
小児外科医の父親も戸惑った“わが子の性別違和” 「スカートは無理」「乳房はいらない」「学校へ行けない」…子どもの叫びをどう受けとめた?
松永正訓さん著者インタビュー前編~性別違和のわが子と父・医師として~ (2/3) 1ページ目に戻る
2026.08.13
医師・ノンフィクション作家:松永 正訓
困難を抱える子の親に読んでほしい
光(ひかり/仮名)さんは、現在(2026年夏)23歳。小学生のころから自分が女性の身体を持つことに反発を覚えていました。一時期は学校にも行けなくなりました。
『性別違和に生まれて 父と子で綴った23年』(中央公論新社)は、挫折と再チャレンジを繰り返してきた光さんと、苦しむわが子を支え続けた父親で医師・作家の松永正訓(ただし)さんとの「共著」です。
光さんの成長過程ごとに10の章で構成され、父親から見た光さんと、光さんが振り返った自分自身について、それぞれていねいかつリアルに綴られています。
松永正訓さん(以下松永/敬称略):最初は出版社から「往復書簡を書きませんか」と言われたんです。親子で手紙っていうのも恥ずかしいので、共著という形になりました。
光が文章が得意なのは知っていましたが、自分としっかり向き合って内面を深く掘り下げていたのはビックリです。ぼくも読むまで知らなかったことがたくさんありました。
自分の子どもの性別違和について書くのは、正直言って怖かったです。LGBTQ+について理解が広がってきてはいるものの、偏見や差別もまだまだある。光は本が出てからも、どんな反応があるのかを気にして「怖いよ、怖いよ」とおびえてます。
小児外科のクリニックを開業して20年(2026年時点)になりますが、これまで延べ30万人の子どもを診てきました。不登校だったりイジメに遭ったり、家庭が崩壊していたりなど、生きづらさを抱えている子どもがたくさんいる。親御さんも苦しんでいる。
この本をいちばん読んでもらいたいのは、生き方に困難を抱えた子どもを持ったご家族ですね。人生は何度でも再チャレンジできる。投げやりにならずにがんばって歩き続けていればきっといいことがある。そう感じてもらえたら嬉しいです。
自分らしく生きろと教えたのに周囲の目が気になった
──わが子が「性別違和」を持っていると知ったときは、どう感じたのでしょうか。本書には、光さんの苦しみだけでなく、親である松永さん夫妻の苦悩や戸惑いも描かれています。
松永:妻は光が小学校4~5年生のころから、性別違和に気づいていたようです。ぼくは「男まさりな子だな」ぐらいに思っていただけでした。光は自分でも気持ちを整理できない状態だったのか、5年生のときに不登校になります。
妻は「学校、行けなかったら行かなくていいよ」と言って、「でも家にいたら、心の栄養が瘦せ細っちゃうから」と、美術館や博物館、遊びのイベントなどに連れ出していました。
小学校を卒業する少し前、妻と光がぼくの書斎に来て「中学校に学ランで行きたい」と話したんです。そのとき妻に「光は性同一性障害なの。あなた、気づかなかった?」と言われました。何の知識もなかった私は、本を買い込んで勉強を始めました。
驚きはしましたが、「困ったことになった」とか「何かの間違いだ」といった気持ちは、当時も今もまったくありません。光は光です。夫婦のあいだで、光をしっかりサポートしていこう、全力で守っていこうということで気持ちは一致しています。
とはいえ、今思い出しても情けなくなる出来事もありました。光は小学校の卒業式に学ランを着て出席しました。よく似合っていたし、光も嬉しそうでした。ただ、式場を歩く光を見て、ぼくは同級生や保護者からどう見られているかを考えて緊張していたんです。
幼いころから「人からどう見られるかは関係ない。自分の生き方を生きなさい」と光に言ってきたのに、私自身が人の目を気にしている。ダメな親だなあと自分を責めました。
































