先進国最低レベル・日本の子どもを「男女格差」から解放するヒント

漫画家と児童文学作家6人のアンソロジーを金原瑞人氏が解説

女子生徒はスカート、男子生徒はスラックスの時代はもう古い?

各地の学校で、制服のジェンダーレス化が進んでいる。自らの意思で制服を選ぶ。男子生徒がスカートを選択できない学校も多いものの、女子向けのスラックスを新規採用する学校は、5年前と比べて約17倍に増えたと報じられている。

しかし、ジェンダーレス化が進んだといっても、現状はまだ「男女平等」からはほど遠い。世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)が毎年発表している「The Global Gender Gap Report 2022」の中で、男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)が公表されている。2022年の日本の総合スコアは0.650、順位は146か国中116位。先進国の中では最低レベル、アジア諸国の中で韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果となっている。

そして学校に通う子どもたちも、そういった社会の影響を否応なしに受けている。大人の言動やSNS、メディアなどから、むしろ敏感に感じ取っているといっても過言ではないだろう。

そんな中、「子どもたちにもジェンダーロールから自由になってほしい」という気持ちを込めて『YA! ジェンダーフリーアンソロジー TRUE Colors』が刊行された。漫画家、そして児童文学界で活躍中の6人の児童文学作家が、身近なジェンダーの悩みをテーマに寄稿したアンソロジーだ。

時にコミカルに、激しく、鮮やかに描かれたそれぞれの物語を、500点以上の訳書を持つ翻訳家であり、児童文学評論家としても名高い金原瑞人氏が解説した。

30年前の名作を思い出させる作品

ふと思い出したのは、もうずいぶん前に訳したアメリカ西海岸の作家、フランチェスカ・リア・ブロックの『ウィーツィ・バット』だ。

これはロサンゼルスを舞台にした短い小説で、女子高生のウィーツィが、髪を黒く染めてモヒカンにしているかっこいい男の子を好きになって告白したら、「おれ、ゲイなんだ」といわれ、「そんなことどうだっていいよ」といって、ふたりで街にボーイフレンドをさがしにいくけど、ろくな男の子がみつからない、というところから始まる。

この作品、西海岸で若者たちのバイブルになり、続刊が6冊出た。気になって、出版年を調べたら1989年。
それからもう30年余り、アメリカもずいぶん変わった。いつの間にかLGBTQという言葉も市民権を獲得した。そしてアメリカのYA小説もずいぶん変わった。

そんな『ウィーツィ・バット』を思い出させたのが、5月に刊行されたばかりの『YA! ジェンダーフリーアンソロジー TRUE Colors』。中学生を主人公にした、タイトルどおりの短編集だ。

このタイトルをみて、やっと日本でもこんなアンソロジーが出るようになったのかと思って読んでみて驚いた。

とにかく、どの短編もおもしろい。設定もユニークだし、展開もスリリングだし、なにより作者の鋭い視線と温かい眼差しが感じられる。
そのうえ、どれも、しっかり、真正面からテーマを受け止めているところがうれしい。それでいて、読後感がさわやかだ。

というふうにまとめてしまうと、どれも似たような作品のように思われるかもしれないが、このアンソロジーの最大の特徴は、各編、作者の個性が強烈に出ているところなのだ。

鎌谷悠希「Peony」(漫画)

たとえば、最初に置かれているマンガ、鎌谷悠希の「Peony」はこのテーマに「におい」でもって切りこんでいく。それも、軽く、男の子と男の子をシャンプーとシャクヤクで結びつけてしまうところが、くすぐったく、スリリングだ。

(編集部注:『Peony』全8ページは記事下部にて公開中!)

鎌谷 悠希(かまたに ゆうき)
2000年デビュー。著作に『隠の王』 『リベラメンテ ~鎌谷悠希短編集~』(以上、スクウェア・エニックス)、『少年ノート』『ヒラエスは旅路の果て』(講談社)、『しまなみ誰そ彼』(小学館)など。

では、続いてほかの作品も一編一編見ていこう。

小林深雪「女子校か、共学か。それが問題だ!」

小林深雪の「女子校か、共学か。それが問題だ!」は主人公の女の子が、小学校のときから心を寄せていた男の子に、大人っぽいカフェに誘われて、告白される……のだが、告白の内容が自分の恋心とは関係なしにショッキングで、「飲んでいた紅茶を、危うく盛大に逆噴射しそうに」なる。
そして「ホームランを期待していただけに、この空振り三振はキツい。キツすぎる」とぼやく。

