書き手と読み手の共同作業
それで、帯と帯締めのこともこまかく書いたとして、羽織はどうするかとか、手にしているバッグは? それに草履は? 足袋は? ということになり、それをぜんぶ書ききったときには、どれだけ行数を使っているのでしょう。
そこまで書いたとしても、どんな美人かは、まだ一行も書いてないのです。身長も体重も書いてない! 髪型も肌の色もまだだ! そういうことをぜんぶ書いたときには、書き手はへとへと、読むほうも、うんざりしてしまうわけです。
そこで、〈薄紫に萩をあしらった加賀友禅を着た〉程度で、書き手はやめ、あとは勝手に想像してください、ということになります。すると、読み手は、薄紫に萩をあしらった加賀友禅を着ている以外の着衣については、勝手に想像するわけです。
あるいは、そういう想像はやめ、薄紫に萩をあしらった加賀友禅というところだけ頭に思い描くことになります。ほかはもう想像しない!
でもね、そうだとしても、薄紫に萩をあしらった加賀友禅は最低限度イメージしなくてはならないです。言葉をイメージ化する作業が読み手にもとめられているということで、それができてようやく、書き手のイメージは読み手に伝わるわけです。
つまり、読書はそういう意味で、書き手と読み手の共同作業なのです。
書き手と読み手の綱引きが読書の楽しさ
それから、映像で見せれば、薄紫に萩をあしらった加賀友禅がどんなものかわかります。このてん読書だと、萩がどんな花かを知らなくて、そもそも加賀友禅って何? ということになったら、薄紫に萩をあしらった加賀友禅なんて書いても、ほとんど何も伝わりません。
しかし、逆にいうと、書き手が書いていないことは、読み手は勝手に想像できるわけで、ここに書き手と読み手に綱引きのようなことがおこなわれるわけです。
書き手が、イメージをできるだけそのままに、くどくならない程度に書き、読み手はうんざりしないで、なるべく書き手のイメージを受容しないと、読書の楽しみは成立しません。
ある映画ファンがわたしに、「映画のひとつのシーンに出てくるものは、監督がそこに入れたいものを厳選しているから、たとえ、ボールペン一本でも、そこに出てくるかぎり、そのボールペンである必要があるんだよ。」といったことがあります。
たとえばA社のボールペンではだめで、B社のものでないといけないわけです。そのボールペンが、のちのち犯人を特定するような刑事ものの映画だと、たしかにそういうこともあるかもしれません。
でも、そうでないなら、A社のものであろうが、B社のものであろうが、そんなのどっちだっていいじゃないか、という意見もあるのではないでしょうか。
小説はおもしろくないとダメ
もう五十年くらい昔のことです。ある教授がわたしたち学生に、
「あのねえ、諸君。もともと小説っていうのはだね、暇人の娯楽のために書かれたものなんだよ。だから、おもしろくないといかんのだ。」
といったことがあります。
わたしは一単語、辞書を引かずに誤訳したことで、その教授に一講義中三十分も説教されたことがあります。それから、わたしの卒業後ずっとたってから、そのころ大学院生だったある男が、
「ねえねえ、このあいだ用があって、あの先生の研究室にいったんですよ。それで、なんの気なしに、先生のガラスばりの本棚を見たら、卒業生の論文が三つだけならんでいて、そのうちのひとつがね……。」
といい、その中にわたしの論文が入っていたって、これ、わたしの自慢話! しかられた話と自慢話はともあれ、その教授が、
「あのねえ、諸君。もともと小説っていうのはだね、暇人の娯楽のために書かれたものなんだよ。だから、おもしろくないといかんのだ。」
とおっしゃったことは、わたしは今でも、書くときも読むときも、肝に銘じております。
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斉藤 洋
東京都生まれ。幼年童話に「ペンギン」シリーズ、「おばけずかん」シリーズ、児童文学に「ルドルフとイッパイアッテナ」シリーズなど多数。
東京都生まれ。幼年童話に「ペンギン」シリーズ、「おばけずかん」シリーズ、児童文学に「ルドルフとイッパイアッテナ」シリーズなど多数。