無痛分娩のアクセスに地域差が大きい
また無痛分娩のできる施設は、日本国内でも地域によってばらつきがあります。
無痛分娩に関する情報提供を行う団体JALA(無痛分娩関係学会・団体連絡協議会)や厚労省が公開している施設一覧を田辺先生が調べたところ、福井県、高知県など、施設の登録がひとつもない地域が見つかりました。
「どこの都道府県にどれだけ無痛分娩の実施施設がある、という実数のデータは、今のところ日本にはありません。上記の2つは『申請のあった施設を登録する』というリストですが、都市圏に集中し、それ以外の都道府県には少ないことが分かります」(田辺先生)
無痛分娩を希望していても、住んでいる場所によっては対応施設が全くない。だから麻酔なしで産むしかない、という妊婦さんは、まだまだ多いのが実情です。
出典:JALA 全国無痛分娩施設検索
厚労省(「無痛分娩について」)
かつては「お産の痛み」で女性同士を格付け
無痛分娩に対応する施設の少なさと同時に、日本には文化的な背景も影響していると、田辺先生は言います。先生が出産の痛みをテーマに研究した際、「お産の痛みに価値を置く」考え方が、日本の女性たちに強く見られたのです。
「その要因には、女性が結婚後に嫁として扱われる、日本独特のイエ(家)制度があります。日本の出産は長年自宅で行われ、女性たちは家族の前で陣痛に耐えてきました。そこで『子を産むために、こんなに苦しんでいる』と見せることが、イエ(家)の中でのポジションを固めるのに役立ったのです。どれだけの痛みに耐えたかと、痛みの強さによって女性同士を格付けするようなこともありました」
痛み・苦しみと引き換えにしなければ、家族の中でポジションを固められなかった……というのは、なんとも悲しい歴史ですが、「お腹を痛めて産んだ子」という一般的な表現にも、この考え方が見て取れます。
今回の記事のために、無痛分娩の体験者にヒアリングを行いましたが、中には実の父母から「お産は痛みを知ってこそ」「産む痛みを味わうことで母親になれる」と反対された人もいました。
「歴史上には与謝野晶子のように、麻酔を使って子を産んだ女性もいましたが、ごく少数派でした」(田辺先生)
「男性中心」だった医学と社会
出産の痛みについて研究する中、田辺先生が一つ、強く感じたことがありました。
「かつては日本の医学も社会全体も、女性の痛みにこんなに無関心だったのだな、と。無関心というのは強い言葉ですが、私には、これが一番しっくりきます」
これは日本に限りませんが、医学は「男性の体」を基準に発達してきた過去があります。
1980年代まで、臨床研究のデータは男性のみを対象に取られていました。そのデータに基づいて作られた医療モデルは、必然的に男性向けになりますが、女性にもそのまま適用されてきたのです。
「男性にはない陣痛の痛みを女性に我慢させることに対して、医学も社会も鈍感だった。無痛分娩のためにお金を出すのを惜しむご家庭の話も聞きますが、それは出産で女性が痛みを感じること自体に、無関心だからではないでしょうか」
出産の痛みは、「手指を切断される痛み」に相当するとも言われます。それだけの痛みを和らげることを反対する家族がいたり、その痛みを緩和する麻酔のために今でも10万円以上の自己負担が必要になっている現実を前にすると、「女性の痛みに無関心」という田辺先生の言葉は、重く響きます。
「私たち助産師はその痛みをよく知り、緩和する職業です。が、自分たちの知識とテクニックを重視するあまり、医師による麻酔での鎮痛を軽視してきた過去があります。自分たちの職務へのプライドから、鎮痛としての麻酔を、妊婦さんの選択肢から減らしてしまった。この経緯は助産師の一人として、忘れてはならないとも思っています」
いくつもの理由が絡まり合って、陣痛を麻酔で和らげる慣習が広がらなかった日本。その日本で今、無痛分娩が増えているのはなぜなのでしょう。そして今の日本で無痛分娩を選ぶなら、どうしたらいいのでしょうか。続く後編で見ていきましょう。
後編:「無痛分娩」体験者の肉声…「出産の痛み無くていい」社会はいつ来る?
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。