
「離婚しよう」と告げられ気づいた父親の役割 シングルパパ・前田顕蔵が子ども4人と泣いた「母ちゃんの死」
4男児のシングルファザー・前田顕蔵さんインタビュー #2「子どもたちと“母の死”」 (3/3) 1ページ目に戻る
2026.04.09
プロコーチ:前田 顕蔵
「こういうときは、必ずちゃんと話をするようにしています。気持ちを受けとめたうえで、自分の気持ちも伝えています。このときは『ああそうか、そうだよな』と僕も思いが込み上げてきて、一緒に泣きました」(顕蔵さん)
一方で、当時11歳の長男と9歳の次男は、亡くなった直後は大きく泣いたものの、その後は泣き崩れることはほとんどなかったといいます。
「長男はよく『悲しんでも母ちゃん帰ってこないなら、楽しくやりたい』と言っていました。僕自身が、つらくて寂しくて崩れそうな状態でしたが、子どもたちの前向きな姿勢に、妻のエネルギーが宿っていると感じることがありました。まるで妻に言われているような気がして。そういう彼らの姿に、僕は救われていた」(顕蔵さん)
妻の言葉が変えた父としての向き合い方
妻との日々を振り返ると、今でも忘れられない出来事があるといいます。
秋田に来て3年目の冬のことでした。当時、チームの体制も変わり、結果を出さなければならないプレッシャーの中で、とにかく必死に仕事をしていた顕蔵さん。ある夜、子どもたちを寝かしつけたあと、妻が仕事部屋にやってきました。
「あなた、何してるの?」
「見たらわかるやん。仕事やで」
「このままなら、一緒に生活はできない。1週間、子どもたちが起きてから寝るまで、彼らの目に触れないでほしい。それで何もわからないなら、離婚しよう」
突然の言葉に、顕蔵さんは「本当に頭の中が“ハテナ”だらけだった」と振り返ります。というのも、自分は「父親の役割を果たしている」と思っていたからです。
朝は子どもを散歩に連れていき、一緒に遊び、家事も手伝っているのになぜ──。
翌日、早朝からファミレスへ向かう生活が始まりました。
「子どもに会えなくなり、妻のご飯も食べられない。ただ仕事をするだけの生活になりました。そうなったとき、まず仕事がおもしろくなくなった。そして、ご飯の味もしなくなった。自分の世界から色がなくなっていくような感覚でした」(顕蔵さん)
この出来事をきっかけに、「何のために仕事をするのか」を考えるようになったといいます。同時に、それまで一緒に育児をしているつもりでも、妻に頼りきりだった自分にも気づきました。
「しつけや食事、寝る時間、遊びやゲーム、病気への対応、子どもの成長や友達関係まで、子どもに関するほとんどを妻が担っていました。
向こうからしたら『あんた、ええとこばっかりやってません?』ということだったと思うんです。それ以来、夫婦で子どものことを話す時間が格段に増えました」(顕蔵さん)
この経験を経て、顕蔵さんの子育てとの向き合い方は少しずつ変わっていきました。そのなかで感じてきたのが、「育児とコーチングはよく似ている」だといいます。
次回は、妻を亡くしたあと4人の子どもの“ワンオペ育児”をどう回してきたのか、そして顕蔵さんが考える「育児とコーチングの共通点」について伺います。
取材・文/稲葉美映子
2回目/全3回
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3回目を読む※2026年4月10日よりリンク有効

稲葉 美映子
フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。
フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。

































前田 顕蔵
1982年大阪府生まれ。プロバスケットボール指導者。 小学校4年生時にバスケットボールを始め、さらなる高みを目指し20歳で渡米。ネブラスカ州立大学カーニー校で研鑽を積み、帰国後、2007年よりアシスタントコーチとして指導者キャリアをスタート。 プロ男子バスケットボールリーグであるバスケットボールBリーグ・高松ファイブアローズ(現・香川ファイブアローズ)に2008年に加入し、2011年からヘッドコーチに就任。2015年より秋田ノーザンハピネッツのアシスタントコーチに就任。2019年から同クラブのヘッドコーチを務める。2021年にはバスケットボール男子日本代表アシスタントコーチも歴任。2025年12月、秋田ノーザンハピネッツ退任。2026年4月、台湾へ移住。女子台湾代表ヘッドコーチに就任。 シングルファザーとして4人の男子を子育て中。 <公式Instagram> https://www.instagram.com/kenzo627/
1982年大阪府生まれ。プロバスケットボール指導者。 小学校4年生時にバスケットボールを始め、さらなる高みを目指し20歳で渡米。ネブラスカ州立大学カーニー校で研鑽を積み、帰国後、2007年よりアシスタントコーチとして指導者キャリアをスタート。 プロ男子バスケットボールリーグであるバスケットボールBリーグ・高松ファイブアローズ(現・香川ファイブアローズ)に2008年に加入し、2011年からヘッドコーチに就任。2015年より秋田ノーザンハピネッツのアシスタントコーチに就任。2019年から同クラブのヘッドコーチを務める。2021年にはバスケットボール男子日本代表アシスタントコーチも歴任。2025年12月、秋田ノーザンハピネッツ退任。2026年4月、台湾へ移住。女子台湾代表ヘッドコーチに就任。 シングルファザーとして4人の男子を子育て中。 <公式Instagram> https://www.instagram.com/kenzo627/