そこまではよくある展開なのだが、そこからいきなりこのアンソロジーのテーマに突っこんでいく……だけでなく、ふたりの気持ちを見事にすくい上げて、最後にはうまくまとめてみせる。

小林 深雪(こばやし みゆき)
3月10日生まれ。魚座のA型。埼玉県出身。武蔵野美術大学卒業。青い鳥文庫、YA! ENTERTAINMENT(いずれも講談社)などに著書があり、10代の少女の人気を集める。エッセー集『児童文学キッチン』のほか漫画原作も多数手がけ、『キッチンのお姫さま』(「なかよし」掲載)で、第30回講談社漫画賞を受賞。近作に、『おはなしSDGs つくる責任つかう責任 未来を変えるレストラン』など。

にかいどう青「チョコレートの香りがするね」

にかいどう青の「チョコレートの香りがするね」は会話のセンスがよすぎる。ずば抜けておもしろい。この才能は、悪魔に魂を売って手に入れたとしか思えない。

「なんかね、ナオくん、最近なんていうか……、キスしたそう? なんだよね」
「よし、わかった。キモいからぶっ飛ばしてきてほしいって話だね。まかせて」
「ちげーよ」

ぼくも、こんな文章でアメリカのYAを訳してみたい。

しかしこの作品の本当のすごさは65ページ、主人公が体育の授業のあと着替えに保健室にいくところからだ。ここからの展開は、二重三重に「自分とは何か」を読者に突きつけてくる。やってくれるなあ。

にかいどう 青(にかいどう あお)
神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。作品に「ふしぎ古書店」シリーズ、「すみっこ★読書クラブ 事件ダイアリー」シリーズ、「恐怖のむかし遊び」シリーズ、「笑わない王子と恋愛カガク部」シリーズ、「SNS100物語」シリーズ(講談社青い鳥文庫)、『スベらない同盟』『恋話ミラクル1ダース』「予測不能ショートストーリーズ」シリーズ(講談社)などがある。

長谷川まりる「チキンとプラム」

長谷川まりるの「チキンとプラム」は、女の子と女の子の物語に、いかにも無邪気で悪気のないハラスメント親父と娘の話がからむ。

この脳天気で無神経な父親に、現代日本の男性社会を象徴させて描きながら、作品を二重構造にして広がりを持たせるところは新人とは思えない。

それにまたお父さんの得意料理「チキンのプラム煮」をそえ、最後をチキン(臆病者)ふたりにまかせるところがすがすがしく快い。主人公の姉が、みんなにたたかれてしょぼんとしている父親にかける言葉もパンチがきいている。

「お父さん? 間違っても、いま被害者意識なんて持っちゃだめだよ? いま、お父さんが持っていいのは罪悪感だけなんだからね」

長谷川 まりる(はせがわ まりる)
1989年、長野県生まれ、東京都育ち。職業能力開発総合大学校東京校産業デザイン科卒。創作同人会「駒草」所属。「お絵かき禁止の国」で第59回講談社児童文学新人賞佳作を受賞、同作で講談社よりデビュー。『かすみ川の人魚』で第55回日本児童文学者協会新人賞受賞。ほかの作品に『満天inサマラファーム』(いずれも講談社)がある。

如月かずさ「いわないふたり」

昨年、さわやかな男の子ふたりの物語『スペシャルQトなぼくら』でスマッシュヒットを飛ばした如月かずさの「いわないふたり」は、レズビアンを自覚したふたりの女の子の物語。

もっと会いたいからカミングアウトしたいという相手の子に対して、主人公はなかなかその気になれず、後ろめたい気持ちになってしまう。

この手の作品によく使われるシチュエーションだが、バスケットボールの試合と修学旅行でふたりの微妙な心の揺れや切なさをていねいにすくい上げていくところが絶妙。恋愛小説のモデルになりそうな一編。

如月 かずさ(きさらぎ かずさ)
1983年、群馬県桐生市生まれ。東京大学教養学部卒業。『サナギの見る夢』(講談社)で第49回講談社児童文学新人賞佳作を受賞。『ミステリアス・セブンス―封印の七不思議』(岩崎書店)で第7回ジュニア冒険小説大賞を受賞。『カエルの歌姫』(講談社)で第45回日本児童文学者協会新人賞受賞。その他の作品に、『シンデレラウミウシの彼女』『スペシャルQトなぼくら』(講談社)、『給食アンサンブル』(光村図書出版)、『七不思議探偵アマデウス!」(静山社)、「ミッチの道ばたコレクション」シリーズ(偕成社)「なのだのノダちゃん」シリーズ(小峰書店)ほか多数。

水野瑠見「羽つきスキップ」

水野瑠見の「羽つきスキップ」は、中学生になっても小学生から抜けきれない男の子が仲間から「コドモっぽい」とか「どんだけウブだよ!」とばかにされながらも、自分なりに大きくまっとうに成長していく物語……と書くと、え、それだけとつっこまれそうだが、そのきっかけになるのが、生理とナプキン!

