
我が子が不登校のピンチ 起業し「おかんラッパー」になった母 大反響“子育てリリック”全公開!
#3おかんラッパー「マイクラおかん」に学ぶママの輝き方~ラッパーになる~ (2/4) 1ページ目に戻る
2025.08.29
おかんラッパー「マイクラおかん」:下崎 真世
「100万円が必要だったんです。だから出ようと思いました」(下崎さん)
当時、ママたちによるユニット「YES! OCAN(オカン)」で、レンタルのキッチンカーによる飲食業を営んでいた下崎真世さん。「今度は自前のキッチンカーを走らせたい」という夢に必要だった資金が100万円でした。
そんな折に、日経新聞で見つけた「言いたいことあるやつは声をあげろ」というラップコンテストの広告。優勝賞金は100万円。出場に迷いはありませんでした。
「息子に、挑戦している自分の姿を見せたい」という思いもあった下崎さん。ラップは全くの初心者でしたが、週2回、息子が通うフリースクール「cas!ca(カシカ)」(逗子市)で同代表の勇弥(ゆうや)さんらと息子がフリーラップをしているのを見ていたし、その勇弥さんらが力を貸すと言ってくれたことも背中を押しました。
リリックを作る作業は、まるで自分の人生を一度解体して、言葉として再構築する作業でした。思いどおりにならない育児、不登校に揺れた日々、母親としての意地と葛藤、そして気づき。それらを一つひとつ掘り起こし、韻(いん)を踏みながらビートに乗せていきます。
ちなみに、一度聞いたら忘れられない「マイクラおかん」というネーミングは、勇弥さんによるもの。ゲーム「マインクラフト(マイクラ)」にハマった息子と、子どもの“ゲームの居場所”作りに尽力していた下崎さんの姿を見ていたからこその発想でした。
「言葉を全部ローマ字に置き換えて、どうすれば韻を踏めるのか試行錯誤でしたね。なんとか完成した後は、ひたすら練習。息子の前でも練習していたら息子のほうが先に覚えちゃって、『今のとこ間違えたよ』と指摘されたりして(笑)」(下崎さん)
MV(ミュージックビデオ)も撮影して応募を終え、1次・2次選考を経て、約400名に及ぶ応募の中からファイナリスト10人に選出されました。意外にも「人前に立つのは苦手」という下崎さんが、ついに初舞台を踏みます。


















































































