人気児童書作家がファンタジー小説の舞台を決める意外な理由

「天山の巫女ソニン」シリーズの菅野雪虫の「私の苦手」

児童書・YA作家:菅野 雪虫

菅野雪虫さんの新作『星のおちた海 海神の姫君と浜辺の兄妹』は、ご自身の生まれ育った平安時代の福島県南相馬市の海辺が舞台になっています。
カバー装画(一部):しまざきジョゼ

ファンタジー作家は、どんなことから物語の着想を得るのでしょうか。

平安時代の陸奥国を舞台にした『星のおちた海 海神の姫君と浜辺の兄妹』が発売になったばかりで、「天山の巫女ソニン」シリーズや『チポロ』など、数々のファンタジー小説で人気の児童書・YA作家、菅野雪虫さんに伺ってみました。

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講談社児童文学新人賞でデビューし、
長年児童書作家として活躍している菅野雪虫さん。

「和風ファンタジー」と私

このたび『星のおちた海』という、日本を舞台にした、いわゆる和風ファンタジーを出すことになりました菅野雪虫です。

『星のおちた海 海神の姫君と浜辺の兄妹』
著:菅野雪虫

私はデビュー作の『天山の巫女ソニン』のように、架空のアジアの国を舞台に書くことが多く、はっきりと日本を舞台にすることは避けてきました。

その理由は、ひとえに漢字が苦手だからです。

作家というと国語が得意だと思われるし、そういう方が多いですが、私は漢字テストでいつも100点満点の60~70点(読みは満点の50点、書きは10~20点)位でした。そんな人間ですから、もともと登場人物や地名に漢字が多い古事記や日本書紀にはあまり興味が持てず、今もそういった日本神話や日本史をモチーフに児童文学を書いている方を見ると、

「すごい! この人はきっと、漢字も古文も漢文も得意だったんだろうなあ」

と、感心してしまいます。

神話や民話が好きだった子ども時代

そんな私が子どもの頃から好きでよく読んでいたのは、ギリシャ・ローマ神話や北欧神話、そしてアイヌ神話でした。どれもたくさんの個性的な神々が出てくるし、アイヌ神話にはさらにもふもふとした大きな動物たちもよく登場します。古事記や日本書紀が日本といっても、自分が住んでいる東北からは遠い、西の方の話なのに対し、北欧神話やアイヌ神話は季候も近い感じがしました。

また神話や民話以外に、創作系のファンタジーとして読んでいたのは、ほとんど海外の児童文学でした。小学校の教師をしていた母が岩波書店と福音館のファンで、家には翻訳児童文学が多かったのです。

『コロボックル物語(1) だれも知らない小さな国』
作:佐藤さとる 絵:村上勉

例外として佐藤さとる先生の『だれも知らない小さな国』(講談社1959)は好きでした。家には箱入りの初版本があり、それを読んでからは、もしかしたら自分の周りにも見えないように暮らしている小人たちがいるかもしれないと想像し、ピーナツの殻を「これ、小人だったらカレー皿になるかな」と思ったり、そんな小人たちの絵を描いていたのをよく覚えています。

『だれも知らない小さな国』の中で、小人たちは大昔から日本各地に存在していたとされ、それがスクナヒコでありコロボックルなのではないかと主人公が推理します。

(そうか。同じ植物が日本とアイヌで呼び方が違うように、同じ存在であっても違う名前で伝わっていることがあるのか)

という視点も新鮮でした。

それから二十年以上たち、くしくも『だれも知らない小さな国』と同じ講談社から、私の初めての本『天山の巫女ソニン』が世に出ることになります。

『天山の巫女ソニン(1) 黄金の燕』
著:菅野雪虫

地元・福島に帰り気づいた、身近にあった伝説

その翌年、福島の実家に帰ると、子どものころから居間の窓の向こうに見える稲荷神社が、新しく立派になっていることに気付きました。

「あれ、ずいぶん変わったね」

と姉に言うと、なんと姉の同級生(仮にOさんとします)の母が地域の人に呼びかけ、お金を集めて建て替えたとのことでした。「へえ、熱心だね。なんでまた?」と聞くと、

「Oさんのお母さんのご先祖さまが、あのお稲荷さまに助けられたからだって」

と言うのです。それは初耳でした。

おそらく明治か江戸時代の終わり頃、Oさんのご先祖はこの辺りに嫁ぎ、当時なにもなかった野原のような所で産気づき苦しんでいたそうです。すると、どこからともなく数人の人々が現れ、赤ちゃんをとりあげてくれました。

