
「離婚しよう」と告げられ気づいた父親の役割 シングルパパ・前田顕蔵が子ども4人と泣いた「母ちゃんの死」
4男児のシングルファザー・前田顕蔵さんインタビュー #2「子どもたちと“母の死”」 (2/3) 1ページ目に戻る
2026.04.09
プロコーチ:前田 顕蔵
母ちゃんに会いたいな
最後に会った時、赤ちゃんだったから
三男が言った
会いたいなぁ。母ちゃんと会ったら何したいの?
おもちゃで遊びたい
そうやんな、遊びたいよな
彼とこの会話ができて
少し多めに抱きしめて
少し一緒に遊べて良かった
そして今朝は久しぶりに妻の夢を見た
帰ってきて本当に良かった
引用:本人のインスタグラムより@Kenzo Maeda
Bリーグ(プロ男子バスケットボールリーグ)「秋田ノーザンハピネッツ」のヘッドコーチを務めていた前田顕蔵(以下:顕蔵)さん。遠征から戻った夜、子どもたちと過ごした時間を綴ったインスタグラム(以下:インスタ)の投稿です。
大阪出身の顕蔵さんが、秋田の地へ来たのは2015年。2025年12月に退任するまでの約10年間、指導者としてチームを率いてきました。
2021-22シーズンで、チーム史上初となるチャンピオンシップに進出。その直後、妻である、なつ美さんの病気が発覚します。闘病期間は、わずか4ヵ月でした。
「亡くなる当日に、妻は『大好きだよ、ありがとう、あとはまかせたよ』と言ってくれました。この言葉は、僕の中で本当に大きな意味を持っています。『まかせるなよ』と思うときもあるし、『そうやな、頑張らなきゃな』と思うときもある」(顕蔵さん)
その前に続く「大好きだよ、ありがとう」という言葉も、顕蔵さんの中では「ひとつの真理のようなものになっている」と話します。
なつ美さんは亡くなる直前に、子どもたちにも言葉を残しました。
「お母さんがいなくても、あなたたちの人生はあなたたちのものだから。自分のために楽しいことをしなさい」
なつ美さん自身、幼いころに母親を亡くしており、見えない母を探し続けるような思いの中で生きてきたといいます。だからこそ子どもたちには、「母親がいないことに縛られず、自分の人生を生きてほしい」と願っていました。
「あなたが主役なんだよ」
最期に残したメッセージは、子どもたちだけでなく、顕蔵さん自身にも深く刺さったといいます。
「妻を亡くしたことはとてつもなく悲しい。でも、その悲しみだけで生きてはいけない。自分の人生をきちんと生きていきたいし、その姿を子どもたちに見せたい。それが、今の自分の一番大きな軸になっています」(顕蔵さん)
闘病中、なつ美さんはほとんど涙を見せませんでした。
「本当に前向きに生きていました。僕のほうが、失うことの怖さでしょっちゅう泣いていたから、その姿に何度も救われました」(顕蔵さん)
前田さんにとって、なつ美さんはどんな存在なのでしょうか。
「亡くなった今も、彼女の存在が原動力になっているんですよね。今も家族を支えてくれているようです」(顕蔵さん)
「父ちゃん、骨にならないでね」子どもたちが向き合った“母の死”
現在(2026年3月)、顕蔵さんはシングルファザーとして4人の男の子を育てています。
14歳の長男は真面目。
12歳の次男はマイペース。
7歳の三男は甘えん坊。
4歳の四男は、「ただただかわいい存在。癒やし、オアシスです」と目を細めます。
母親を亡くした後、子どもたちはそれぞれ違う形でその出来事と向き合ってきました。
三男は当時3歳で、「母ちゃんが死んだ」ということ自体を理解できていませんでした。火葬を終えて骨になって戻ってきた母の姿を見たことが、強く印象に残っているといいます。
「母ちゃん、骨になった」
三男はそう言ったあと、こんな言葉を口にしました。
「父ちゃん、骨にならないでね」
保育園へ向かう車の中で何度か言われたその言葉から、顕蔵さんは子どもなりに“失うことへの怖さ”を感じているのだろうと思ったそうです。そんなときは「一緒に楽しく生きような」と言って、ぎゅっと抱きしめたといいます。
四男は当時1歳になったばかりで、母の記憶はありません。保育園に通うようになると、周りには母親がいるのに自分にはいないということを、少しずつ理解していきました。
ある夜、突然泣き出してこう言いました。
「母ちゃんに会いたい。抱っこしてほしい」
