それも、それにかかわってくるのが、小学校6年間ずっと同じクラスでずっと仲がよかったのに、中学に上がって「実にあっさりと『中学生』へシフトした」女の子。そして、思い切り苦手な姉。

これは「本当にコドモだったんだな……」と自覚した男の子が一大決心をして、"男"になるのではなく、"大人"になる物語だ。

水野 瑠見(みずの るみ)
1990年、香川県生まれ。大阪府在住。関西大学文学部初等教育学専修卒業。「14歳日和」(『十四歳日和』と改題)で第59回講談社児童文学新人賞受賞。

菅野雪虫「いつかアニワの灯台に」

菅野雪虫の「いつかアニワの灯台に」の主人公は優等生の栞。栞がふとしたことで知り合った安珠という同級生は二重まぶたの褐色美人だが、廃墟や廃線の写真集が好きという少し変わった女の子だ。

栞は安珠の家に招かれて、安珠の母親に気に入られ、何度か遊びにいくようになる。栞には頼りになる茜という親友がいて、安珠には咲留という親戚の女の子がいる。咲留は「顔は一軍だけど頭は三軍じゃん」といわれているだけでなく、小学生のときからのトラブルメーカーで「友達多そうに見えて、たまにグループでハブられるんだよね。だいたい男がらみで」といわれている。

この4人が作りだす状況、そこから生じる事件、そして葛藤。そこに安珠の母親が大きく関わってくる。
ずっしりと重いテーマを、そのままどこまでも展開させていくところはさすがというしかない。

「『普通なんてない』って、とりあえず多数派の、安全圏にいる人の常套句だよね」という安珠の言葉も痛烈だし、次の描写も胸を突く。

栞は理解した。安珠は廃墟が好きなのではなく、廃墟になりたかったのだ。動かないもの、無駄なもの、打ち捨てられたもの、役に立たないもの、なにかを生み出すこともなく、期待されない廃棄物に、ずっとなりたかったのだ。

ここまで書いてしまって、いったい、最後をどうまとめるのだろうと、不安でしかたなかったのだが、最後の最後で、思いもよらない、しかし偶然ではなく必然の解決が待っていた。
素晴らしい長編をひとつ読み終えたような読後感が残った。

菅野 雪虫(すがの ゆきむし)
1969年、福島県南相馬市生まれ。2002年、「橋の上の少年」で第36回北日本文学賞受賞。2005年、「ソニンと燕になった王子」で第46回講談社児童文学新人賞を受賞し、改題・加筆した『天山の巫女ソニン1 黄金の燕』でデビュー。同作品で第40回日本児童文学者協会新人賞を受賞した。「天山の巫女ソニン」シリーズ以外の著書に、『チポロ』3部作(講談社)、『羽州ものがたり』(角川書店)、『女王さまがおまちかね』(ポプラ社)、『アトリと五人の王』(中央公論新社)、『星天の兄弟』(東京創元社)がある。ペンネームは、子どものころ好きだった、雪を呼ぶといわれる初冬に飛ぶ虫の名からつけた。

この短編集を読み終えて、ふと思い出したのはフランチェスカ・リア・ブロックの短編集『"少女神"第9号』だ。こちらもサブカルチャーを背景に、アメリカのティーンを鮮やかに描いた短編が9編収録されている。『YA! ジェンダーフリーアンソロジー TRUE Colors』を英語に訳して、ぜひブロックに読んでほしいと思った。
(金原瑞人)

鎌谷悠希「Peony」特別公開!

金原瑞人氏の書評を記念して、アンソロジー冒頭を飾った鎌谷悠希「Peony」を全ページ特別公開!
香りをテーマに軽やかに展開する繊細な物語を、どうぞご覧ください。
(左方向にスライドすることで順番通りお読みいただけます)

書籍情報

YA!ジェンダーフリーアンソロジー TRUE Colors

YA!ジェンダーフリーアンソロジー TRUE Colors
著:小林 深雪、にかいどう 青、長谷川 まりる、如月 かずさ、水野 瑠見、菅野 雪虫
イラスト・漫画:鎌谷 悠希
定価:1,430円(本体1,300円)
ISBN:978-4-06-531729-7
ページ数:240ページ