「無痛分娩」まだ9%弱 日本で普及が遅れる歴史・格差・出産観を専門家が解説

高度な医療体制を持つ日本なのに どうして普及率が低いのか?

髙崎 順子

出産育児一時金が増額されたら、自然分娩より費用のかかる「無痛分娩」が選択しやすくなる?(写真:アフロ)

【2023年度から出産育児一時金が増額の見込み・「無痛分娩」選択しやすくなるか】
2022年6月15日に、岸田首相が出産育児一時金を「私の判断で大幅に増額する」と表明。続く17日に松野官房長官が、2023年度から増額する方針を示した。

「出産一育児時金」とは、出産時に公的医療保険から支払われるもので、現行は子ども一人当たり42万円。しかし、実際にかかる出産費用は平均46万円まで上昇している(※2019年度の調査)。

出産一時金が増額されれば、自然分娩より費用のかかる「無痛分娩」が選択しやすくなる見込みもあるが、日本の無痛分娩実施率は増加傾向にありつつも、諸外国に比べると非常に低い状況だ。高度な医療体制を持つ日本で、なぜ無痛分娩の普及率は低いままなのだろう。

日本における「無痛分娩」の基礎知識と、無痛分娩が普及してこなかった背景を『無痛分娩と日本人』の著者・田辺けい子氏(神奈川県立保健福祉大学・准教授)に、子育て環境に詳しいライターの髙崎順子氏が取材した。

田辺けい子(たなべ・けいこ)神奈川県立保健福祉大学 准教授(助産師)。1992年東京大学医学部附属助産婦学校卒業。都内および埼玉県内の周産期センター、総合病院産婦人科勤務を経て現職。2002年以来、無痛分娩に関する調査研究を行っている。】

日本でも増えている無痛分娩

初めての妊娠で十数時間、2人目以降の経産婦でも数時間はかかるお産。その始まりから徐々に強くなり、赤ちゃんが母親の体内から出る直前に最も強くなる「陣痛」は、多くの人がそれに耐えるだけで疲れ果ててしまうほどの激痛です。子どもが欲しいけれど、痛みへの不安と恐怖で及び腰になってしまう……との声も聞かれます。

その陣痛への対策として、麻酔薬で痛みの感覚を取ってお産を行う「無痛分娩」があります。背中の下部にカテーテルを入れ、お産の進行に合わせて、麻酔薬の量を調整しながら注入する医療行為です。

無痛分娩は背中の下部にカテーテルを入れる「脊髄幹麻酔(硬膜外麻酔)」を行う
硬膜外鎮痛法(出典:日本産科麻酔学会ウェブサイト「無痛分娩Q&A」より)
https://www.jsoap.com/general/painless/q4

赤ちゃんを子宮から押し出す「いきみ」のために必要な感覚を残しながら、数時間~十数時間のあいだ痛覚だけを除く麻酔術は、帝王切開のための30分間ほどの麻酔と並んで、「産科麻酔」と呼ばれています。

ヨーロッパやアメリカでは、この無痛分娩が広く普及しています。医療保険適用で妊婦の自己負担なく選ぶことができ、帝王切開ではないお産(経膣分娩)の8割で行われているところも。筆者が住むフランスも麻酔は自己負担なしで受けられ、いまや無痛分娩がお産のスタンダードになっています。

一方、日本は歴史的に無痛分娩の実施率が低く、費用は希望する人の自己負担です。が、それでもここ10年で、無痛分娩で出産する人の割合は目に見えて増えています。

無痛分娩実施率のグラフ

「 医師・産婦人科団体が行ったこれまでの調査では  、2008年の無痛分娩はすべてのお産の2.6%、2016年は6.1%でした(※)。2020年9月に厚労省が初めて全国の分娩施設で調査を行ったところ、お産全体の8.6%が無痛分娩という数字が明らかになりました」

(※編集部注:出典「照井克生.全国の分娩取り扱い施設における麻酔科診療実態調査.厚生労働省科学研究費補助金子ども家庭総合研究事業.2008「日本産婦人科医会「分娩に関する調査」2017」、それぞれ調査方法は異なる)

そう話すのは、無痛分娩について研究している助産師の田辺けい子先生(神奈川県立保健福祉大学・准教授)。実施率が低いこと、そして徐々にそれが増えてきていることには、日本独特の背景や理由があると田辺先生は言います。

多様なお産の場所がある日本

その「独特の背景」として、田辺先生はまず、お産の施設の多様さを挙げます。

「日本の分娩施設は約2000軒で、その99%は医師のいる医療機関です。それらの施設は大小の規模の違いのほか、産科専門クリニック・総合病院・大学病院・周産期母子医療センターなどの種類があり、お産の際の麻酔の体制もさまざま。

お産をとる産科医がご自身で行うところもあれば、専門の麻酔科医が行うところもあります。無痛分娩を実施している施設は、全体の26%(2020年)です」

出産施設には入院床数が20床未満の「診療所(クリニック)」と20床以上の「病院」の分類がある。その「病院」には産科専門、公立・私立の総合病院、大学附属病院、周産期母子医療センターなどのカテゴリーがある。また救命救急体制により、初期・2次・3次救急の分類が加わる。

「無痛分娩を実施している施設でも、薬で陣痛を誘発する計画無痛分娩型と、陣痛が起きたらいつでも対応できるオンデマンド型と、受け入れ方は異なります」

また30分ほどと短時間で済む帝王切開用の麻酔と異なり、無痛分娩用の麻酔には、10時間以上の長きにわたる管理が求められます。そのため帝王切開は可能だが、無痛分娩は対応不可、というところも多いのです。実際、帝王切開は全分娩施設の89.7%と、無痛分娩の3倍近い数の施設で行われています。

一方、無痛分娩が多く行われている世界の国々では、出産できる施設数を絞った分、人員と設備を集めた中規模~大規模病院のみでまとめて行う「分娩の集約化」が進んでいます。

その規模の施設には麻酔科医が常勤しているので、いつでも長時間の麻酔管理ができる。お産の場所が多様ではないからこそ、どこでも無痛分娩に対応できる体制が揃っている、というわけです。

筆者の住むフランスでも、お産は中規模~大規模の病院でのみ行われており、分娩施設には麻酔科医が必ずいるように、と定められています。施設の数は日本より少なく、全国で500軒未満。産後の入院期間は異常のない経膣分娩の場合3~5日と短めです(日本は5~6日)。

出典:JALAサイト(「無痛分娩に関する情報」ページ)
パリ・ピティエ゠サルペトリエール大学病院産婦人科サイト

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