子さんと一緒に読んでいただくのにもおすすめの作品です。

いずれ誰にでも訪れる死を、楽しい旅立ちのイメージで描いた『おじいちゃんのたびじたく』(作:ソ・ヨン、訳:斎藤真理子/小峰書店)。

ある日、おじいちゃんの家にやってきたおきゃくさま。白くてほわほわした、かわいらしいおきゃくさまは、おじいちゃんの旅のおともとしてきてくれたようです。

おじいちゃんは「とうとう来たね、まってたんだよ!」と、大喜び。さっそく旅の支度を始めます。

「むこうについたら おくさんが むかえに来てくれますよ」と、おきゃくさまから聞いたおじいちゃんは、「ほんとかい!」と、ますます大喜び。シャワーを浴びたり、美容パックをしたり、おくさんが好きだった服を着ておめかしして、なんだかとっても楽しそうです。

そして、翌朝。おきゃくさまと手をつないで、おじいちゃんは旅立ちます。

おきゃくさまは、聞くのです。「おじいちゃん、かなしくない?」

すると、おじいちゃんは答えます。「かなしくないよ、うれしいよ。のこるみんなには すまないけどなあ」

おじいちゃんの言葉は、大切な人の喪失で悲しみに暮れる私たちをそっと癒やし、心を穏やかにしてくれます。

亡くなった人の言葉は、もう聞くことができません。でも、きっとこんなふうに思っていてくれたはず。そして、こんなふうにやさしい旅立ちだったに違いない──。

そう残された者がイメージすることで、私は、喪失や悲しみを乗り越えられる気がするのです。

旅立った人に感謝を込めて、どうか笑顔で見送ってあげられますように。

ずっと見守ってくれている

次にご紹介するのは、『なみのいちにち』(作:阿部結)。宮城県・気仙沼出身の絵本作家・阿部結さんの作品です。

早朝から深夜まで。やさしく美しい海辺の一日を波の目線で描いた『なみのいちにち』(作:阿部結/ほるぷ出版)。

気仙沼といえば、東日本大震災で大きな被害を受けた地域。

以前、阿部さんにお会いした際に、「波を描く。そこには大きな覚悟が必要だった」と、お話を伺ったことがあります。と同時に、「この絵本の制作が、なくしたものへの思いを形にするきっかけをくれた」とも。

「あさだ!
あたらしい たいようが かおを だして、
わたしの いちにちが はじまる。」

この「わたし」とは、波のこと。波自身が語る物語です。波は、とても忙しいのです。漁に出るお父さんの船を送り出したら、泣く子どもをさざ波であやしたり、子どもと鬼ごっこをしたり、不思議な出会いだってある。

海辺に暮らす人々、暮らしに寄り添ってきた波の一日が、穏やかに描かれています。

「さん ささーん さん ささーん」

心地いい波の音。太古の昔から変わらず、波はずっと人々のそばにありました。

そして、夕日が沈んで月が灯るころ、海ではダンスパーティが始まります。夜のイメージはあまりに美しく、みんな楽しそうで、幸せに満ち溢れています。

初めてこの絵本を開いたとき、(私は作者のルーツを知らずにこれを手に取ったのですが)、この場面で直感的に東日本大震災をイメージしました。震災は、まぎれもない事実です。

けれども、昔からこの海辺で暮らしてきた人々、あらゆる生きものたちが、こうして夜ごと海に集まっているかもしれない──。そう思わせてくれる描写に、私はずいぶんと救われる気がしました。

波や星となって見守ってくれているあの人。ゆっくりでいいから、その大切な面影を思いながら、顔をあげて歩いていきましょう。そう語りかけてくれる『なみのいちにち』は、私にとってエールのような絵本です。

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