岸田首相は分かってない!「ワンオペ育児・非正規雇用・少子化」で「教育費貧乏」に 子育て世代の本当の暮らし

「国が教育にお金をかけなくなった」ワケ 教育費と少子化#3

ジャーナリスト:小林 美希

今や子どもの教育費は「家を買うのと同じくらいの負担」──。少子化が止まらない日本の背景にある、雇用や教育の問題について、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』著者・小林美希氏が、経済ジャーナリストの荻原博子氏に取材。日本社会の現状を捉え直し、問題解決の糸口を探ります。

▲「国が教育にお金をかけなくなった」ワケを解説(写真:アフロ)

「出生率が下がるのは当然の結果」

──2022年の人口動態統計で合計特殊出生率は1.26となって前年の1.30を下回り、05年と並んで過去最低となりました。

荻原博子氏(以下、荻原)
「出生率が下がるのは当然の結果です。今や、大学生の2人に1人が奨学金を借りている状態です。奨学金を得て大学を出ていれば、借金を抱えていることになります。もし恋愛して結婚したとしても、借金を抱えたまま子どもを、とは考えにくくなりますよね。

子ども1人にかかる教育費負担は大きく、高校と大学の学費だけでも私立であれば合計1,000万円かかるのです。子どもができ、その子どもも奨学金で借金漬けになってしまうことを考えたら、不安が大きくもなります」

▲【荻原博子(おぎわら・ひろこ)経済ジャーナリスト。家計経済のパイオニアとして、経済の仕組みを生活に根ざして分かりやすく解説する第一人者。テレビなど出演多数】

──学費をねん出するだけの収入がなくなった大きな要因は、非正規雇用の拡大にあるかと思います。例えば、国税庁の「民間給与実態統計調査」から40代前半の男性の平均年収を見ると、金融危機が起こった1997年は645万円でしたが、2021年は584万円に落ち込んでいます。

労働者に占める非正規雇用の割合を見ていくと、バブル崩壊が始まった1990年は労働者全体の約2割が非正規雇用でしたが、今は約4割を占めています。非正規雇用率が上がると出生数は減少し、出生数は1990年の122万人から2022年についに80万人割れとなりました。(※80万人を下回るのは1899年の統計開始以来はじめて)

荻原「フルタイムで働いて家計を担う非正規雇用が増えていて、その人の賃金が低い。少子化を考えるうえで、重要なポイントです。これだけ非正規雇用が増えたのであれば同一労働同一賃金が実現されなくてはならないのに、日本は形ばかりです。一方、北欧では、非正規雇用でも同一労働同一賃金と男女平等が保障されているので、日本のように深刻な問題にはなっていません」

非正規雇用、ワンオペ育児、老後も不安

──女性の非正規雇用率は25~34歳で約3割、子育て期の35~44歳で約5割に上ります(※令和4年労働力調査)。

子育てと仕事を両立させるために非正規雇用となるケースも多く、その結果、女性だけが仕事も子育ても家事も担う「ワンオペ育児」になりがちですね。


荻原「女性がワンオペ育児に追い込まれるのは、依然として『女性は非正規労働でいい』とする差別意識が残っているからです。婚外子への差別も含めて変えていかない限り、少子化は止まりません。

長く続いた自民党政権下で、働き方は企業にとって都合よく“多様化”しました。ところが伝統的な家族観が優先されるあまり、多様な生き方は尊重されていないのです。困ったときに政治が助けてくれるというメッセージがあれば、子どもを産んでも大丈夫と思えるでしょうが、政治不信が大きいことで少子化が止まらないのが現状です」

▲非正規雇用、ワンオペ育児、老後も不安ーー困ったときに政治が助けてくれない社会では、子どもを産み育てることは困難だ(写真:アフロ)

──目の前の生活に不安があるうえ、老後の不安もありますね。一時は「老後に必要な資金は2,000万円」ということが話題になりましたが、家族や自分に介護が必要になったらどうなるのかという心配もありますね。

荻原「北欧は社会保障が充実しているので、老後の心配をせずに人生を楽しもうというムードがあります。一方、日本は不安だらけ。若いうちから貯蓄志向が高く、若者同士で出かけたりするような支出が減っています。

現在、70代後半の団塊世代(1947~50年生まれ)はバブル経済期に働き盛りだったため、収入は右肩上がりでした。家を買い、子どもがいて一人前と言われた世代です。団塊世代の子どもたちが50代の団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)。非正規雇用が拡大し、家を買って子どもができて家計が苦しくなっています。

辛い環境にある団塊ジュニア世代を見ている若者が『家もいらない、子どももいなくていい』と思っても不思議ではありません。子どもができて『ワンオペ育児』が待っていると思えば、出産が人生の選択肢から外れていきます」

