
軍事力はなぜ必要なのか 小泉悠氏に聞くこれからの平和教育と親の役割
東京大学准教授・小泉悠先生に聞く、現代の戦争と国際社会のリアル #3 (4/4) 1ページ目に戻る
2026.03.30
東京大学准教授:小泉 悠
「悲惨さを知る」だけで終わらない これからの平和教育
──今のお話を聞くと、いまだに日本の学校では「平和は大切だ!」という基本を伝えるのみで、世界情勢を考え、一歩踏み込んだ平和教育ができていないように思います。
小泉先生:そうかもしれません。しかし一方で、私自身もどれだけ戦争というものを自分ごととして理解しているかといえば、はなはだ自信がないです。幸いにも今は戦争をしないで済んでいる国に住んでいる。これは本当に幸せなことなんです。
東京大学大学院情報学環の渡邉英徳教授は、広島の原爆直後を体験できるVRを開発されていますが、こうした技術で惨状を「追体験」することは、戦争の悲惨さを知る上で効果があるでしょう。
しかし、単に「怖い」「悲惨だ」という感情的なショックだけで終わらせては、今の複雑な世界を守る力にはなりにくい。VRで、過去の悲劇を見るだけでなく、それと併せて「どういうときに平和が壊れてしまったのか」を本当は考えてほしいと思います。
小泉先生:日本は自滅的な戦争を始めてしまった過去があるため、私たち平成育ちの世代から今も「日本が二度と戦争をしないこと」に主眼が置かれて平和教育が行われています。もちろんこれは大前提として大切なことです。
しかし今、ウクライナで起きているような「向こうから戦争がやってくる場合」の話を日本の子どもたちに説明する場面があまりありません。もっとウクライナ侵攻の話を教育の場で取り上げてもよいと私は思うのです。
「なぜあのとき、国際社会は暴走を止められなかったのか」「今のウクライナの状況と何が違うのか」をセットで考えるのが今の平和学習では必要なのではないでしょうか。
娘への言葉「戦争は人間が起こすものだから 人間が止められる」
──これからの時代を生きる子どもたちに、親として何を伝え、どう教育していけばよいでしょうか。先生は娘さんにどう向き合っていらっしゃいますか。
小泉先生:正直、娘と改まって戦争について話すことはありません。でも、娘が生まれたとき、ものすごく不安定なものを預かってしまったな、という感覚を覚えています。ちょっと間違うと死んじゃうかもしれない、そんなか弱い存在を、あんまり厳しい世界に送り出したくないという気持ちが私の中にありました。
でも、人間はずっと優しいところだけで生きてはいけません。将来、彼女は病気になるかもしれないし、事故に遭うかもしれない。現実にはいろんなリスクの中で生きていくことになります。それについて語らないのは、親として不誠実というか、生きていくための力を与えられていないことになるとも思うんです。
もし娘に話をするとしたら、「戦争は、残念ながらあるよ」という言い方をするでしょうね。もしかしたら君がこれから生きていく中で、そういうものに遭遇するかもしれない、と。
戦争は「台風」ではなく「人間」が起こすもの
──「戦争はある」と認めるのは怖いことですが、隠し通せるものでもありませんよね。
小泉先生:ええ。でも同時に伝えたいのは、「それは決して良いことではないし、なくなったほうがいいに決まっている」ということです。
そして幸いなことに、戦争は地震や台風といった自然災害とは違います。自然災害はやってくること自体を人間は止められませんが、戦争は人間が起こしているものです。そこには人間が介在する余地が必ずあります。
本来起こらなくてもよかったはずの戦争が、今も現実に起きている。けれど人間が始めたことだから、これから先に人間が止められるし、防ぐこともできる。その希望と責任についても、しっかり話したいと思っています。
──私たち親自身も、画面の向こうでしか見たことがないからこそ、どう伝えればいいか分からず戸惑っていましたが、人間が起こしたことは人間が解決できるという言葉に励まされます。
小泉先生:正直に「わからない」というのは、そのままでいいと思います。親も「正解がわからないなりに、君と一緒に悩んで考えているよ」という姿勢を見せるのが、一番の誠実さではないでしょうか。
私自身の話をすると、子どものころから家に戦争の絵本が身近にあり、それを見てなんとなく戦争について考えるという環境でした。そういった形で、自然に家庭の中で考える機会を作るようにするのもいいかもしれませんね。
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理想と現実の中で私たちができる「ベターな選択」は何か。最後は力と利益のバランスゲームになってしまう国際政治の冷徹さを知りつつも、それでも人間としての希望を捨てない。そして、その矛盾を抱えながら親子で語り合い続けること自体が、次の世代がこの不確実な世界を歩んでいくための、本当の意味での「生きる力」になるのだと、小泉先生の言葉を通して感じました。
撮影/安田光優
取材・文/知野美紀子
小泉悠先生のインタビューは全3回。
1回目を読む。
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小泉 悠
東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。
東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。