「ああ、ありがとうございます。おかげで赤ちゃんも私も助かりました」

とお礼を言い、無事に生まれた赤ん坊を抱えて嫁ぎ先の家に戻ると、嫁ぎ先の人々は驚き、

「あの辺りには家もないし、だれも住んでないよ」

と言うのです。驚いたご先祖さまが赤ちゃんを抱え、再びその野原へ行っても、そこには家も人もなく、二度と彼らに会うことはできませんでした。

「あの人たちはきっと、この辺りに住んでいる狐だったんだ」

そう思ったご先祖さまと嫁ぎ先の家の人々は、お礼に神社を建てました。

それが、私が子どもの頃から見てきた、大きな樹の下の小さなほこらに陶器の狐がびっしりと並んだ稲荷神社だったのです。

(まさか自分が小さなころから見てきた神社に、そんな伝説があったとは)

自分の周りの「小さな物語」が新しい発見に

東京に戻った私は、たまたま顔を合わせた廣嶋玲子さんに、その話をしました。廣嶋さんといえば今は大ヒットシリーズ『銭天堂』(偕成社2013~)で有名ですが、その頃は『はんぴらり!』(童心社2007~)という和風ファンタジーを書いていました。私は東北の片田舎育ちですが、彼女は横浜生まれのシティガール。こういう土着的な話をきっと面白がるだろうと思ったのです。案の定、「そんな話があるんですか!」と目を輝かせました。

「私は和風ファンタジー書かないから、廣嶋さん使っていいよ」

と言うと、仕事の早い彼女はすぐに書き上げた「あぐりこ」を児童文学ファンタジー大賞に応募し、2008年の奨励賞を受賞しました。

「あぐりこ」は2017年に『狐霊の檻』というタイトルで小峰書店から出版されました。タイトルの通り、狐の霊が関係していますが、私が話した地元の稲荷神社の伝説を元にしたわけではなく、その話を聞いて廣嶋さんがインターネット等で色々調べた稲荷伝説の中から選んだものをモチーフにしたそうです。

『狐霊の檻』(小峰書店)
著:廣嶋玲子 絵:マタジロウ

昔は、「和風ファンタジーは書くことはないだろう」と思っていましたが、たまたま母方のルーツである秋田県に、元慶の乱(878年)と呼ばれる日本では珍しく成功した一揆があると知り、地方史を調べ始めると面白いと思うようになりました。

「日本書紀や古事記を面白く読めない自分が、日本のファンタジーなんて」と思っていましたが、元々民話や昔話のような民間伝承は好きだったし、最近は説経節のような芸能で語られてきた物語にも興味が沸いてきました。

自分では覚えていないのですが、親が言うには1~2歳のころラジオで浪曲を楽しんでいたという私は、どうやら文字には残らなかった世界のほうが合っているようです。

『星のおちた海』のために、福島県浜通りの製鉄の歴史を調べ、有名な民話「浦島太郎」も調べると色々なパターンがあることを知りました。新聞連載から単行本にするためにカットした部分には、説経節「山椒大夫」の主人公である安寿と厨子王のことも書いていたので、それもいつか形になればと思っています。

世の中ではどうしても、「中心の大きな物語」に目がいきがちですが、「周辺の小さな物語」に目を向けると、読み手にも創り手にも新しい発見があると思います。

菅野雪虫 (2026.09.08)

『星のおちた海』

星のおちた海 海神の姫君と浜辺の兄妹

星のおちた海 海神の姫君と浜辺の兄妹

菅野 雪虫(著)

発売日:2026/09/10

価格:定価:本体1600円(税別)

菅野 雪虫
すがの ゆきむし

菅野 雪虫

Sugano Yukimushi
児童書・YA作家

1969年、福島県南相馬市生まれ。2002年、「橋の上の少年」で第36回北日本文学賞受賞。2005年、「ソニンと燕になった王子」で第46回講談社児童文学新人賞を受賞し、改題・加筆した『天山の巫女ソニン1 黄金の燕』でデビュー。同作品で第40回日本児童文学者協会新人賞を受賞。主な著書に、「天山の巫女ソニン」シリーズ、「チポロ」シリーズ、『海のなかの観覧車』(以上、講談社)、『羽州ものがたり』(角川書店)、『アトリと五人の王』(中央公論新社)などがある。ペンネームは、子どものころ好きだった、雪を呼ぶといわれる初冬に飛ぶ虫の名からつけた。

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1969年、福島県南相馬市生まれ。2002年、「橋の上の少年」で第36回北日本文学賞受賞。2005年、「ソニンと燕になった王子」で第46回講談社児童文学新人賞を受賞し、改題・加筆した『天山の巫女ソニン1 黄金の燕』でデビュー。同作品で第40回日本児童文学者協会新人賞を受賞。主な著書に、「天山の巫女ソニン」シリーズ、「チポロ」シリーズ、『海のなかの観覧車』(以上、講談社)、『羽州ものがたり』(角川書店)、『アトリと五人の王』(中央公論新社)などがある。ペンネームは、子どものころ好きだった、雪を呼ぶといわれる初冬に飛ぶ虫の名からつけた。