子どもを産もうと思えるわけがない

──岸田文雄政権の「異次元の少子化対策」には、子育て世代や若者からも冷ややかな視線が集まりました。

荻原「『異次元の少子化対策』は、結局は児童手当の拡充がメイン。児童手当を月に1〜3万円程度をもらって、子どもを産もうと思えるわけがありません。岸田政権のやっていることは、『異次元の稚拙さ』しかない。

政府は自分に都合のいいことばかり。子育てに必要な予算を十分に投じないで、子どもだけ産めと言っているようなものです。それは単に「生産年齢人口」(15~64歳)が減ることを避けたいだけであって、子どものいる人生や社会に幸福を求めることを、国が支えると言っているわけではありません」

▲『異次元の少子化対策』は、結局は児童手当の拡充がメインだ。しかしそれだけでは、今の日本社会で「子どもを産もう」と思うのは、難しい状況でもある(写真:アフロ)

──教育費があまりにも高いですね。国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」では、予定している子どもの数が理想を下回っている理由の52.6%が「子育てや教育にお金がかかりすぎる」で最多でした。

荻原「教育費に最低でも1人あたり1,000万円もかかり、場合によっては3,000万円もかかるのでは、たとえ子どもを1人育てられたとしても、2人目、3人目のハードルは高くなります。子どもが大学生になるころ、親の多くが50代になります。役職定年制を設ける企業が増えているため50代の収入が下がり、学費の家計負担に占める割合が大きくなります」

教育費、家を買うのと同じくらいの負担

──金融機関によっては「住宅ローンの返済額は手取りの20~25%」というようなローンの組み方を勧めることがあり、年収500万円で3,000万円ほど借り入れることもあります。教育費は家を買うのと同じくらいの負担となります。

荻原「共働きで一定の収入があれば別ですが、子どもの大学進学の費用を考えると、世帯年収が1,000万円ほどないと難しいかと思います。

金融機関が設定する住宅ローンの金額設定は、必ずしも親身になって提案しているとは限りません。そうした住宅ローンに加えて、同等の金額の教育費を抱えるのでは、家計は破たんしかねません」

「国が教育にお金をかけなくなった」ワケ

──「骨太の方針2023」にある教育費負担軽減の対応策は、非課税世帯などを対象に実施(※2020年〜)している「授業料の減免」や「給付型奨学金」を多子世帯や理工農系の学生の中間層に拡大するに留まっています。また、質の高い教育に必要な、教員や補助者の増員にも言及していません。

荻原「そもそも約20年前から、国は教育にお金をかけなくなったのです。2001年4月に発足した小泉純一郎政権は、当時ブレーンだった竹中平蔵・慶應義塾大学名誉教授(※現在)と「新自由主義」を取り入れていきました。

新自由主義とは、国による福祉や公共サービスを縮小して市場原理主義を取り入れるため、規制緩和を行う経済思想です。経済界の要望を受けて雇用の規制緩和を進め、非正規雇用を増大させたのも小泉元首相です。

小泉元首相が所信表明で『米百俵』と言ったときには教育に予算を投じると思ったのですが、自分が真っ先にお米を食べてしまったのです」

▲小泉政権は2004年度から国立大学を独立行政法人化。それまで文部科学省の内部組織だった国立大学に法人格をもたせたが…(写真:アフロ)

──2001年5月に行われた小泉元首相の所信表明演説では、新潟県長岡市で伝えられている「米百俵」の話が引き合いに出されました。

「米百俵」とは、幕末に城下町が焼け野原となり食べるに困る長岡藩の窮状を知った三根山藩(現在の新潟市西蒲区峰岡)から米百俵が支援されたものの、長岡藩は文武両道に必要な書籍や器具を購入するために米を売って地元の「国漢学校」の資金に充てたというものでしたね。そのおかげで国漢学校からは逸材が多く輩出したと言われています。

小泉元首相は「今の痛みに耐えて明日を良くしようという『米百俵の精神』こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要」と訴えました。小泉政権の2001年度から「骨太の方針」と「聖域なき構造改革」が始まり、規制改革路線に突き進みました。

荻原「小泉政権は2004年度から国立大学を独立行政法人化しました。『財務省と文部科学省、両省からの予算に縛られない、独自の資金調達を可能にする』などを名目に、それまで文部科学省の内部組織だった国立大学に法人格をもたせました。

しかし、実際に行われたのは運営費を毎年1%ずつ削減するというもの。研究費が削られ、大学は人件費削減のために非常勤講師を増やし、教員がリストラされていきました。そして、国公立の授業料は少しずつ高くなっています。教育費は国が出すべきで、もとの国立大学に戻したほうがいい。

