「離婚しよう」と告げられ気づいた父親の役割 シングルパパ・前田顕蔵が子ども4人と泣いた「母ちゃんの死」

4男児のシングルファザー・前田顕蔵さんインタビュー #2「子どもたちと“母の死”」 (2/3) 1ページ目に戻る

プロコーチ:前田 顕蔵

引用:本人のインスタグラムより@Kenzo Maeda
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母ちゃんに会いたいな
最後に会った時、赤ちゃんだったから
三男が言った
会いたいなぁ。母ちゃんと会ったら何したいの?
おもちゃで遊びたい
そうやんな、遊びたいよな
彼とこの会話ができて
少し多めに抱きしめて
少し一緒に遊べて良かった
そして今朝は久しぶりに妻の夢を見た
帰ってきて本当に良かった

引用:本人のインスタグラムより@Kenzo Maeda

Bリーグ(プロ男子バスケットボールリーグ)「秋田ノーザンハピネッツ」のヘッドコーチを務めていた前田顕蔵(以下:顕蔵)さん。遠征から戻った夜、子どもたちと過ごした時間を綴ったインスタグラム(以下:インスタ)の投稿です。

大阪出身の顕蔵さんが、秋田の地へ来たのは2015年。2025年12月に退任するまでの約10年間、指導者としてチームを率いてきました。

2021-22シーズンで、チーム史上初となるチャンピオンシップに進出。その直後、妻である、なつ美さんの病気が発覚します。闘病期間は、わずか4ヵ月でした。

みんなで楽しんだクリスマスの日。なつ美さんが亡くなった後、顕蔵さんは「人の集まる家」を思い描いて、中心に広いリビングのある家を建てた。  引用:本人のインスタグラムより@Kenzo Maeda

「亡くなる当日に、妻は『大好きだよ、ありがとう、あとはまかせたよ』と言ってくれました。この言葉は、僕の中で本当に大きな意味を持っています。『まかせるなよ』と思うときもあるし、『そうやな、頑張らなきゃな』と思うときもある」(顕蔵さん)

その前に続く「大好きだよ、ありがとう」という言葉も、顕蔵さんの中では「ひとつの真理のようなものになっている」と話します。

なつ美さんは亡くなる直前に、子どもたちにも言葉を残しました。

「お母さんがいなくても、あなたたちの人生はあなたたちのものだから。自分のために楽しいことをしなさい」

なつ美さん自身、幼いころに母親を亡くしており、見えない母を探し続けるような思いの中で生きてきたといいます。だからこそ子どもたちには、「母親がいないことに縛られず、自分の人生を生きてほしい」と願っていました。

「あなたが主役なんだよ」

最期に残したメッセージは、子どもたちだけでなく、顕蔵さん自身にも深く刺さったといいます。

「妻を亡くしたことはとてつもなく悲しい。でも、その悲しみだけで生きてはいけない。自分の人生をきちんと生きていきたいし、その姿を子どもたちに見せたい。それが、今の自分の一番大きな軸になっています」(顕蔵さん)

闘病中、なつ美さんはほとんど涙を見せませんでした。

「本当に前向きに生きていました。僕のほうが、失うことの怖さでしょっちゅう泣いていたから、その姿に何度も救われました」(顕蔵さん)

仕事を離れ、少しずつ弱っていく妻と向き合う静かな時間。「“今が一番幸せやな”ってよく二人で話していた。不思議な感覚でした」と、当時を振り返る。  引用:本人のインスタグラムより@Kenzo Maeda

前田さんにとって、なつ美さんはどんな存在なのでしょうか。

「亡くなった今も、彼女の存在が原動力になっているんですよね。今も家族を支えてくれているようです」(顕蔵さん)

「父ちゃん、骨にならないでね」子どもたちが向き合った“母の死”

現在(2026年3月)、顕蔵さんはシングルファザーとして4人の男の子を育てています。

14歳の長男は真面目。
12歳の次男はマイペース。
7歳の三男は甘えん坊。
4歳の四男は、「ただただかわいい存在。癒やし、オアシスです」と目を細めます。

母親を亡くした後、子どもたちはそれぞれ違う形でその出来事と向き合ってきました。

三男は当時3歳で、「母ちゃんが死んだ」ということ自体を理解できていませんでした。火葬を終えて骨になって戻ってきた母の姿を見たことが、強く印象に残っているといいます。

「母ちゃん、骨になった」

三男はそう言ったあと、こんな言葉を口にしました。

「父ちゃん、骨にならないでね」

保育園へ向かう車の中で何度か言われたその言葉から、顕蔵さんは子どもなりに“失うことへの怖さ”を感じているのだろうと思ったそうです。そんなときは「一緒に楽しく生きような」と言って、ぎゅっと抱きしめたといいます。

四男は当時1歳になったばかりで、母の記憶はありません。保育園に通うようになると、周りには母親がいるのに自分にはいないということを、少しずつ理解していきました。

ある夜、突然泣き出してこう言いました。

「母ちゃんに会いたい。抱っこしてほしい」

四男長男次男の「母の死」の向き合い方

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