
小児外科医の父親も戸惑った“わが子の性別違和” 「スカートは無理」「乳房はいらない」「学校へ行けない」…子どもの叫びをどう受けとめた?
松永正訓さん著者インタビュー前編~性別違和のわが子と父・医師として~ (3/3) 1ページ目に戻る
2026.08.13
医師・ノンフィクション作家:松永 正訓
──光さんはLGBTQ+に理解がある中高一貫校に進学しました。しかし、中学3年生のときにパニック障害を発症。どうにか高校に進学してからも、さまざまな理由で学校に行けなくなり、1年生の終わりごろに退学しました。
松永:不登校になったり高校を辞めたりした15、16、17歳のころは、光にとってひじょうに苦しい時期でした。毎晩、ぼくの書斎に来て「こんな子でもいい?」「嫌いにならない?」と、泣きながら不安な気持ちを漏らしました。
そのたびに「いいに決まってるじゃないか」「嫌いになんて絶対にならない。親は子どもの面倒を見られるのが幸せなんだよ」と慰めました。本人は、かなりギリギリの状態だったと思います。
小学校でも中学校でも、先生たちは光に精いっぱいの配慮をしてくれました。年代的にはLGBTQ+の生徒とどう接するかなんて教育は受けていない方が多いでしょう。でも、深い思いやりを持って光を受け止めてくれた。光も私も、とても感謝しています。
17歳の夏には「自分の胸がどうしてもイヤだ」と、乳房の摘出手術を受けました。光が悩んだ末に決めたことです。思うところはありましたが、理由を詳しくたずねれば責めているように感じるかもしれない。私は何も聞かず、手術を受けられる病院を探しました。
「男女別のスーツ」を強いる教育現場への絶望
──光さんは、高等学校卒業程度認定試験(旧大学入学資格検定)と大学入試に合格し、美術教師になることを目指して千葉大学教育学部に入学しました。しかし、またもや挫折を経験することとなります。
松永:入学したころはコロナ禍でほとんどがリモート授業だったこともあり、パニック症に苦しみながらも大学生活を送っていました。でも、教育実習に行くためのスーツをきっかけに「もう無理」となったんです。
授業では学生に、LGBTQ+も含めて多種多様な生きづらさや、障害を抱えた児童・生徒への理解や配慮が必要だと教えている。ところが、教育実習の説明会では、当然のように「男女別のスーツを着用せよ」と言われたんです。
ぼくも理解が甘く、それを聞いてパンツなら大丈夫だろうくらいに思ってました。ですが、光にとってはパンツスーツだろうが、女性用スーツを着用することはとてつもなく苦しいことだったんです。
その指示を聞いて光はあきれました。教育実習に行く何百人の中には、何人もLGBTQ+の学生がいるはずなのに、何の配慮もない。男女に分かれたスーツを強いられることが、当事者にとってどれだけ苦痛なのか、まったく理解しようとしていない。言っていることとやっていることが違う大学や教育の現場に、光は幻滅し反発を覚えたんです。
本の中で光は、女性用スーツを買った日のことをこう書いています。
〈帰宅して、床を拳で叩きながら泣きじゃくった。(中略)とにかく悔しかった。どうしても女性にカテゴライズされる自分が。カテゴライズする社会が。男女別のスーツを押し付ける大学が。〉
教員にはもうなれないと思った光は、リモートだけで卒業できる京都芸術大学通信制のイラストレーションコースに編入します。中学受験、高校卒業認定試験、共通テスト、大学試験、そして編入……何度目の再チャレンジだったでしょうか。
無事に卒業し、今は得意な絵をいかして、在宅で漫画家のアシスタントをしています。仕事があるというのは、とても大きいですね。
人間は自分が何者かわからないと苦しい。光は性に対するアイデンティティがないから、そこだけでもしんどい。でも今は、見違えるようにしっかりして、最近はぼくが相談に乗ってもらったり励まされたりしています。
マイノリティの側に自分を置いてみる
──近年「性別違和」「LGBTQ+」「トランスジェンダー(性自認が出生時の性別と異なる人)」といった言葉の認知度は、急速に高まりました。しかし、必ずしも正しい理解が広がっているとは言えません。
松永:性的マイノリティに対する偏見や差別には、根深いものがあります。マイノリティに光を当てるのがぼくの役割だと思っていて、これまでにも小児がんや発達障害、先天性染色体異常などをテーマにノンフィクションを書いてきました。
だけど同じマイノリティではあっても、性的マイノリティは、より強い偏見や差別にさらされていると感じます。
もしかしたら、一部の政治家が性的マイノリティに敵意を抱いていることが影響しているのかもしれない。性的マイノリティの苦しさやしんどさが、理解されづらいということもあるでしょう。あまりにも苦しくて、自ら命を絶つ原因になるケースも多いのに。
光が自分の乳房を手術で摘出したことや、女性用スーツに強い拒否感を抱いたことにも、「なぜそこまで?」と思う人もいるかもしれません。実感はできなくても、性別違和によってさまざまな苦しみを抱える人がいることは考えてみてほしい。
理解には3つのステップがあると思っています。まずは考えてみる。次は知ろうとする。知るだけで止まってしまうと偏見につながります。「津久井やまゆり園」の事件も、施設の職員が起こしました。中途半端に知ることで偏見を持ってしまった。
3つ目はもう一歩進んで、マイノリティの側に自分を置いて考えてみること。そうしてみないと、マイノリティのしんどさは理解できません。そこまで行かないと偏見は消えないし、差別は解消されないとぼくは思います。難しいし、ぼく自身もどこまでできているのかわかりませんが。
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光さんと過ごした濃密な23年間を振り返って、松永さんは「やり残したことはない」と言います。親子の時間は、これからも続いていく。
光さんは本書で〈思いもよらぬ不幸があるのならば、(中略)幸福も思いもよらぬところから降ってくる。ならばその時に、幸福を摑める私でいたい〉と書いています。きっとこの先、たくさんの幸福が降ってくるに違いありません。
インタビューの後半では、わが子を「受容」するということ、差別はよくないとどう教えるか、親の役割と責任などについて聞きました。
※2026年8月14日より公開
【関連書籍】

