幼稚園から大学まですべて国公立に進学した場合でも合計で約1,000万円、私立に行けば2,000万円以上の教育費がかかる日本社会。教育費と少子化の実態を『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』著者でジャーナリストの小林美希氏が取材・解説する。
来年度の予算や重要な政策の基本方針となる、いわゆる「骨太の方針2023」(経済財政運営と改革の基本方針)が6月16日に閣議決定された。岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」を掲げており、その中身に注目が集まった。
児童手当の拡充は明記されたものの、理想の子ども数を実現するのにネックになっている高い教育費については、多子世帯などへの大学などの授業料の減免や給付型奨学金の拡充に留まり、骨抜き状態。子育て世代からは、「このままでは、たとえ欲しくても2人目、3人目は無理」というため息が聞こえる。
「3人も大学まで入れるのは無理」
「本当はもう1人子どもが欲しいのですが、これからお金がいくらかかるのか。産むならタイムリミットが近いので、そろそろ決断しないと……」
都内に住む杉田朝子さん(仮名、38歳)は、小学2年生の男児と保育園に通う5歳の女児の子育て真っ最中。保育園には子どもが3人いる家庭が多く、朝子さんは「3人きょうだいも良いかもしれない」と感じていた。
娘は保育園で年下の子の面倒をよく見ていて、毎日のように「赤ちゃんかわいい。弟か妹が欲しい」と言う。もともと子ども3人を望んでいた朝子さんは「40代の出産が増えているとはいえ、産むなら早いほうがいい。そろそろ3人目を考えよう」と思い始めていた。
そうしたときに、岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」を打ち出したため、朝子さんは何か変わるかと少し期待した。連日、ニュースでは少子化対策について取り上げられるようになったが、国会では児童手当の拡充ばかりが議論のメイン。
朝子さんは「これで少子化対策?」と、思わずにはいられなかった。そして、教育費の高さがニュースでたびたび取り上げられ、具体的な費用のイメージが湧いてくると「3人も大学に入れるのは、無理じゃないか」と思うのだった。
公立で1,000万、私立なら2,000万、3,000万かかるケースも
文部科学省「子供の学習費調査」(2021年度)では、
①幼稚園から高校まで全て公立に通った場合で574万円、
②幼稚園は私立、小中高校は公立に通った場合で620万円、
③幼稚園と高校は私立、小中学校は公立に通った場合で781万円、
④全て私立に通った場合で1,838万円かかるとしている。
(出典「令和3年度子供の学習費調査」)
すると幼稚園から大学まですべて国公立に進学した場合でも合計で約1,000万円、私立に行けば2,000万円以上の教育費がかかることになる。
大学で理系の学部に進学したり、子どもが一人暮らしをすれば仕送りでさらに費用がかかり、子ども1人当たり3,000万円もかかるケースも考えられる。
最も費用がかからない国公立に通ったとしても、子どもが3人いれば約3,000万円が教育費に消えていく。とはいえ国公立大学は、狭き門。私大に通えば年間に100万円前後の学費がかかる。
低所得世帯では年収の約1/4が教育費に消える
日本政策金融公庫の「教育費負担の実態調査結果」(2021年度)では、高校入学から大学卒業までにかける子ども1人当たりの教育費用(入学・在学費用)は942万5,000円になっている。
世帯年収に占める年間在学費用(子ども全員にかける費用の合計)の割合は、平均で14.9%。
「年収200万円以上400万円未満」世帯の平均負担割合は26.7%となっており、家計の負担は重い。
夫婦それぞれ「平均年収」なのに苦しい
不動産会社で契約社員として働く朝子さんの年収は約400万円、広告関係の会社で働く夫の年収は約500万円。世帯年収が900万円になるため家計が苦しいわけではないが、ここのところの物価高の影響はゼロではない。
「電気代や物価が上がっても給与が増えるわけではないので、日々、節約に励んでいます。お茶は買わずに水筒を持ち歩き、子どもの洋服はリサイクルショップで買うようにしています。マクドナルドのハンバーガーのセットも高く感じて行かなくなりました。
住まいが賃貸のままでは割高になるので家を買いたいところですが、これから何千万円ものローンを組むことになります。それに加えて、もし子どもが3人になれば教育費が最低でも3,000万円かかるかと思うと、絶望的な気分になりました」
過熱する「中学受験」ブーム
さらに都内に住む朝子さんにとっては中学受験も気になるところ。首都圏模試センターによれば、首都圏での2023年の私立・国立中学受験者数が過去最多の5万2,600人となり、受験率も過去最高の17.86%になっており、朝子さんの周りでも中学受験の話題には事欠かない。
「ママ友たちが、中学受験の情報収集でざわつき始めています。子どもに中学受験させるという家の話を聞いていたら、年間の塾代が約100万円。その他に家庭教師もつけていると言っていて、どうやら年間に200万円近くかかっているようなのです。
