
中2で「不登校」から公立大医学部「合格」 元野球少年の「壮大な紆余曲折」の本当の価値とは
不登校から小児精神科医を目指すまで 母親インタビュー最終回「手放した10の思い込み」/全6回 (2/4) 1ページ目に戻る
2026.08.04
教育ジャーナリスト:おおたとしまさ
「子どもの価値は変わらない」と本気で思えるか
おおたとしまささん(以下おおた):「信じて待てば、子どもは変わるんですか?」と聞かれることがありますが、それはちょっと違うんですよね。それは信じているんじゃなくて、信じているふりをして、まだ親の期待を子どもに押しつけている状態です。
その期待すら手放して、目の前のありのままの子どもをありのままに見られる自分になるために、孝子さんは一つ一つ思い込みを手放していきました。壮大な回り道をしながら、ご自身が変わっていきました。
ある講演会のあと、会場から質問がありました。娘さんが不登校だと言うお父さんです。
無理に行かせないほうがいいと聞いたから、学校に行かない娘の気持ちを否定しないで話を聞くようにしているんですが、いくら話を聞いてもなかなか本人から学校に行こうとはしない。いつまで待てばいいんですか、と。
私はこう言いました。「それはまだ、早く学校に戻ってもらうためにそうしているだけですよね。学校に行っていない娘さんのその状態自体をよくは思っていないわけですよね。
まずは娘さんが学校に行きたくないと思っているというその事実をそのままに、ただ『ああ、そうなんだね』と受け止めてみたらいかがでしょうか」と。そのお父さんはその場でハッとした顔をされていました。
「いま君はそうしていたいんだね。そのままの君でいいんだよ」と本気で思うことです。だって学校に行ったって行かなくたって、親にとってのお子さんの価値は何も変わらないんだから。それを伝えればいい。
ただしそのためには社会的なモノサシをいったん脇に置かなければなりません。息子の俊徳(としのり)さんがオール1をもらってきたとき、孝子さんがそうしたように。
「期待しない」は「諦めた」ではない
おおた:期待を手放すということは、可能性を諦(あきら)めるのとは違います。むしろ、親の期待なんて狭い枠組みの中に子どもの人生を押し込むのではなく、親には想像もつかない未来が待っているはずだと、無限の可能性を信じることです。
孝子さんは、子どもを変えるための手段として自分を変えたわけじゃない。目の前の苦しみを和(やわ)らげるために必要なのは、子どもを変えることじゃなくて自分の中の思い込みを手放すことなんだと気づけた。
そこが重要だと思います。だから、いまでもトーキョーコーヒーを続けている。
倉孝子さん(以下孝子):息子が高1のときに始めたトーキョーコーヒーの活動は、いまはniconという名前のNPOとしてやっています。NPOにしたのは、あとから仲間になってくれたメンバーの意向です。
私が一人だけ年上で、みんなまだ若くて、普段なら一緒にいるような人たちじゃない。相当個性的な人たちなんですけど、niconということだけで一緒にいて。そういうこと全部含めて、なんだか毎日、冒険をしているような気持ちなんです。
苦手なこと、できないこと、嫌だなと思うことが、いまだにいっぱいあるんですけど、あのメンバーだから、なんとなく一緒に頑張ろうと思える。そういう生き方ができたことが、良かったな、と。
五十を過ぎているので、もう疲れて人生を諦めたくなるときもあるんですけど、niconもしているから、諦めるわけにいかない。そういう生き方が、誇り、ですかね。
niconは、禅の言葉の「而今(にこん)」からとりました。「今この瞬間」という意味です。不登校になると、過去を後悔したり、未来に対して不安になったりする。
でも、そういうことにとらわれないで、今いるこの時間を楽しく過ごしていこう、と。それで、みんなで考えて、「而今」という名前をつけました。
おおた:「而今」。過去の後悔にも、未来の不安にもとらわれず、今この瞬間を生きる。その名前に、ここまでのお話が、ぜんぶ詰まっていますね。