安全、同意、多様性、年齢別で伝えやすい! ユネスコから学ぶ包括的性教育 親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育 1時間で一生分の「生きる力」3
発売日:2022/03/16
価格:定価:本体1400円(税別)



石原 壮一郎
コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。以来、数多くの著作や各種メディアでの発信を通して、大人としてのコミュニケーションのあり方や、その重要性と素晴らしさと実践的な知恵を日本に根付かせている。女児(2019年生まれ)の現役ジイジ。 おもな著書に『大人力検定』『大人の超ネットマナー講座』『昭和だョ!全員集合』『大人の言葉の選び方』『失礼な一言』など。故郷の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」も務める。 萩本欽一がマヌケの素晴らしさを伝える『マヌケのすすめ』(ダイヤモンド社)、林家木久扇がバカの素晴らしさを伝える『バカのすすめ』(ダイヤモンド社)、毒蝮三太夫が高齢者にまつわる悩みに答える『70歳からの人生相談』(文藝春秋)では構成を担当。 2024年秋には、何かと厄介な周囲の「昭和人間」、そして「昭和人間」である自分自身との付き合い方を考察した『昭和人間のトリセツ』(日経プレミアシリーズ)が話題を呼んだ。 写真:いしはらなつか
コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。以来、数多くの著作や各種メディアでの発信を通して、大人としてのコミュニケーションのあり方や、その重要性と素晴らしさと実践的な知恵を日本に根付かせている。女児(2019年生まれ)の現役ジイジ。 おもな著書に『大人力検定』『大人の超ネットマナー講座』『昭和だョ!全員集合』『大人の言葉の選び方』『失礼な一言』など。故郷の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」も務める。 萩本欽一がマヌケの素晴らしさを伝える『マヌケのすすめ』(ダイヤモンド社)、林家木久扇がバカの素晴らしさを伝える『バカのすすめ』(ダイヤモンド社)、毒蝮三太夫が高齢者にまつわる悩みに答える『70歳からの人生相談』(文藝春秋)では構成を担当。 2024年秋には、何かと厄介な周囲の「昭和人間」、そして「昭和人間」である自分自身との付き合い方を考察した『昭和人間のトリセツ』(日経プレミアシリーズ)が話題を呼んだ。 写真:いしはらなつか



































松永 正訓
1961年、東京都生まれ。1987年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。 『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)にて第20回小学館ノンフィクション大賞(2013年)を受賞。『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)にて第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞(2019年)を受賞。 著書は『呼吸器の子』(現代書館)、『ドキュメント奇跡の子 トリソミーの子を授かった夫婦の決断』(新潮新書)、『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)、『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』(中公文庫)など多数。近著に『赤ちゃんにメスを入れる~知られざる小児外科の世界』(晶文社)、性自認に苦悩するわが子との23年を綴った『性別違和に生まれて 父と子で綴った23年』(中央公論新社)など。 【Blog】 http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/
1961年、東京都生まれ。1987年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。 『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)にて第20回小学館ノンフィクション大賞(2013年)を受賞。『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)にて第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞(2019年)を受賞。 著書は『呼吸器の子』(現代書館)、『ドキュメント奇跡の子 トリソミーの子を授かった夫婦の決断』(新潮新書)、『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)、『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』(中公文庫)など多数。近著に『赤ちゃんにメスを入れる~知られざる小児外科の世界』(晶文社)、性自認に苦悩するわが子との23年を綴った『性別違和に生まれて 父と子で綴った23年』(中央公論新社)など。 【Blog】 http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/