もし小学4年生から塾に通えば、それだけで最低でも300万円。私立の中学、高校、大学に進めば、授業料だけで1,000万円くらいかかるということですよね。
まだ中学受験なんて考えられませんが、もし子どもが受験したいと言い出したら、どうしようか。そもそも教育費が高すぎて、それを考えてしまうと、やっぱり3人目は無理ですね。本当は欲しいのですが」
「2人目の壁」経済的理由が76.8%
「教育費を考えると、2人目、3人目の子どもを産めない」と思うのは朝子さんだけではない。
国立社会保障・人口問題研究所の「第16回出生動向基本調査」(2021年)では夫婦が理想の数の子どもを持たない理由を尋ねており(複数回答)、最も選択率が高いのは「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」という経済的理由になっている。
また、公益財団法人「1more Baby応援団」が行った「夫婦の出産意識調査2023」でも、2人目以降の出産を躊躇する『2人目の壁』を感じる人の割合が過去10年間で最高値の78.6%になっている。
理由のトップは主に教育関連費などの「経済的な理由」が76.8%を占めていた。
コロナ禍で生活苦「娘の習い事を減らしました」
東京近郊に住む牧田順子さん(仮名、41歳)は、「子どもが1人でも、せいいっぱい。もう1人いたら、家計はもちません」と話す。
順子さんは飲食店で働いていたが、新型コロナウイルスの感染拡大期に店が閉店して1年前に職を失った。
新型コロナウイルスの感染拡大の最中に小学生になった娘が不登校気味だったこともあり、順子さんは「しばらく仕事はできないだろう」と、夫の収入だけで生活をすることになった。夫が勤める建設会社は業績不振でボーナスがカットされ、現在の年収は約550万円。家賃と食費など基本的な生活費の支払いで家計はギリギリだ。
「卵が高くなってからは、気軽にオムライスを作れなくなりました。食費を切り詰めても間に合わないので、やむなく娘の習い事を減らしました」
今までは順子さんの収入で娘の習い事の費用を賄っていたため、それまで習っていたスイミングと英会話のうち、スイミングをやめて月1万円の節約につなげた。
「英会話も月1万円ほどかかります。正直、本当はそれもキツイですが、学校が嫌なときがあっても居場所があったほうが良いので、楽しそうに通っている英会話だけは続けさせてあげないと」と順子さん。
まず削られるのは「教育費」と「住居費」
総務省の「家計調査」で2人以上の世帯の支出の状況を見ると、2023年4月の消費支出は1世帯当たり30万3,076円で、前年同月比では実質4.4%の減少となった。
なかでも教育費の支出が19.5%減と大幅に減っている。家計が苦しくなって教育費が減らされているのだ。そして、次いで減少率が高かったのが住居費で、前年同月比15.3%減となった。
「これから夫の収入が上がるような見込みはなく、私も子どものケアを考えるとフルタイムで働くのはまだ難しいかと感じています。家賃が13万円かかっているので、もっと安いところに引っ越すことも考えないといけないかもしれません。
子どもが2人いたら、いったいどうなるのか。習い事すら満足に行かせてあげられないのに、教育費をどうやって捻出するのか。大学は行かず、高卒で働いてもいいのではないかとも考え始めました」
出生率は過去最低
国立社会保障・人口問題研究所が原則5年おきに行う「出生動向基本調査」から、「調査別にみた、夫婦の出生子ども数の分布(結婚持続期間5〜9年)」を見ると、夫婦1組あたりにつき、生まれる子どもの数が減っていることが分かる。
子どもが2人いる夫婦は1987年に60.6%だったが2021年に45.3%に減少。子ども3人のケースも同様に18.4%から11.1%に減少した。一方で、子ども0人は4.7%から12.3%へ、子ども1人は15.0%から29.4%に上昇している。
日本財団が全国の10~18歳の男女を対象に行った「こども1万人意識調査」(2023年3月)では、「国や社会がこどもたちのために優先的に取り組むべきことは何だと思いますか」という問いに対し、「高校・大学までの教育を無料で受けられること」という回答が40.3%で最も高かった。
前述した朝子さんも順子さんも「異次元の少子化対策と言って、なぜ、教育費の負担を減らすようなことを国は考えないのか。高い学費の心配さえなければ、産めるのに」と口を揃える。
経済協力開発機構(OECD)によれば、大学など高等教育の私費負担の割合は日本が67%と高く、OECD平均の倍になっている(2019年時点)。教育費負担が重いことで、教育格差も広がるばかり。これでは、少子化が止まるはずがない。
【「教育費と少子化」企画は全3回。第1回では「高すぎる教育費家庭負担の弊害と少子化の関係」、第2回では「奨学金問題と教育費の国際比較」、第3回では経済ジャーナリストの荻原博子氏に取材し「教育費と少子化問題の現状・課題解決に向けて日本社会はどうあるべきか」を探ります】
小林 美希
1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。
1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。