とにかく学費を安くしなければなりません。政府はリスキリング(学び直し)に5年間で1兆円の予算をかけると言いますが、それを大学に投じるべきです。

国がしている少子化対策は全て逆効果で、少子化を加速させるだけです。ヨーロッパでは大学の費用が多くかからないのに、日本は国が教育にお金を出さない。これでは国力も上がりません」

公教育の向上が必要

──世界と比べて日本の賃金は伸び悩み、平均年収を得ていても家計が辛い状況です。その原因のひとつが、まさに教育費。さらに都市部では中学受験が過熱していて、小学4年生ごろから年間に約100万から200万円を塾代に費やす。世帯年収が1,000万円あっても、「中学受験で家計は火の車」というケースが少なくないようです。

荻原「受験には、向き不向きがあると思うのです。そして何も“良い大学”に行くことばかりが進路ではない、と思います。大卒で就職するのが良い、とされる社会構造を変えることも必要です。

プロのスポーツ選手が子どものころ、偏差値重視の進学をしているでしょうか。数学が得意な子、絵が得意な子、スポーツが得意な子、それぞれの才能が花開いてはじめて子ども自身の幸せにつながるのに、政府が求めているのは画一的な教育で、テストで何点をとるか。

受験を乗り越えて偏差値の高い“良い大学”を卒業しても、社会に出てから挫折して引きこもってニートになるケースも少なくないのです。これは、画一的に点数をとらせる教育が子どもたちの将来の芽をつぶしたと言えます。学校で勉強が嫌いになるのは、嫌なことで競争させられるからです。生き生きと好きな勉強をし、考える力のつく教育環境を作るべきです」

▲子どもたちが生き生きと好きな勉強をし、考える力のつく教育環境が必要だ(写真:アフロ)

──公教育の質の向上が必要ですね。

萩原
「日本の教育は皆に『1+1=2』を求めますが、一律な教育からは自由な発想は生まれません。学校が『1+1=3』と言う子どもを尊重して大事に育てなければ、日本でビル・ゲイツ(米マイクロソフトの創業者)のような人材は生まれないのではないでしょうか。経営者が自ら技術者であり続ける必要はなく、技術を応用していく能力が求められます。それには、『1+1=3』の発想が必要だと思うのです。

人には多様性があって、興味・関心のあるもので子どもは伸びていくものです。個々の才能を見つけるのが教育の役割ですが、とにかく今、学校の先生が忙しすぎて余裕がありません。子ども一人ひとりを伸ばす教育のため小学校の1クラスの人数を10人程度にすれば、安心できる子育てにつながるのではないでしょうか」

【「教育費と少子化」企画は全3回。第1回では「高すぎる教育費家庭負担の弊害と少子化の関係」、第2回では「奨学金問題と教育費の国際比較」、第3回では経済ジャーナリストの荻原博子氏に取材し「教育費と少子化問題の現状・課題解決に向けて日本社会はどうあるべきか」を探ります】

出典・引用・参考
「人口動態統計」(厚生労働省)
「民間給与実態統計調査」(国税庁)
令和4年「労働調査」(2022年)(総務省統計局)
第16回「出生動向基本調査」(2021年実施)(国立社会保障・人口問題研究所 )

マイナ保険証の罠(荻原博子:著)2023年8月18日刊行
年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活(著:小林美希)
おぎわら ひろこ

荻原 博子

Hiroko Ogiwara
経済ジャーナリスト

1954(昭和29)年、長野県生まれ。大学卒業後、経済事務所勤務を経て独立。以降、経済ジャーナリストとして活動。家計経済のパイオニアとして、経済の仕組みを生活に根ざして平易に解説する第一人者として活躍。著書は『私たちはなぜこんなに貧しくなったのか』『一生お金に困らないお金ベスト100』『知らないとヤバい、老後のお金戦略50』『年金だけでも暮らせます 決定版・老後資産の守り方』『10年後破綻する人、幸福な人』『投資なんか、おやめなさい』『払ってはいけない――資産を減らす50の悪習慣』『マイナ保険証の罠』など多数。

1954(昭和29)年、長野県生まれ。大学卒業後、経済事務所勤務を経て独立。以降、経済ジャーナリストとして活動。家計経済のパイオニアとして、経済の仕組みを生活に根ざして平易に解説する第一人者として活躍。著書は『私たちはなぜこんなに貧しくなったのか』『一生お金に困らないお金ベスト100』『知らないとヤバい、老後のお金戦略50』『年金だけでも暮らせます 決定版・老後資産の守り方』『10年後破綻する人、幸福な人』『投資なんか、おやめなさい』『払ってはいけない――資産を減らす50の悪習慣』『マイナ保険証の罠』など多数。

こばやし みき

小林 美希

Miki Kobayashi
ジャーナリスト

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。